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熱中症の背景に「貧困問題」 電気/水道/食事のどれかを諦める高齢者たち

今野晴貴NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。
(写真:イメージマート)

 本日9月4日、筆者が代表を務めるNPO法人POSSEの学生ボランティアらが、厚生労働記者クラブにおいて会見を行い、電気、ガス、水道などのライフラインの支払いに困窮している貧困世帯における熱中症の危険性について、その実態を報告した。

記者会見するPOSSEの学生ボランティア。
記者会見するPOSSEの学生ボランティア。

 猛暑が続く中で、自宅内で、熱中症で亡くなるケースも報道されるようになっている。先月も東京・目黒区の70歳代と40歳代の親子が自宅で死亡している。扇風機は動いていたがエアコンは使用していなかったようだ。

参考:住宅で親子とみられる2人死亡 熱中症の疑いも 東京 目黒区

 熱中症対策として厚生労働省は「扇風機やエアコンで温度を調節」を、とアピールしているが、そのための費用を捻出できない高齢者は少なくない。実際に、POSSEに寄せられている65歳以上の高齢者からの相談には、エアコン購入費や修理費を捻出できずに危険な状態で過ごしているケースや、エアコンを使用しているがその分の電気代は食費を削って捻出しているため、1日1食になり健康状態が悪化しているといった事案が何件も寄せられている。

 本記事では具体的な相談事例を踏まえながら、多くの高齢者が「餓死か熱中症か」といった状況に置かれている実態とその対処法について考えていきたい。

記録的な暑さと屋内での熱中症

 気候危機の影響により、ますます酷暑が広がっている。気象庁の発表によれば、今年の夏(6月から8月)の全国平均気温は昨年7月を上回って、1898年の観測史上最高だったという。その中で、熱中症が原因で毎年数万人が救急搬送されており、毎年1000人ほどが亡くなっていることがわかっている(厚生労働省人口動態統計)。

 そして、屋内で亡くなるケースのほとんどは、エアコンが未設置もしくは未使用だった。東京都監察医務院によれば、東京23区内で、2023年夏季に屋内で熱中症を発症し死亡した176人のうち23.3%にあたる41人は室内にエアコンが設置されておらず、63.7%(112人)はエアコンが設置されていたものの使用されていなかったことわかっている。

参考:東京都監察医務院:令和5年夏の熱中症死亡者数の状況【東京都23区(確定値)

貧困によってエアコンを使うことができない

 では、なぜエアコンが未設置であったり、未使用な状況になってしまったのだろうか。端的に言えばエアコンを購入する費用を捻出できない、もしくはエアコンを使用する電気代を負担できないといった貧困問題がその背景にある。

 具体的な事例を見ていこう。NPO法人POSSEも参加している「いのちと暮らしを守るなんでも相談会埼玉実行委員会」が今年7月27日に大宮ソニック市民ホール(埼玉県さいたま市大宮区)で行った「いのちと暮らしを守るなんでも相談会」には、1日で対面および電話で115件(対面52件)の相談が寄せられたが、対面で相談を寄せた人のうち「物価が上がり生活が苦しい」と回答したのは54%(28件)、「家賃や公共料金の支払いが難しい」と回答したのは19%(10件)に上った。

 さらに熱中症に関係するエアコンの設置や使用に関してみると、「エアコンを使えばいいじゃないか」といった「対策」がいかに実態を踏まえていないのかがはっきりする。

全相談115件のうち、エアコンがない、もしくはエアコンを実質的に使うことができないというものが7%(8件)寄せられた。そのうち、そもそも自宅にエアコンがないものが3件、エアコンは設置されているものの故障中で使用できていない人が2件あった。これらのケースでは、いつ熱中症になってもおかしくない状況での生活を強いられていることがわかるだろう。

 例えば、北海道在住の50歳代の男性のケースでは、「家にそもそもエアコンや、冷蔵庫、洗濯機が設置されていない。生活保護を利用しているが、それらの購入費を捻出できない。さらに物価高で生活が限界に来ており、1日二食で生活している。ガス代はどうせ払えないので解約した」と、そもそも部屋にエアコンが設置されておらず、その購入費を捻出できない困窮状態であるため、いつ熱中症になってもおかしくない状況におかれている。

 また、埼玉県在住の70歳代男性のケースは、「生活保護を受給中だが、部屋のクーラーが故障したままで使用できず、修理費も捻出できない。そのため室温が36度から37度になり、身体的に負担が大きい」と、故障中のエアコンの修理費用を負担できずに、命の危険にさらされている。

餓死か熱中症かを「選択」させられる

 上記のようにエアコン自体を使うことができないケースも珍しくないが、エアコンを使用している分、そのしわ寄せが別のところに来ているケースも多い。特に食費を削るケースがみられた(3件)。

 たとえば、埼玉県で生活保護を利用している80歳代女性は、持病があるためエアコンの使用はストップできないが、高騰する電気代などの支払いができずに、水道は3ヶ月、電気は2ヶ月滞納している。ライフラインが停止されると文字通り命の危機にさらされるが、いまはそれらの費用を捻出するために、食費を削って、白湯やお茶で空腹を紛らわせているという。

 また埼玉県で生活保護を利用しながら暮らす別の80歳代女性は、同居する夫が病気を患っており冷房を使わざるを得ないが、電気代が一ヶ月で1万8000円にのぼり、水道光熱費を支払うために、1日1食で、せんべいを水に溶かしてふやかして食べているくらい食費を限界まで切り詰めているという。

 さらに、夫は病院から帰宅時のバス代を「節約」するために、炎天下のなか自宅まで歩いた結果、熱中症になってしまった。本人は「水光熱費が高すぎます。特に、電気代と水道代を節約しようとして、エアコンを我慢したりお風呂を我慢したりすることになっています。お風呂に関しては、シャワーを使わず、体を拭くだけの日もあります」と自身の置かれた状況を訴えている。

 これらをみると、いま熱中症として「顕在化」している高齢者の貧困状況もあくまで一部であると考えられる。熱中症にならないような対策を講じた結果、十分に食事が取れなかったり、ガスや水道などのライフラインがストップするなど、熱中症に限定されない理由で命の危険にさらされている。「エアコンを使えば熱中症の問題は解決する」という「対策」がいかに不十分かは明らかだろう。

貧困問題としての熱中症

 気候変動が深刻化するなかで、エアコンの使用は命を守るために必要不可欠だと言える。しかし、生活困窮状態にあるためにエアコンを使用することができず熱中症のリスクにさらされている。では、必要な対策はどのようなものがあるだろうか。

 まず相談事例から浮き彫りになったのは、ナショナルミニマム(最低生活)を保障するはずの生活保護を利用しているにもかかわらず、その水準が低すぎるという問題だ。生活保護を利用しても、ますます高騰する電気、ガス、水道といったライフラインの支払いにも困窮しているケースは珍しくない。またエアコンに関しては、厚生労働省は2018年以降エアコン購入費を扶助する措置を講じたが、その基準があまりに厳格であるためにほとんどのケースで利用が困難になっている。

参考:「エアコン設置費用を生活保護世帯に柔軟に支給できるよう厚生労働省通知の改正等を求める要望書」を提出しました(生活保護問題対策全国会議

 実際にPOSSEの相談窓口にも、生活保護利用者からエアコン設置を求める相談が寄せられたが、厚労省の示す要件に満たさなかったことで生活保護からは支給されず、社会福祉協議会から「借金」をしてエアコンを購入するよう役所から勧められていた。

 また、記者会見で学生ボランティアが紹介したケースでは「生活保護を受けていても、入所している無料低額宿泊所で自室のエアコンを使わせてもらえない、日中は全員が食堂に集まらないといけない」といった「貧困ビジネス」の運営するシェルターで暮らす生活保護利用者の実態も浮き彫りになった。このような状況にならないように、利用すれば生存が保障されるように、エアコン支給を含めて生活保護の水準の引き上げが必要だろう。

参考:「貧困ビジネス」の実態についてはこちらも参考にしてほしい。劣悪施設の入所者が「貧困ビジネス」を告発 「脱出」する方法とは?

 さらに、生活保護の利用の有無にかかわらず、ライフラインの停廃止の危機にさらされている状態は一刻も早く解消されるべきだ。電気やガスなどのエネルギー価格の高騰によって「エネルギー貧困」状態に置かれた人が増え続けている。ライフラインがストップすれば命の問題に直結することは明白であり、仮に料金を支払うことができなくても、無償化や減免措置といった形での対策が講じられるべきだろう。

 ただこのような深刻な貧困状態はまだまだ表面化しているともいえない。同じような苦しい状況で「なんとか」生活している人も少なくない。そこで、そのような相談への対応や食糧に困窮している方への支援を含めて、解決に向けた取り組みが必要だ。私たちは今週末に埼玉県川口市で食糧支援および空調が整った状況で休む場所を提供する予定である。

 こういった現場での支援活動が必要であると同時に、熱中症につながる貧困問題を政策的に解決していくことが求められている。

・9月7日土曜日 13時から17時(場所:COCORONDO(ココロンド)レンタルスペース))

・9月8日日曜日 13時30分から17時(場所:かわぐち市民パートナーステーション会議室1)

■この件に関するお問い合わせ

NPO法人POSSE生活相談窓口

TEL:03-6693-6313 土日祝13:00~17:00

メール:seikatsusoudan@npoposse.jp

LINE:@205hpims

*筆者が代表を務めるNPO法人です。社会福祉士資格を持つスタッフを中心に、生活困窮相談に対応しています。各種福祉制度の活用方法などを支援します。

ボランティア希望者はこちら

https://www.npoposse.jp/volunteer

NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

NPO法人「POSSE」代表。年間5000件以上の労働・生活相談に関わり、労働・福祉政策について研究・提言している。近著に『賃労働の系譜学 フォーディズムからデジタル封建制へ』(青土社)。その他に『ストライキ2.0』(集英社新書)、『ブラック企業』(文春新書)、『ブラックバイト』(岩波新書)、『生活保護』(ちくま新書)など多数。流行語大賞トップ10(「ブラック企業」)、大佛次郎論壇賞、日本労働社会学会奨励賞などを受賞。一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。博士(社会学)。専門社会調査士。

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