「マイクロターゲティング政治広告の中止を」フェイクが広まる理由とは
AIを使ったマイクロターゲティングがフェイク広告をはびこらせる――。
そんな懸念から、選挙でのマイクロターゲティング広告を中止すべきだ、との声が国境を越えて急速に広がっている。
来年に控えた米大統領選、蔓延するフェイク広告、対応が分かれるフェイスブック、ツイッター。
そんな混乱の渦中で、米連邦選挙委員会の委員長、エレン・ワイントラウブ氏がワシントン・ポストに寄せたこんな指摘が注目を集めた。
政治広告のマイクロターゲティングは、わが国米国の統合を損ねることになるかもしれない。
米大統領選へのロシア介入疑惑や、ケンブリッジ・アナリティカ問題でもその弊害がクローズアップされたマイクロターゲティング広告。
それが社会の分断をまねくという懸念は、米国だけではなく、12月に総選挙が行われる英国や、その他の国々にも広がる。
だが、マイクロターゲティングにどれほどの影響力があるのか。肝心のその点には、疑問の声も上がっている。
●社会から見えない広告
デオドラント商品を販売するのにマイクロターゲティング広告が効果的だからといって、候補者を売り込むのに安全な方法とは言えない。反応しそうなグループを選び出し、説明責任を果たすことなく、政治的なフェイクニュースを送り付けることはたやすい。一般の人々はその広告を決して目にすることはないのだから。
米連邦選挙委員長のワイントラウブ氏は11月2日、ワシントン・ポストへの投稿で、こう指摘した。
議論の焦点は、2020年の米大統領選を控えて、政治広告によるフェイクニュースの拡散にどう取り組むかという問題だ。
この問題では、フェイスブックは政治家による政治広告についてはフェイクかどうかの判断はしない、とポリシーを改定。ツイッターは10月30日、世界的に政治広告の掲載を全面禁止する、と表明し、真逆の対応に。ただいずれも、政治広告の内容についての判断を放棄する、という点では一致していた。
※参照:TwitterとFacebook、政治広告への真逆の対応が民主主義に及ぼす悪影響(11/01/2019)
※参照:「ザッカーバーグがトランプ大統領再選支持」フェイスブックがフェイク広告を削除しない理由(10/16/2019)
これに対しワイントラウブ氏は、フェイスブック、ツイッター、どちらの議論にも与せずに、問題はマイクロターゲティングにあり、これを中止するべきだ、という新たな論点を提示した。
問題は、マイクロターゲティング広告が、属性や興味関心、「いいね」などのネット上の行動履歴などに基づいて、ユーザーにピンポイントで配信されるため、社会一般の目に触れることがない、という点だ。
このため、たとえフェイクニュースであっても、それをメディアなどが把握し、検証することができないまま、しずかに拡散していってしまう。
ワイントラウブ氏は、2016年米大統領選におけるロシアの介入などを挙げ、マイクロターゲティングがフェイクニュース拡散と社会分断を引き起こす強力な武器になり得る、と指摘。政治広告におけるマイクロターゲティングの排除を訴えた。
●米英豪などが「停止」を提言
マイクロターゲティング広告に関する懸念は、大陸を越えて広がっている。
フェイクニュースに取り組む各国議員による会議「誤情報と‘フェイクニュース’に関する国際大委員会」が11月6日、7日の両日、アイルランドのダブリンで開催され、この場でもマイクロターゲティング広告が大きなテーマとなった。
出席したのはアイルランドのほか、米国、さらに12月12日に総選挙を控える英国、さらにオーストラリア、フィンランド、エストニア、ジョージア、シンガポール。
この会議で、参加国は「各国において虚偽、あるいはミスリーディングな情報を含む政治広告のマイクロターゲティングを、規制が実施されるまでの間、一時停止すべく取り組むことで合意した」と表明している。
マイクロターゲティング広告に関しては、ワールド・ワイド・ウェブの開発者である英国人、ティム・バーナーズリー氏も11月13日に声明を発表。マイクロターゲティングは停止すべきだとして、こう述べている。
有権者は自分たちの利益に反することに投票するよう操られているのだ。
●揺れるフェイスブック
ダブリンの会議には、フェイスブックのコンテンツポリシー担当副社長、モニカ・ベッカート氏も出席。改めて「フェイスブックが世界の真偽を判断するのは適切ではない」と述べ、コンテンツの内容には判断を行わない、との姿勢を表明していた。
ただ、「マイクロターゲティング停止」に向けた動きも報じられている。
ポリティコは7日、フェイスブックの国際問題担当副社長で元英国副首相のニック・クレッグ氏が、マイクロターゲティングを含む政治広告問題に取り組んでいることを認めた、と報じている。
https://www.politico.com/news/2019/11/07/facebook-targeted-campaign-ad-limits-067550
我々は政治広告に関するアプローチについて、あらゆる修正や変更の可能性を検討中だ。この話は終わってはいない、ということだ。
それに先立つ6日、ウォールストリート・ジャーナルは、グーグルも政治広告への対応の検討を始めた、と伝えている。
●英総選挙での政治広告ターゲティング
では実際にマイクロターゲティングによって、どのような政治広告が配信されているのか。
選挙戦のさなかにある英国で、BBCのテクノロジー担当ライター、ローリー・セラン・ジョーンズ氏は視聴者に向けて、フェイスブックに表示されたマイクロターゲティングの政治広告と、その表示理由についての情報提供を求め、その結果を紹介している。
フェイスブックのニュースフィードに表示される広告は、右上隅の「…」マークをクリックすると、「この広告が表示されている理由」をポップアップで確認することができる。
フェイスブックの広告のターゲット設定では、「性別」「年齢」「地域」に加えて、「利用者層」「興味・関心」「行動」など、細かく対象を絞っていくことができる。また、既存のユーザーのデータをもとに、「類似オーディエンス」を指定することもできる。さらに米国版では、「政治関連のコンテンツでアクションを実行する可能性が高い人」として「リベラル」「保守」「穏健」などを選ぶことができる。
セラン・ジョーンズ氏の記事は、英国議会下院の解散(6日)から5日後の11日付。
フェイスブック上の政治広告とその表示理由をスクリーンショットとともに送ってほしい、という呼びかけをしたところ、600件もの事例が寄せられたという。
ただ、そのターゲット指定はかなり大まかなものだったという。
離脱を進める与党・保守党の場合は、18歳以上の支持者に「類似した人々」を指定しているケースが多く、「23歳から30歳の男性」「55歳以上」「30歳から50歳の女性」などの指定もあったという。
これに対して残留派の労働党の場合は、一般に入手可能な選挙人名簿の情報などをもとに、訴求対象層のリストを作成し、その属性の「類似オーディエンス」を指定していた、という。
残留派の自由民主党は、メディア習慣に着目。「18歳から35歳」で、「英紙ガーディアンとBBCの番組『モック・ザ・ウィーク』に関心がある、とフェイスブックが判定した人々」などと指定。
逆に離脱派のブレグジット党は、既存支持者の「類似オーディエンス」を指定しているという。
●だが実際は「なまくら」
ではこのマイクロターゲティング広告は、どれほどの威力を発揮しているのか。
セラン・ジョーンズ氏はこうまとめている。
我々のプロジェクトを見る限り、(政治広告のマイクロターゲティングをめぐる)議論全体が過大評価のように見える。
少なくともターゲティングの対象ごとに政治広告のメッセージをカスタマイズする、といった事例は確認できなかった、という。
さらに地域指定、政治傾向の指定でも、的外れなものが目についたという。
記事では「合っていたのは年齢だけだ」という回答者の声を紹介。15歳以上という年齢指定の保守党の広告が表示されたが、回答者は労働党の強い地盤であるウェールズの住人。「金輪際、保守党には入れないよ」
そのほかにも居住地指定が不正確だった、という回答者も多く、150キロ近く離れた別の選挙区を指定したものもあった、という。
セラン・ジョーンズ氏は記事で、こうコメントしている。
つまり、フェイスブックはしばしば、なまくらになる可能性がある、ということだ。
(※2019年11月13日付「新聞紙学的」より加筆・修正のうえ転載)