発がん性物質が混入した医薬品の問題点と「禁煙補助薬」チャンピックスの現状
一部の医薬品から発がん性物質のニトロソアミン類(ニトロソ化合物、NDMA、NDEA)が検出され、2018年末頃からそれらの医薬品の回収などが行われ始めた。その中には禁煙外来で処方される禁煙補助薬のバレニクリン(販売名チャンピックス)が含まれ、禁煙治療に大きな影響が出ている。ニトロソアミン問題とは何か、そしてチャンピックスはいつ使えるようになるのだろうか(この記事は2023/08/08時点の情報に基づいて書いています)。
医薬品へのニトロソアミン類の混入問題とは
血圧を下げる作用のあるARB阻害薬という薬がある。この薬は、アンジオテンシンII(血圧を上げる作用がある)というタンパク質が受容体に結合するのを妨げることで血管を拡張させ、それによって血圧を下げる。
このARB阻害薬の一つにバルサルタン(イルベサルタン、オルメサルタン、ロサルタンを含むサルタン系医薬品)という薬剤があるが、2018年の夏頃、中国の製造所で作られたバルサルタンに発がん性物質のニトロソアミン類(ニトロソ化合物。主にN-nitrosodimethylamine、NDMA、N-nitrosodiethylamine、NDEA)が含まれていることがわかった。
これを受け、世界各国政府の機関が調査したところ、中国以外の国で製造されたサルタン系医薬品でもニトロソアミン類の混入が明らかになり、世界中でバルサルタンの回収騒動が起きる。
2019年11月には、WHOがサルタン系医薬品からNDMA、NDEAなどのニトロソアミン類が検出されたと警告した。ニトロソアミン類は発がん性などのあるニトロソ基(N=O)を持ち、このニトロソ基を持つ化合物(ニトロソ化合物)は食道がんや肝障害などを引き起こすことが知られている。
2018年11月30日には、日本の厚生労働省も薬剤に含まれるニトロソアミン類の管理指標の策定に動いた。これによると、例えばバルサルタンの場合、1日最高量160ミリグラム当たり、NDMA限度値が0.599ppm、NDEA限度値が0.166ppmと設定された。これらは、発がん性物質に対する国際的なガイドライン(ヒトに対する摂取許容量、NDMAは0.0959マイクログラム/日、NDEAは0.0265マイクログラム/日)から求められた。
ところがその後、胃などの消化管などに分布するH2受容体をブロックするH2受容体拮抗薬(ラニチジン、ニザチジンなど)、糖尿病治療薬(メトホルミンの一部ロット)、抗うつ薬(アモキサン、ノリトレン)、小児用アレルギー用薬(フェキソフェナジン)など、サルタン系医薬品以外からもニトロソアミン類の検出が報告された。
さらに、禁煙外来で処方される禁煙補助薬バレニクリン(販売名チャンピックス)からもニトロソアミン類が検出され、製造販売するファイザーは2021年7月28日からチャンピックスの回収を開始した。
禁煙補助薬チャンピックスはどうなる
筆者はタバコ問題の記事を多く書いており、知人には禁煙外来の先生方もいて回収されたチャンピックスの使用不能が話題になることがある。
ニトロソアミン類はタバコにも含まれる発がん性物質(タバコ特異的ニトロソアミン、tobacco-specific nitrosamine、TSNA、主にN'-ニトロソアナバシン:NAB、N'-ニトロソアナタビン:NAT、4-(メチルニトロサアミノ)-1-(3-ピリジル)-1-ブタノン:NNK、N'-ニトロソノルニコチン:NNNの4種類)として知られ、長く問題視されてきた物質だ。しかし、実はチャンピックスという禁煙治療薬にニトロソアミンが入っていたという皮肉なことになっている。
ところで、タバコに含まれるニトロソアミン類(4種類合計)は、紙巻きタバコで約10ナノグラム/1パフ(吸い込む数)、加熱式タバコ(アイコス)で約4ナノグラム/1パフだ(※)。
1日20本、1本あたり10パフとしても1日200パフとなり、1日のニトロソアミン類の摂取量は紙巻きタバコで2マイクログラム、加熱式タバコで0.8マイクログラムとなる。もちろん加熱式タバコのパフ数は紙巻きタバコよりも多い。この数値は、前述した国際的なガイドラインに定められたニトロソアミン類の摂取許容量の10倍以上ということに注意したい。
なぜ、これら医薬品に発がん性物質が含まれるようになったのか。ニトロソ化は、化学的な製造工程では一般的な材料であるアミン類と亜硝酸のニトロソ化反応によって起きる。
今回の原因は、原薬の化学式にニトロソ基(N=O)が結合するという製造工程で化学的に起きた場合もあり、製造工程のどこかで混入(コンタミ)した場合もある。また、ニトロセルロースなど梱包材の素材と薬剤が化学反応し、ニトロソ化が生じることもあり、製造工程の上流から下流まで起きるリスクがある。
薬学の分野では、ニトロソ化の化学反応をあらかじめ予測すること、NDMAやNDEAといったニトロソアミン類は複数の化合物で構成されているため、リスク評価や分析することが難しいとされているようだ。
その後、2022年12月22日、厚生労働省は各製薬会社に対し、ニトロソアミン類の混入リスクに関する自主点検を行うように指導し、自主点検に関するQ&A(2023年8月4日に一部改訂)を出し、事態の沈静化を図る。
だが、禁煙外来の現場では依然としてチャンピックスを使えないという状況が続き、禁煙治療をしてきた医療機関の中には治療を中断するところも出ている。また、禁煙サポートをスマートフォンのアプリケーションで行う禁煙外来の遠隔治療もチャンピックスを使う仕様のため、運用できていない。
ただ、禁煙外来での禁煙治療は、ニコチンガム、ニコチンパッチ、心理的なサポートなどでも効果的に行うことができる。禁煙外来での治療をするほうが、自分だけでとりくむよりもずっと禁煙成功率が高い。
では、禁煙治療にチャンピックスを使えるようになるのはいつになるのだろうか。筆者が国内でチャンピックスの製造販売をするファイザーに問い合わせたところ、以下のような回答(2023年7月10日)を得た。
また、タバコ対策に取り組む日本タバコフリー学会が、所管の厚生労働省にチャンピックスの供給再開を問い合わせたところ以下のような回答を得たという。
筆者も厚生労働省の医薬・生活衛生局監視指導・麻薬対策課に確認したところ、概ね日本タバコフリー学会が得た回答と同様のものだった。ようするに、まだ供給再開のはっきりした時期はわからない、ということだ。
ただ、同課によれば、チャンピックスについては現在、独立行政法人医薬品医療機器総合機構(Pharmaceuticals and Medical Devices Agency、PMDA)で審査している段階であり、PMDAと厚生労働省の承認を経て市場供給が開始される。
また、各製薬会社が行うニトロソアミン類の混入に関する自主点検は2023年4月30日までに終えているが、リスク低減措置の期限は2024年10月31日までとなっているとした。これらの情報からみれば、医薬品へのニトロソアミン類の混入問題は、製薬会社ごとに一定の改善がなされ、今後の混入を防ぐことができているようだ。
日本タバコフリー学会の薗はじめ医師によれば、ファイザーはチャンピックスにどれくらいのニトロソアミン類が含まれていたのかは明らかにしていないが、おそらく厚生労働省が決めるClass IIの基準を超えていたのだろうという。
薗医師「厚労省の医薬品回収関連情報によると、ClassⅡとは「その製品の使用等が、一時的な若しくは医学的に治癒可能な健康被害の原因となる可能性があるか又は重篤な健康被害のおそれはまず考えられない状況」と書かれています。その基準を超えた程度の薬を12週間限定で使用することに比べたら、国際的なガイドラインに定められている摂取許容量をはるかに超えるニトロソアミンが含まれているタバコを何年も吸い続けることがどれほど危険なのかはいうまでもないでしょう」
また、チャンピックスなどの禁煙補助薬を一刻でも早く禁煙治療に使えるようにすべきと強調した。
薗医師「現在、保険適用になっているニコチンパッチも認知行動療法も禁煙治療には大変有効ではありますが、中には、チャンピックスなどの内服薬でないと禁煙困難な精神科疾患合併患者や重症患者も一程度存在します。チャンピックスが2年も欠品になっていることで、タバコがやめられなくて苦しみながらも吸い続けてる重症のニコチン依存症患者が摂取するニトロソアミンの量を考えたら、最も有効な禁煙治療薬をいつまでも欠品のままにしていいはずがありません。日本でも1日も早くニコチン依存症の内服薬が使用可能になることを願っています。ジェネリックでも、ブプロピオンやCytisiniclineなど他の有効な内服薬についても、審査して早急に使えるようにすべきです。厚労省は、タバコ規制枠組み条約に則って強力にタバコを規制し、ニコチン依存症患者に治療の機会を確保することを喫緊の課題にしていただきたいと思います」
筆者がファイザー社から回答を得たのが2023年7月10日。状況は遅々としているが、筆者が感じた厚生労働省の電話での対応によるニュアンスでは、おそらくチャンピックスは近いうちに禁煙治療に使えるようになるだろう。
※:Noel J. Leigh, et al., "Tobacco-specific nitrosamines (TSNA) in heated tobacco product IQOS" Tobacco Control, Vol.27, Issue Suppl1, 21, September, 2018