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「兵士は拘禁された存在」、韓国で発刊された人権報告書が示す北朝鮮・朝鮮人民軍の“本質“とは

徐台教ソウル在住ジャーナリスト。『コリア・フォーカス』編集長
3月30日に行われた報告書の発表会兼討論会。『軍人権センター』提供。

韓国で先日発刊された、朝鮮民主主義人民共和国(以下、北朝鮮)・朝鮮人民軍の人権実態を調べた報告書が話題だ。

報告書は数々の人権侵害の実例を挙げつつ、その根本的な原因として「大規模な兵力を運営すること」と、「兵士の服務期間が長すぎること」を挙げつつ状況の改善を訴えている。著者へのインタビューを交え詳細をまとめた。

●「気分が悪いかもしれないが、現実」

先月30日、韓国のNGO『軍人権センター』は、北朝鮮で軍隊服務経験のある30人(男性23人、女性7人)に深層面接を行った結果を報告書にまとめ発刊した。

対象者はいずれも韓国に住むいわゆる’脱北者’だ。年齢は20代から50代までで、1980年代から2010年代まで幅広く軍隊生活を送った人々だ。集められた証言からは、北朝鮮兵士の厳しい人権状況が浮かびあがってきた。

結論から言うと、著者で社会人類学独立研究家の李基濽(イ・ギチャン)氏が主張したように、北朝鮮兵士が置かれた状況は「被拘禁者」に近いというものだった。「被拘禁者」とは広義では国に身柄を拘束されている者、という意味だ。

これについて李氏は今月5日、筆者との電話インタビューで「北朝鮮が聞いたら『軍が侮辱するのか』と気分を悪くするかもしれないが、現実なので仕方ない」と明かし、「こうした認識は2018年に発刊された報告書にもあった」と説明した。

18年、韓国のNGO『北韓人権情報センター(NKDB)』は『軍服を着た収監者−北韓軍人権実態報告』を発刊している。

この報告書は70人の軍隊経験者にやはり深層面接を行った結果をまとめたもので、「北朝鮮の兵士は10年の間、収監者と同じ処遇を受けている」と分析している。

報告書では、朝鮮人民軍の人権の実態を、(1)生命権(死亡事故と公開処刑)、(2)非人道的な処遇を受けない権利(殴打、過酷行為および言語での暴力)、(3)強制労働をしない権利(建設/農村支援などの作業)、(4)被拘禁者の権利と公正な裁判(軍の拘禁施設と裁判・処罰)、(5)私生活を保護される権利、(6)通信の自由、(7)平等権(部隊配置および生活)、(8)入党、(9)性暴力、(10)申訴制度、(11)食糧権、(12)住居権、(13)健康および衛生に分けて調査し、記録している。

なお、北朝鮮の男性は高等中学校(日本の中高を合わせたもの)を卒業する満17歳から召集(徴兵)の対象となり、10年間の軍隊生活を義務づけられる(※)。

女性は志願制で服務期間は7年だ。李氏は服務期間について「10年が基本であるが、金正日時代に12,13年と延びたことがある。数年前からは10年服務制になっている」と説明した。

※北朝鮮内部情報に詳しい日本のメディア『アジアプレス』はこれまで、“徴兵期間は年によって異なり”、“今年から徴兵期間が8年に短縮された”という記事を発表している。

●報告書の概要

138ページにわたる報告書のすべてを説明することはできないが、いくつかの項目について見ていく。

▲生命権(死亡事故と公開処刑)

著者は30人の面接者のうち、27人(90%)が死亡事故を直接目撃したと報告している。面接により集められた事故の事例52件のうち、建設支援や木の伐採など作業中の事故、交通事故や溺死・窒息死などの安全事故、訓練中の事故、殴打/過酷行為および喧嘩関連事故の順で多かった。

事故の多くは、安全装置もないまま危険な作業を行ったことで起きており、予防可能なものが多かった。死者の数については、証言を総合する場合に毎年最低でも1000人以上、多くは数千人に及ぶのではないかとしている。なお、北朝鮮政府による公式の統計はない。

また、金正日時代(〜2011年)には死者が多かったが、金正恩時代になって以降の2013年に「事件、事故に終止符を打つことについて」という直々の指示(方針)が数度下されたという証言もあった。

一方、公開処刑については、30人中8人が直接目撃したと答えた。この中で、日時が特定できる7件について、3件は90年代、3件は00年代、1件は2010年代であるとした。金正恩時代になって以降、減っているとした。2015年に3人を公開処刑した事例が報告されている。遺体にムシロにくるんだものを他の兵士に見せ、兵士は手に持った石で墓を作らされたという。

報告書では「士気に直結するため、軍隊内での公開処刑は稀である」という証言を紹介すると共に、恣意的な処刑に関する証言もなかったとし、特別な場合でない限り、公開処刑をしないものと結論付けている。

▲非人道的な処遇を受けない権利

30人のうち29人が殴打された経験があり、さらに24人が「日常的なもの」と証言したと報告書は言及している。殴打経験のない1人は軍幹部の娘だったという。

報告書では殴打を「個人間に起こる逸脱行為であるが、根本的には劣悪な条件で勤務する兵士を統制するための非公式な規律と言える」と指摘している。兵士は不満を抱えており、不合理で無理な命令を貫徹させるためには殴る他にない、ということだ。

しかしこの習慣も、少しずつであるが変わりつつあるという。1998年以降に入隊した9人が「殴打が減った」と答えているという。著者の李氏は「背景には申訴制度の導入や金正恩氏の指示などがあるが、それでも殴打は『軍隊の基本』という認識がある」と電話インタビューで説明した。

また、「シゴキ」にあたる過酷行為には排泄物を舐めさせる行為なども報告されている一方、言葉による暴力が他の兵士の前で自身の過ちを告白させる、北朝鮮特有の「総括」の現場で起きていると指摘している。

▲強制労働をしない権利

一般的に、北朝鮮と強制労働はセットのように語られる傾向がある。特に、「労働鍛錬刑」、「労働教養処罰」、「教化所(刑務所)」そして政治犯収容所など、“罪を犯した(と北朝鮮当局が見なす)”者からの労働搾取事例が多く報告されている。

軍についても同様の見解を報告書ではしている。「国際基準に照らし、北朝鮮軍で日常的に遂行される各種作業を強制労働と見なし扱った」と明記した。

その根拠として、国際労働機構(ILO)において重要な協約の一つである『強制労働禁止協約(28条)』を挙げる。

同協約では徴兵制のような軍事義務を例外としているが、報告書では「北朝鮮軍が動員される作業の内、多くの部分が建設や農業のような非軍事的な分野で行われている」上に、これらが「常時的に行われる選択権のない非自発的な労働に近いこと」から、”強制労働である”と結論付けている。

兵士たちは軍内で必要な建設の他に、公共の道路、橋、発電所、住宅、文化施設の建設に駆り出される他に、軍の食糧をまかなう「副業地」と呼ばれる畑での耕作や、部隊全体が農村支援を行うことがあると、報告書は言及している。

証言には「軍生活の40%が作業への動員だった」、「スキー場の建設に3年間動員された」、「年間3か月は建設や工事をしに出かけた」といった赤裸々なものが並ぶ。「1年のうち300日は建設支援を行った」というものもあった。女性兵士は建設支援よりも農村支援に動員されることが多かった。

▲私生活を保護される権利

「私生活を保護される権利」とは、▲私生活の内容を公開されず、▲私生活の形成と展開を妨害されず、▲自身に関する情報を自ら管理・統制できることを指す。報告書はこれが「軍だけでなく北朝鮮という国家全体で保障されていない」と指摘する。

背景には北朝鮮の憲法にも明記される「一つは全体のために、全体は一つのために」という集団主義原則があるという。さらに金正日時代に進めた「先軍政治」における「軍隊はすなわち人民であり国家であり党」という方針があるため、軍隊内の私生活保護は「ほとんどない」というのだ。

休暇については、軍の服務規程で1年に15日の‘一般定期休暇’を保障するが、30人のうち29人が「休暇経験は無い」と答えたとする。

また、父母の死亡や病気などによる‘特別休暇’については30人全員が「無い」と答えている。一方で同2人が‘物資休暇’と呼ばれる、部隊内に不足する物資を調達してくる条件での休暇を取ったという証言を報告している。

▲入党

入党とは、朝鮮労働党の党員になることだが「入党それ自体が北朝鮮軍の人権実態を計るものにはならない」と指摘している。死亡事故や殴打などとは性質が異なるということだ。

一方で、「男女ともに軍服務を終え満期除隊することが入党における最も望ましい過程である」ことが男性10年、女性7年という服務機関を甘受してまで軍生活を送る理由にあると報告書では指摘している。

「面接者の多数は、長期にわたる軍服務から来る終わりのない苦痛と困難に耐えられた根源的な要素が入党だったという点に同意した」と言及した。実際に、30人のうち満期除隊した19人はすべて入党している。

だが最近では、満期除隊イコール入党にはならない変化が見受けられるとする。以前は95%ほどだった入党者が現在では80%程度まで減り、さらにその内の2〜4割は「正党員」ではなく「候補党員」となり、除隊後に再審査を受けることになるという。

このため、なるべく軍生活を送る間に入党することが望まれるが、その過程で入党に絶対的な権限を持つ中隊の政治指導員に賄賂を贈る必要があり、特に女性兵士の場合は「性上納」を強いられることもあると報告書では指摘している。

▲性暴力

今回の調査は、性暴力に関する専門的な訓練を受けた女性調査者が行ったものではなく、男性調査者が行ったものであることから、「性暴力を直接目撃したことがあるか」という形式でのインタビューとなったことを、著者の李氏は筆者に明かしている。

このため、断片的な証言にとどまっているが、それでもその実態は「深刻なものだった」と報告書にある。「性暴力の多くは妊娠を通じ明らかになる」としつつ、強制的に堕胎手術を行う証言が2件あった。

また、男性兵士間の性暴力については、「相手に性的な羞恥心を与える言葉や行為が確認できたものの、北朝鮮軍では特別な問題意識を持たないように見られた」と言及がある。

だが、衛生検査を裸で行うなど、国際的な基準では充分にセクシャルハラスメントにあたるケースがあったという。

さらに、「北朝鮮では同性愛のようなものはないと強調する者もいた」と報告書は特記し、「これは北朝鮮社会に未だ同性間の性暴力や同性愛に対する概念的な区分を行う知識と、ジェンダー感受性がないことを傍証するもの」と指摘した。

▲食糧難

報告書で李氏は、「食糧権こそが北朝鮮軍の人権実態において、最も重要で至急な事案だ」と指摘している。主食は米とトウモロコシだが、一日800グラムという規定を完全に満たすことは無く、副食(おかず)も大根を除いては安定的に供給されないということだ。

食糧難の背景については、食糧不足、管理供給システムの問題、不正腐敗を挙げている。

供給システムの問題としては、前方(韓国に近い南側)部隊の場合、後方(北側)に食糧を受け取りに出かけるのだが、受け取る食糧から輸送費を捻出せねばならないため分量と減るといった指摘だ。

不正腐敗には、軍の維持に欠かせない物資を、食糧を売ったお金買うことをはじめ、幹部の着服まで幅広い証言があった。

足りない分はどうするのか。「自体保障」と呼ばれる自力調達がある。だがこの実態は部隊駐屯地周辺での「略奪」に他ならないことを示す証言が相次いだ。道に埋伏し、食糧を運搬する人を襲い、農村の管理事務所を襲撃するという内容もあった。

こうした行為は「ムンチャギ(扉を蹴飛ばし押し入る意)」と呼ばれるが、李氏は「ムンチャギを経験したことのない男性兵士はいないようだ」と明かしている。

食糧難から栄養失調になるケースも多い。北朝鮮ではこれは「虚弱」と呼ばれるが、30人のうち2人が実際に栄養失調となり3か月間「軍団保養所」で療養したと証言している。

著者は「“虚弱”により多数の死者が出ていると思われるが、保養所や病院など部隊外での出来事のため、状況を知ることが難しかった」と明かしている。

▲その他

他にも、報告書では軍内の拘禁施設について詳しく記述している。また、軍内の裁判制度や監察については保衛局(旧:護衛司令部)が絶対的な権限を持っており、軍検察や軍裁判所は形式的なものに過ぎないと言及している。

通信の自由については、手紙はいつでも書けるものの検閲により秘密の保障はされず、到着(配達)もいつになるか分からないとの証言が報告された。

携帯電話については2010年代に入り、小隊長級以上の幹部が所持する一方で、兵士の中には分隊長などが下級兵士の管理のために持つことがあるという。

また、平等権については「お金に余裕のある家庭の場合には可能な手段を総動員し、待遇の良い部隊に配置するよう努力する」という証言が相次いだとしている。

待遇の良い部隊とは、軍団旅団直属部隊、国境警備隊、技術行政部隊、看護部隊などがある。こうした行為が可能な背景には不正腐敗がある。

申訴制度は、軍隊における「目安箱」のようなもので、2000年代以降、積極的に軍隊内で取り入れられているという。これが殴打の軽減につながったという証言もあったという。一方で、「形式的なものに過ぎない」という証言も紹介されている。

軍内の住居について、著者は「問題意識が見受けられなかった」とし、その理由を「食糧不足や厳しい労働などが圧倒的な問題であるから」と見立てている。

だが上下水道が整備されていない部隊があり、トイレも汲み取り式が大部分だったという。人糞は肥料として使われる。

さらに、兵士に至急される給料については、将校の給料が市場で売られる米500グラムの金額にしかならないため「兵士、将校すべてにとって大きな意味はないもの」と言及している。

●「北朝鮮社会の変化が不可欠」

見てきたように、朝鮮人民軍では広範囲にわたる人権侵害が行われているが、「実際に北朝鮮を訪問し現役兵士を相手に調査することが不可能な事から、調査には限界がある」と著者の李基濽氏は語る。

李氏はまた、人権侵害をもたらす根本的な問題として、「大規模な兵力を運営すること」と、「兵士の服務期間が長すぎること」を挙げた。韓国統一部は北朝鮮軍を128万人(防衛省は110万人)としているが、これは全人口の5%に近い数値だ。

北朝鮮政府にこの大部隊を運営する能力がないことがもたらす劣悪な環境と、世界最長の10年という服務期間そのものが人権侵害だと李氏は強調する。

そんな兵士は国家にいいように利用されている。労働者としてだ。李氏はこれを「経済分野における国家的な必要性、費用の削減、民間に比べ統制が楽で優秀な労働力など、様々な側面で最善の選択肢である」と分析している。報告書に出てくるある証言者はズバリ「軍隊はタダの労働力だ」と喝破する。

李氏は筆者との通話でさらなる問題として、社会的な影響を以下のように指摘した。

韓国でも2000年代前半に、軍隊に行くと軍隊式の思考法が骨の髄まで染みこみ、これが韓国社会にまん延するという、徴兵制度が男性に与える悪影響が問題になった。これと同じことが北朝鮮で起きている。

社会生活を送ったことのない17歳を10年間軍隊に閉じ込める。彼らは劣悪な環境で苦しみながらも、食糧強奪や殴打など悪いことを覚える一方で、わが首領、わが指導者と教え込まれ、米国を敵対視することをたたき込まれる。

面談をしながら「いったいどうすれば良いのか」という考えしか浮かばなかった。

一方で李氏は「社会での変化がゆっくりながらも軍隊内に及んでいる。北朝鮮に韓国ドラマや携帯電話が広がり、市場も発達している。さらに少子化が進み、大事に育てられた子どもも多い。無条件で殴られるばかりでなく抗議もする」と緩やかな変化についても言及した。

報告書では人権状況を改善するための提言も行った。そのために、冒頭に紹介したような「北朝鮮兵士は非拘禁者」との認識から、人権実態改善のための出発点を『国連被拘禁者待遇に関する最低基準規則(ネルソン・マンデラ規則)』とすることを李氏は主張している。

だが、朝鮮人民軍は繰り返すように、軍としての役割の他に労働力として北朝鮮社会を支える役割を果たしている。李氏は最後に、「軍人の自由と食糧の問題は複雑に絡まりあっている。人権改善のためには軍内部での変化と共に北朝鮮社会の変化が不可欠だ」と強調した。

報告書は韓国『軍人権センター』の以下のホームページからダウンロードできる。韓国語版と英語版がある(韓国サイトにリンクします)。

https://mhrk.org/what-we-do/resource-view?id=2766

ソウル在住ジャーナリスト。『コリア・フォーカス』編集長

群馬県生まれの在日コリアン3世。1999年からソウルに住み人権NGO代表や日本メディアの記者として朝鮮半島問題に関わる。2015年韓国に「永住帰国」すると同時に独立。16年10月から半年以上「ろうそくデモ」と朴槿恵大統領弾劾に伴う大統領選挙を密着取材。17年5月に韓国政治、南北関係など朝鮮半島情勢を扱う『コリアン・ポリティクス』を創刊。20年2月に朝鮮半島と日本の社会問題を解決するメディア『ニュースタンス』への転換を経て、23年9月から再び朝鮮半島情勢に焦点を当てる『コリア・フォーカス』にリニューアル。ソウル外国人特派員協会(SFCC)正会員。22年「第7回鶴峰賞言論部門優秀賞」受賞。

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