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シリアを主戦場として爆撃・砲撃の応酬を激化させる米国と「イランの民兵」

青山弘之東京外国語大学 教授
SANA、2021年6月28日

米日刊紙『ニューヨーク・タイムズ』(インターネット版)は、米軍の戦闘機が6月28日(現地時間)、シリアとイラク領内にある「イランの支援を受ける民兵」(Iran-backed militias)の拠点や施設複数カ所に対して爆撃を実施したと伝えた。

爆撃は、イラン・イスラーム革命防衛隊の無人航空機(ドローン)発着用の基地で、シリアでの戦闘や米軍を標的とするために使用されていたという。

英国で活動する反体制系NGOのシリア人権監視団によると、米国の爆撃は6月27日深夜から28日未明にかけて行われ、イラク人民動員隊の戦闘員7人が死亡、武器弾圧庫1棟、軍事拠点1カ所が破壊されたという。

同監視団によると、米国、そして同国が主導する有志連合CJTF-OIR(「生来の決戦作戦」統合任務部隊)が「イランの支援を受ける民兵」に対して爆撃を行ったのは、4月29日以来だという。

バイデン政権によるシリアへの軍事攻撃は今回で6回目

ジョー・バイデン政権が発足以降、米国がシリア領内で爆撃を実施した(ないしは実施したと考えられる)のは、筆者が確認している限り、これが6度目だ。

1度目の爆撃は、2月25日にダイル・ザウル県南東部のイラク国境近くに設置されているいわゆる「イマーム・アリー基地」を狙ったもの、イラク人民動員隊に所属するヒズブッラー大隊、サイイド・シュハダー大隊の施設が標的となり、民兵17人が死亡した。この爆撃は、バイデン政権が発足後国外で最初に実施した軍事攻撃だった(「バイデン米政権初の爆撃に便乗して、ロシア、シリア政府、トルコ、イランがシリアで「暴力の国際協調」」を参照)。

2度目の爆撃は、反体制系サイトのアイン・フラートが報じた。同サイトによると、4月24日、ダイル・ザウル県ブーカマール市近郊のスィヤール村にある水上通行所での石油などの物資の密輸をめぐる対立を発端として、シリア軍共和国護衛隊および「イランの民兵」と、クルド民族主義民兵組織の人民防衛隊(YPG)を主体とするシリア民主軍が、ユーフラテス川を挟んで砲撃戦を行う事態が発生すると、有志連合の戦闘機複数機が介入し、ユーフラテス川西岸のシリア軍と「イランの民兵」の拠点複数カ所に対して爆撃を行った。この爆撃で、車輌1台が被弾し、乗っていたシリア軍士官(中尉)1人と「イランの民兵」3人(イラン人)が死亡した。

3度目の爆撃は、有志連合所属と思われるドローンによるもので、4月28日深夜から29日未明にかけて行われた。シリア人権監視団によると、爆撃では、スィヤール村の民家や車輌が狙われ、アフガニスタン人によって構成されるファーティミーユーン旅団の司令官少なくとも1人が死亡、民兵5人が負傷した。

4度目の爆撃は、反体制系サイトのナダー・フラートが報じた。同サイトによると、5月23日、所属不明のドローン1機が、ユーフラテス川西岸のイラク国境地帯を移動中のヒズブッラー大隊の車を攻撃、2人が死亡した。

5度目の爆撃は、アイン・フラートが報じたもので、所属不明の航空機複数機が6月14日、あるブーカマール市南に設置されている「イランの民兵」の基地内の武器弾薬庫を爆撃した。武器弾薬庫は完全に破壊され、民兵多数が死傷したという。

「イランの支援を受ける民兵」とは?

5度の爆撃のうち、米国(ないしは有志連合)が正式に関与を認めたのは、2月25日と今回の2度だけだが、いずれも「イランの支援を受ける民兵」が狙われている。いわゆる「イランの民兵」、あるいは「シーア派民兵」だ。

「イランの民兵」、「シーア派民兵」ともに蔑称で、シリア政府側は「同盟部隊」(あるいは「同盟者部隊」)はあるが、シリア・ロシア両軍と共闘する民兵の総称である。イラン・イスラーム革命防衛隊、その精鋭部隊であるゴドス軍団、同部隊が支援するレバノンのヒズブッラー、イラク人民動員隊、ファーティミーユーン旅団、パキスタン人民兵組織のザイナビーユーン旅団などを指す。シリア領内のシーア派(12イマーム派)の聖地や住民を防衛するとしてシリア内戦に参入、その後、シリアのアル=カーイダであるシャーム解放機構(旧シャームの民のヌスラ戦線)を主体とする反体制派、そしてイスラーム国に対する「テロとの戦い」に身を投じていった。

このうち、人民動員隊は、イスラーム国が2014年以降にイラク領内で勢力を伸張したことを受け、2015年に結成されたシーア派民兵を母体とする。ナジャフ市のマルジャイーヤが発出したファトワーに基づき、ヒズブッラー大隊、アサーイブ・アフル・ハック、バドル機構、殉教者サドル軍団といった既存の民兵が各地で動員をかけて部隊を編制、2016年11月26日にイラク国民議会が「人民動員評議会法」を可決し、イラク軍武装部隊総司令官(首相)の指揮下で正式な部隊となった。約70の組織が人民動員隊に参加している。「イランの民兵」とは言うが、れっきとしたイラクの合法的部隊である。

なお、言うまでもないが、米主導の有志連合も「テロとの戦い」を口実にシリアに軍事介入を開始、現在もユーフラテス川東岸各所に違法に基地を設置、部隊を駐留させている。

イスラーム国は2019年春までにシリア領内ですべての支配地を失い、現在は在地の犯罪集団として細々と活動を続けている。「イランの民兵」、有志連合ともにシリア駐留の根拠を失っている。だが、それぞれの勢力拡大を阻止するためにシリア領内に駐留を続け、同国を主戦場として争い合っている。

諸外国の駐留状況(筆者作成)
諸外国の駐留状況(筆者作成)

今回の爆撃に関する米国防総省の発表

米国防総省のジョン・カービー報道官は今回の爆撃に関して、以下のような報道声明を発表した。

バイデン大統領の決定により、米軍は今夕初め、イラク・シリア国境地帯でイランの支援を受けた民兵グループが利用する施設に対して自衛のための精密爆撃を行った。標的は、これらの施設がイランの支援を受ける民兵によって利用されていたために選ばれた。彼らは、イラク領内の米軍の人員や施設に対する無人航空機(UAV)での攻撃に関与している。米軍の爆撃はとくに、シリア領内の2カ所、イラク領内の1カ所にある作戦施設と武器保管施設複数棟を狙った。いずれも両国国境近くに位置している。ヒズブッラー大隊、サイイド・シュハダー大隊など、イランの支援を受けた複数の民兵グループがこれらの施設を使用していた。

今夕の爆撃を実施することで、バイデン大統領は米国の人員を守るために行動するという姿勢を示した。イランの支援を受けたグループがイラク領内のイランの国益を狙って一連の攻撃を行うなか、大統領はこうした攻撃を阻止するためのさらなる軍事行動を指示した。我々はイラク政府の招きでイラクに駐留し、ダーイシュ(イスラーム国)を敗北させようとするイラク治安部隊の取り組みを支援することを唯一の目的とする。米国は事態悪化の危険を回避するのに必要、適切、且つ慎重な行動をとってきた。だが同時に、抑止のための明確で、曖昧さのないメッセージも送ってきた。

国際法上の問題として、米国は自衛権に従って行動してきた。爆撃は脅威に対処するために必要で、なお且つその範囲は適切に特定されていた。国内法上の問題として、大統領はイラク領内の米国の人員を保護するため、憲法第2条が定める権限に従って行動した。

2月25日にバイデン政権が実施した1度目の爆撃もそうであるば、米国が自らの自衛のために、同盟国であるイラクの合法的な部隊を標的とするのは不条理以外の何ものでもない。

イラク人民動員隊の声明

一方、イラク人民動員隊も報道声明を出し、次のように発表した。

本日(6月28日)未明午前2時、米軍航空機がアンバール県西のカーイム郡の国境から13キロ領内に設置されている人民動員隊(第14旅団および第46旅団)の拠点3カ所を狙った。

この攻撃で、シリアからイラクへのイスラーム国の潜入を阻止するための通常任務に就いていた4人が殉教した。任務は(イラク軍・治安部隊との)合同作戦司令室のもとで人民動員隊に正式に与えられた義務に沿ったもので、イラク領内のいかなる外国部隊の活動も妨げるものではない。このことについて、人民動員隊はこれまでにも何度も繰り返し自らの立場を明らかにしてきた。

爆撃を受けた人民動員隊の拠点には、米国の主張に反して、倉庫、あるいはそれに類する施設は含まれていなかった。米国はこうした主張を通じて、人民動員隊の戦闘員を狙った犯罪行為を正当化しようとしている。

我々はもっとも強い表現で我が部隊に対する罪深い攻撃を非難するとともに、殉教者に心から哀悼の意を示したい。我々は、こうした攻撃に対する報復権、そしてイラク領内での犯罪者を処罰する権利を留保する。

攻撃は、イラク、そしてその治安部隊と人民動員隊を弱体化させようとして行われている。彼らのおかげで、米国、そして世界の国々はテロの撲滅を目の当たりし、その脅威を排除できた。攻撃はまた、テロ組織が強大化するために行われている。この攻撃はイラクの主権を標的としたものだ。とりわけ、人民動員隊が大規模な設立記念観兵式を武装部隊総司令官の主催などで大成功を収め、昨日(27日)に首都バグダードで三カ国首脳会談が開催されたのに合わせて行われた。

我々は、ここにおいて、イラク政府の姿勢、領土、領空に対する主権が実現すべく、イラクから外国の部隊を撤退させようとする熱意を賞賛する。

米国の矛盾した姿勢と同じく、イラク人民動員隊が自らの同盟国に対して報復権を留保するというのも皮肉な話である。

シリアで高まる緊張

イラク人民動員隊が報復権を保留すると発表したのと前後して、シリアでにわかに緊張が高まった。

国営のシリア・アラブ通信(SANA)によると、6月28日、国内最大の油田であるユーフラテス川東岸のウマル油田に設置されている米軍の基地に向けて、何者かが砲撃を行ったのである。

シリア人権監視団やアイン・フラートによると、砲撃はシリア政府の支配下にあるユーフラテス川西岸のクーリーヤ市近郊の砂漠地帯やマヤーディーン市近郊に設置されているイラク人民動員隊に所属するアブー・ファドル・アッバース旅団の拠点から行われ、砲弾8発以上が油田地帯に着弾、車複数台が炎上するなど、物的被害が出た。

この砲撃を受けて、有志連合の航空機がマヤーディーン市に面するユーフラテス川東岸上空に飛来、旋回を続けるなか、ウマル油田の労働者住宅地区に展開する有志連合の部隊が、マヤーディーン市にある「イランの民兵」の拠点に対して砲撃を行った。

また、シリア民主軍も、マヤーディーン市に面するユーフラテス川東岸一帯に増援部隊を派遣し展開、シュハイル村に展開する部隊が、ユーフラテス川西岸のバクラス村にあるシリア軍の拠点複数カ所に向けて砲撃を行った。

東京外国語大学 教授

1968年東京生まれ。東京外国語大学教授。東京外国語大学卒。一橋大学大学院にて博士号取得。シリアの友ネットワーク@Japan(シリとも、旧サダーカ・イニシアチブ https://sites.google.com/view/sadaqainitiative70)代表。シリアのダマスカス・フランス・アラブ研究所共同研究員、JETROアジア経済研究所研究員を経て現職。専門は現代東アラブ地域の政治、思想、歴史。著書に『混迷するシリア』、『シリア情勢』、『膠着するシリア』、『ロシアとシリア』など。ウェブサイト「シリア・アラブの春顛末記」(http://syriaarabspring.info/)を運営。

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