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ルポ「ガザは今・2019年夏」・11「電力危機で喘ぐガザ住民(下)」

土井敏邦ジャーナリスト

――(電力危機で喘ぐガザ住民(下)――

【工業への影響】

 ガザ地区中部のハンユニス市のアイスクリーム工場は創業から40年、ガザ地区、ヨルダン川西岸で最初のアイスクリーム工場である。かつては全製品の70%を西岸に出荷していたが、封鎖でガザから製品を輸送できなくなり、その主要な市場を失い利益が激減した。

 この工場はもう10年近く前から電力不足に悩んできたが、深刻な状況になったのは2017年4月からだ。とりわけ6月から状況はいっそう悪化した。1日に2~4時間しか電気がなく、そのために販売できる量はかつての5%ほどでしかない。

ガザ最大のアイスクリーム工場(ハンユニス市/2017年7月/筆者撮影)
ガザ最大のアイスクリーム工場(ハンユニス市/2017年7月/筆者撮影)

「電気は私たちの仕事の基盤です」と言うのは、この工場の幹部ナセル・マクドゥマ(60)だ。

「まず製品を生産し、それを冷凍庫の中で保存するのに電気が不可欠です。そして商店に販売するとき、その商店は保存する冷蔵庫がないと、すぐにアイスクリームは溶けてしまう。だから発電機などで電気を維持できないと店に買ってもらえないのです。そんな理由で販売量はかつての5%ほどでしかありません」

 工場内のいくつかの製造ラインは止まったままで、冷凍庫も一部は倉庫として使う他ない。

 以前は200人いた従業員は、電力危機のために稼働できる製造ラインが限られるために、今は30人ほどに減少した。電力悪化はさらに失業者を生み出している。

電力不足で止まった製造ラインの前に立つナセル・マドゥマ(2017年7月/筆者撮影)
電力不足で止まった製造ラインの前に立つナセル・マドゥマ(2017年7月/筆者撮影)

【農業への影響】

 農業にとっても電力不足は灌漑用水の確保には死活問題だ。ガザ地区北部のベイトラヒヤ町の農民アハマド・ハリーマ(72)はビニールハウスでキュウリなどを生産している。アハマドの畑だけではなく、近隣の農地を含めた40ドナム(4ヘクタール)のために12時間、エンジン式のポンプを回し続けなければならない。その燃料代は一日1200シェケル(約3万6千円)、しかし電動のポンプを使えれば、経費は20%で済む。だが電気不足で、それができない。

 同じベイトラヒヤ町でイスラエルとの国境近くの農民、アクラム・アブクーサ(43)は、いちご、すいか、トウモロコシなどを約16ドナム(1・6ヘクタール)の畑で生産している。

 かつて1日に6時間電気が使えたとき、農民はその電気がくる夜に畑に出て作物の苗を植えた。しかし2~4時間しかない今はそれもできないほど作物のための水が不足している。

「この状態では畑の半分しか作物は作れないし、その質も落ちます。近い将来、農作物は生産できなくなります」とアクラムは言う。

 アクラムがトウモロコシ畑へ私を導いた。

「通常、トウモロコシは1日に2時間の水が必要です。しかし今は、1時間以下です。なんとか成長していますが、生産量は半分ほどで、しかも質もずっと落ちます」

水不足でトウモロコシの生産量が半分になると訴えるアクラム・アブクーサ(2017年7月/筆者撮影))
水不足でトウモロコシの生産量が半分になると訴えるアクラム・アブクーサ(2017年7月/筆者撮影))

 さらに彼は荒地となったかつての畑へ向かった。

「この畑は放置されています。水がないからです。果樹も枯れています。農民は作物を作れないんです」

 封鎖状態にある200万人のガザ住民の生存を支えているのは、ガザ地区内で生産される安価な野菜だった。しかしその野菜を生産してきた農民たちが、この電力危機で生産を続けられるかどうかの瀬戸際にまで追い込まれている。

【商店への影響】

 電力不足は商業にも深刻な打撃を与えている。

 生クリームを使うケーキ店では冷蔵のための電気は不可欠だ。ガザ市内でケーキを製造しているアハマド・アムシャ(32)が怒りを露わに訴える。

「電気が来るのは1時間だけ、しかも夜です。私は早朝6時に店にくるが、まったく電気がない。店を続けるために発電機を使うしかないんです。朝6時から夜の9時まで使うと、1日に500シェケル(1万5千円)もかかってしまう。電気がないと、売れ残ったケーキは、捨てなければいけないんです」

「以前はいくら利益が上がったんですが、今は燃料代と水代、それに職人たちの給与に消えてしまいます。職人たちを露頭に迷わせるわけにはいきませんから。この電力不足でガザのあらゆる商店やビジネスは悲惨な状態です」

 ドライクリーニング店を営むファトヒ(仮名)は発電機を使う余裕がないために、電気がくる2~3時間の間しか仕事ができない。アイロンかけなど電気がなければ作業のしようがないからだ。しかも電気がくるのがいつになるかもわからない。

「夜中の1時、2時に電気がくれば、この職場にやってきて、仕事を始めるんです。その短い時間でやれるだけの仕事をやります。2~3時間の仕事で店をやっていけるのかって?今の状況が続けば、このままやっていけません。ほとんどの店は閉めざるをえなくなるしょうね。こんな状況はもう限界です」

【売れ残った肉は猫や犬に】

 暑い夏に冷凍保存が不可欠な精肉販売業も、営業を続けられなくなるほど困窮している。

 ガザ市内のマーケットで精肉業を営むラミ・セファ(30)は言う。

「家庭でも冷蔵保存できないために、客はその日に必要な分しか買えない。お客さんの需要は激減しています」

「売れ残りは捨てるしかない。だれも補償はしてくれない。冷凍庫は空で、今じゃあ倉庫になってしまっているよ」

 冷凍魚と肉類を売るアウニ・アブエルクテ(64)は、停電した冷蔵庫の中の魚を取り出して叫んだ。

「見てくれ!この魚は凍っていなければならないのに溶けてしまっている。豆類も肉も溶けてしまった。金を失い、品物を捨てるか、猫にやるしかない。これじゃあ生活ではない」

「店を閉めた方がずっといいけど、俺たちは仲買人や家族に責任があるからそうもいかない。市当局には毎月電気料金を払わなければならない。もし支払わなければ、警察が捕まえに来る。これが生活って呼べるかい?この政府は大惨事だよ」

冷凍魚が溶けて売り物にならなくなった(2017年7月/筆者撮影))
冷凍魚が溶けて売り物にならなくなった(2017年7月/筆者撮影))

 もう1人の精肉店主ワフィ・ソアウディ(34)もハマス政府への怒りを露わにする。

「保健省の奴が店の検査にやってきて、『衛生の管理を自分たちで責任をもってやるように』と言うんだ。でもガザ地区を治め責任があるお前たちが、店に電気をきちんと提供できなければいけないはずじゃないのか!父親が家族全員に責任を持つようにだ」

「俺たちはロンドンやパリでのような生活を望んでいるんじゃないんだ。ただ生活に欠かせない電気と水が欲しいだけなんだよ。人間らしい生活を送りたいんだ。とくに子どもたちには尊厳をもった人間らしい生活をさせたんだ」

「電力不足で、ほとんど収益がない。売れ残った肉は、犬を飼っている人で電話して引き取ってもらっているありさまだ。従業員も月に3週間だけしか仕事がなく、後の1週間は家で待機させる状態なんだよ」

売れ残った肉は犬や猫の餌になると言うワフィ・ソアウディ(2017年7月/筆者撮影)
売れ残った肉は犬や猫の餌になると言うワフィ・ソアウディ(2017年7月/筆者撮影)

【住民への心理的な影響】

 停電がもたらす心理的な影響を、心理療法士ザヒア・エルカラはこう解説する。

「電気がないという状態は私たちの社会にとってとても危険な問題をもたらし、さまざまな面に悪影響を及ぼします。

 まず人間の身体と心の調和への影響です。私たち人間には、特に夜、灯りが必要です。灯りがなければ、人は徐々に気分が落ち込み、悲哀の気分が強まり、うつ状態になることが科学的に知られています」

「さらに電気のない状態は私たちに“恐怖心”を抱かせます。とくにガザで過去3回体験した戦争の時の衝撃や恐怖、トラウマを蘇らせます。

 停電はさらに人に苛立ちと不安を生み出します。貧困家庭はなおさらです。家族間の意思疎通が難しくなり、争いが増えていきます」

「家庭内に互いを非難しあう状態を生み出されていきます。その非難はとりわけ家族に責任を負う父親へと向けられます。父親は家族の要求に応えられないために、その非難に対して暴力で返すようになる。夫の妻や息子たちへの暴力は、その息子が弟たちに暴力をふるうというふうに連鎖していきます。

 家庭内暴力がほんの些細な理由から起こってきます。人びとは神経質になり苛立ち、ものごとをより深刻に受け止めるのです」

停電がもたらす心理的な影響を解説する心理療法士ザヒア・エルカラ(2017年7月/筆者撮影)
停電がもたらす心理的な影響を解説する心理療法士ザヒア・エルカラ(2017年7月/筆者撮影)

「この電力危機は、人びとのものの考え方にも悪影響を及ぼしています。これがパレスチナの二つの政府による政治的な駆け引きによるものだと知り、それが住民をさらに絶望感へと追い込んでいるのです。人びとは『自分は無力だ』と考えるところまで行きついています。そして自分たち自身を責めるのです」

「私たちの要求はとても低くなっています。私たちが欲しいもののすべては電気や水であり、『生存すること』なのです。そして『生存する』要求のために、人としての他の多くの権利要求(例えばパレスチナ国家をもつなど)を見失わせています」

「『いつも自分は犠牲者だ』という意識は、人を冷静な考え方ができなくします。道徳心を失わせ、邪悪な行動や考え方に導き、自分たちに起こることについて論理的に考えられなくなります。考え方や知識が歪められ、自分の世界に閉じこもり、『周囲の世界は発展しているのに、自分たちはまだ犠牲者として、支配されて生きている』『全世界が自分たちを犠牲にしている』と考えてしまうのです。それは事実ではないのですが、この意識がガザの人びとにさらに怒りの感情を増幅させるのです」

「パレスチナ社会の空気が変わってきています。電力危機は、今後ガザの人びとにどういう影響を与えるかわからない要素です。それは『自分たちは非人間的な状況に置かれている』という考え方を増幅させていくでしょう。

それがさらに『自分たちは犠牲者だ』という考えに押しとどめさせ、外の世界との絆を失わせてしまいます。

 例えば、あなたはジャーナリストとして、一人の人間として、ガザへやってきました。それは私たちとの人間関係を築くことでもあります。

 しかしガザの人びとが『犠牲者』としての感情を持ち続けるならば、人びとは怒りをあなた方にも向けることになります。『このひどい状態は、お前たちの過ちのせいでもある』というふうにです」

ジャーナリスト

1953年、佐賀県生まれ。1985年より30数年、断続的にパレスチナ・イスラエルの現地取材。2009年4月、ドキュメンタリー映像シリーズ『届かぬ声―パレスチナ・占領と生きる人びと』全4部作を完成、その4部の『沈黙を破る』は、2009年11月、第9回石橋湛山記念・早稲田ジャーナリズム大賞。2016年に『ガザに生きる』(全5部作)で大同生命地域研究特別賞を受賞。主な書著に『アメリカのユダヤ人』(岩波新書)、『「和平合意」とパレスチナ』(朝日選書)、『パレスチナの声、イスラエルの声』『沈黙を破る』(以上、岩波書店)など多数。

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