凡戦後にFAマーケットへ 稀代の技巧派シャクール・スティーブンソンはどこへいくのか
7月6日 ニューアーク プルデンシャルセンター
WBC世界ライト級タイトル戦
王者
シャクール・スティーブンソン(アメリカ/27歳/22-0, 10KOs)
3-0(119-109, 118-110, 116-112)
挑戦者
アルテム・ハルチュニャン(ドイツ、アルメニア/33歳/12-2, 7KOs)
プロモーターとの契約最終戦でも派手なKOは生み出せず
トップランク/ESPNの好意でリングマガジン、Boxingscene.comの記者たちとともあてがってもらったリングサイド最前列の席で、スティーブンソンのディフェンス技術に改めて目を奪われることにもなった。
足を使うわけでも、ガチガチにガードを固めるわけでもない。中間距離に身を置きながら、ステップバックとボディムーブメントでハルチュニャンのパンチを綺麗にかわしていく。プロ&アマ両方で実績のあるトップファイターを相手にこれだけの芸当ができるのだから、やはりスティーブンソンはおそらく現役最高のディフェンシブファイターなのだろう。
一部のボクシングマニア、あるいは会場内でもリングからごく近い位置に身を置いたファン、関係者にとって、ハルチュニアン戦はそこまで悪い内容の戦いではなかったのではないか。極めてアクションが少なかった昨年11月のエドウィン・デ・ロ・サントス(ドミニカ共和国)戦は広く批判されたが、攻める姿勢をみせたハルチュニアン戦を同列に並べるべきだとは思わない。
ただ・・・・・・そう考えた上でも、今回の試合もやはりエキサイティングなエンターテイメントでなかったのは事実ではある。
ハルチュニアンに危険がないと見たスティーブンソンはプレッシャーを強め、強めの左もたびたびヒットしたが、決定打は打ち込めなかった。挑戦者がボディにダメージを感じさせた時点では期待感は盛り上がったものの、結局のところ、“安定した内容での勝利”以上に昇華することはなかった。
「打ち返してこない選手を相手に(強さを)証明するのは難しい。彼はサバイブしか考えていなかった。良い選手だし、タフで強い。もっと挑んできてくれれば、より楽しい試合になっていたと思う」
スティーブンソンのそんな分析は間違いではあるまい。ただ、エリート王者としてほとんどすべての要素を持っている27歳は、唯一の不足点であるオフェンス面での物足りなさを改めて露呈したとも言えるのだろう。
ハルチュニアン戦の中盤以降、記者席のすぐ近くに座ったスティーブンソンの個人広報は「攻めろ!」のジェスチャーを繰り返していた。その願い通りにストップ勝ちを手にすることができなかった。
結果として、試合終盤は盛大なブーイングが飛び交う。スティーブンソンにとって地元での開催だった興行に8412人の観衆が集まったが、11ラウンド終了後、一部の観客が出口に向かい始めた。その光景はESPNの生中継でも流され、今戦を象徴するシーンとして記憶されていきそうだ。
自由市場に乗り出すシャクールの行方
こうしてトップランクとの契約最終戦だった防衛戦で勝利を飾り、プロデビュー以来続けてきたスティーブンソンと巨大プロモーションとの蜜月はひとまず終了。デ・ロ・サントス戦、ハルチュニアン戦と“凡戦”が続いた少々微妙なタイミングで、ディフェンスマスターはFAマーケットに出ようとしている。
繰り返すが、最新試合はそこまで酷い内容だったわけではなく、技巧派のイメージゆえに評価が厳しくなっている印象もある。総合的な実力はもちろん最高レベルであり、年齢的にも今がピークのサウスポーは今後、相当な相手と対戦しない限りは負けないだろう。
予想が不利と出そうなのはジャーボンテイ・“タンク”・デービス(アメリカ)との統一戦くらい。互いに手数が少なくなることが予想されるタンク戦でも、スティーブンソンが勝ってしまっても驚かない。
それほどの選手だから、FAになれば多くのプロモーターから声はかかるはずだ。問題はスティーブンソンと陣営が自身の商品価値を少々過大評価しているように思えること。トップランクから提示された2年5戦で合計1500万ドルという好内容の延長契約を拒否したことはすでに伝えられている。
「どうなっていくか、様子を見てみたい。これまで言ってきた通り、最高の相手と戦いたい。そうすればベストバージョンの私がお見せできる」
ハルチュニアン戦後、そう述べていたスティーブンソンの新プロモーター探しがどんな方向に進むかは実に興味深い。
マッチルームスポーツ、PBC、ゴールデンボーイ・プロモーションズ(GBP)といった大手に加え、新たにリチャード・シェイファーをCEOに据えたメイウェザー・プロモーションズも候補か。最近のボクシング界で台風の目になっているサウジアラビアの動きも気になるところではある。さらにはトップランクとの再契約も可能性は低いながら依然としてオプションの1つではあるのだろう。
「本命はマッチルームだろう。トップランクの提示よりも短い契約で、同じDAZNと契約するGBPのウィリアムズ・セペダ(メキシコ)との対戦を目指すのではないか。たがいに1戦ずつはさみ、セペダ戦を実現できればベスト。階級最大の一戦は“タンク”・デービス戦だが、“タンク”はワシル・ロマチェンコ(ウクライナ)戦に向かうことが有力なだけに、まずはPBCではなくマッチルーム/DAZNとの短期契約で稼ぎにいくと見ている」
リングサイドのある関係者はそんな筋の通った予想をしていたが、得てしてシナリオ通りに運ばないのがボクシングの世界である。
昨年4月、吉野修一郎(三迫)戦でプルデンシャルセンターに10408人を動員し、同アリーナ史上最大の興行収入を叩き出した頃、スティーブンソンの商品価値は今より一段高いところにあった。それからやや下落したあとだけに、ここでの方向性と契約内容に興味はそそられる。
現在、米国内のプロモーターは以前よりも財布の紐を締めており、スティーブンソンはあるいは条件面で少々厳しい現実を突きつけられるかもしれない。サウジマネーへの依存傾向も見られる中で、ここでの結果から、スティーブンソンだけでなく、米リングの現在地がうっすらと見えてくることにもなり得るのだろう。