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「日本会議」は衰退するのか?~神社本庁全面敗訴の衝撃~

古谷経衡作家/評論家/一般社団法人 令和政治社会問題研究所所長
神社本庁と密接な関係にある靖国神社のイメージ(写真:アフロ)

・「日本会議」と神社本庁

 著述家の菅野完氏の著書『日本会議の研究』(扶桑社)のベストセラーにより、一躍全国区となった草の根保守団体「日本会議」。同会は、日本各地に支部を持つ「日本最大規模」の保守団体で、関連組織に神道政治連盟国会議員懇談会(神政連)を持ち、自民党(安倍前首相や菅義偉現総理ら)を筆頭に保守系政治家や保守業界に多大な影響力を持つ、と「されて」きた。

 その日本会議の主要構成メンバーである神社本庁(以下、本庁などと略)をめぐって、司法の裁きが下った。本庁の元職員をめぐる解雇問題で、元職員側が本庁による解雇は不当だとして本庁側を提訴。2021年3月18日、東京地裁は原告である元職員の訴えを全面的に認め、本庁側が完全敗訴したのだ。

 報道によれば、本庁側は自身が被告となったこの裁判を、「今回の裁判は絶対に負けられない戦い」「(敗訴すれば)包括宗教団体としての組織維持ができなくなる。被告(*神社本庁のこと)は、伊勢神宮や皇室と密接な関係があって、いわば『日本の国体』の根幹を護っている最後の砦である。(中略)決して裁判所が日本の国体破壊につながることに手を貸す事態があってはならないと信じる次第である」週刊文春2021年4月1日号、*括弧内筆者)と息巻いたが、結果は前述のとおり全面敗訴。

 果たしてこの本庁による敗訴は、保守界隈に隠然たる影響力を持つと「されて」きた日本会議の勢力弱体化にもつながる分水嶺となるのだろうか。

・神社本庁の「国体の破壊につながる」はよくある抗弁

 そもそも、日本会議の主要メンバーとはいえ、神社本庁が今回の裁判を「絶対に負けられない戦い」とか「(敗訴は)日本の国体破壊につながる」などと些か極端とも思える抗戦姿勢を宣言したのはなぜなのか。

 筆者はこの問題に詳しい、雑誌『宗教問題』編集長の小川寛大(おがわ かんだい)氏に話を聞くことにした。

小川)神社本庁に関わらず、この手の伝統宗教勢力が「国体の破壊」などと言って大仰な抗戦姿勢を宣言することはよくあることです。原告である元職員と被告である本庁に対して、裁判所は当初、和解勧告を出していましたが、本庁側がその提案を蹴って徹底抗戦の姿勢に変更したようです。今回、本庁は完全敗訴したものの、結局は控訴するのではないか。

 なぜなら控訴することによって控訴審に行き、そこでまた負けても上告審の可能性がある訳です。本庁が上告審まで争うとなれば、それこそ数年、下手をしたら十年近くの歳月が流れる場合もある。すると、本庁側の現幹部が「名実ともに完全敗北した」事実を次の幹部の代に先送りすることができるわけで、いわば敗北の希釈化・遅延戦術を狙った格好でしょう。「国体の破壊」というフレーズは、いわば”格好を付けている”様なものではないでしょうか。

 なるほど、敗訴=国体の破壊とまで述べた本庁の抗戦姿勢は、特段珍しい抗戦姿勢では無いようである。本庁側が控訴するかどうかは定かではないが、今後の被告側(本庁)の動きには注目すべき点がありそうである。

・「日本会議」の政治的影響力は思う程、強力ではない~ネット全盛時代に封書・FAXの古典姿勢~

 では一方で、今回の本庁側の完全敗訴は日本会議の影響力にどのような変化をもたらすのであろうか。結論から言って、そもそも日本会議自体には、保守業界に対し、巷間言われているような強大な影響力というモノ自体が最初から存在していない―、と筆者は思料するのである。

 冒頭で述べた菅野氏の『日本会議の研究』によって日本会議が第二次安倍内閣や自民党の保守系議員の黒幕になっている―、という説は実しやかに唱えられてきたのは事実である。しかし、筆者は永年保守業界にその居を構え、いまや保守業界と合体した所謂ネット右翼の動静をつぶさに観察してきたが、日本会議の影響力はまったく大きくない、というのが正直な実感である。よって『日本会議の研究』で描かれた日本会議像は、よく調べられているとはいえ、かなり日本会議の存在を極大化して捉えているきらいがある、と思うのである。

 2009年に政権党が自民党(麻生内閣)から民主党(鳩山内閣)に交代し、菅直人内閣、野田佳彦内閣を経て2012年末に第二次安倍内閣率いる自公連立政権が再び政権党に返り咲く約4年弱、保守業界(論壇)はネット右翼勢力と一体となり、共通の敵―、つまり「アンチ民主党政権」のスローガンのもとで、あらゆる中小の団体や言論人やネット右翼勢力が横断的に連携して共同戦線を張った。巨視的にみればこの時こそ、保守業界や右派、ネット右翼にとって正しく「黄金時代」が訪れたのである。

 この間、自民党はネット戦略に力を入れ、J-NSC(自民党ネットサポーターズクラブ)が本格的に始動し、野党となった自民党を支えた機軸のひとつは間違いなくネット空間であった。この動きをけん引したのが、独自の政治団体をも保有するCS放送局『日本文化チャンネル桜』や、保守論壇誌である月刊『正論』(産経新聞社)、『WiLL』(WAC,その後、月刊”HANADA=飛鳥新社”に分裂)、『Voice』(PHP)などの保守系論壇媒体である。

 特に日本文化チャンネル桜は2010年代中盤に『DHCチャンネル(株式会社DHCが運営するCS放送局)』にその権勢を譲るまで、この時期にあって保守論壇やネット右翼にインターネット動画という「新媒体」を通じて圧倒的な影響力を持った。

 この時、日本会議の位置づけはどうであったのかというと、多くの保守論壇関係者やネット右翼は神社本庁を主軸メンバーとする日本会議を「近代化の遅れた旧い組織」と見做していた。時代は光ファイバーが各家庭に普及し、高速インターネットの爆発的普及によりテキストから「動画の時代」へと完全に移り変わっていった。数々の刑事事件を起こすことになる『在日特権を許さない市民の会(略称:在特会)』がネット動画や配信といった”新技術”を駆使して、加速度的に会員数を増やしていったのもこの時期である。

 一方日本会議はというと、神社本庁を筆頭とする中小の所謂「宗教右派」の集合体であるとみなされ、草の根的全国組織を有するものの、その会員間の通信手段は21世紀が10年を過ぎた当時でも相変わらず、機関誌や封書、或いはFAXといった旧態依然としたツールしか持ちえず、保守界隈の多くやネット右翼からは「時代(インターネットという新ツール)に対応できない近代化の遅れた旧い組織」としてあまり見向きもされなかったのが、率直な観察であった。

 当時、こういった保守業界の中枢に近いところに居た筆者は、「インターネットすら活用できない日本会議なぞ、所詮は高齢者の互助会であり、同業ではあるものの、ライバルになることなどあり得ない」とやや嘲笑気味に評価する保守業界の重鎮の言葉を恒常的に耳にしていた。

 ただし、例えば前述『日本文化チャンネル桜』の中に、日本会議の影響がゼロだったのかと言えばそうではない。

 冒頭に記した菅野氏の『日本会議の研究』に詳述されているが、宗教法人『生長の家』の事実上の始祖である谷口雅春(たにぐち まさはる)氏を熱心に信奉する一派(これを、”旧生長の家系統”とか、”谷口派”などと呼ぶ)が、同局のコーナー番組に出演していたりと、わずかながらに影響力を行使していた。

 しかし2010年の段階で以て、かれらの量数は全国を俯瞰しても数千人という規模で、その中でもとりわけ目立った存在でも小都市の地方自治体議員(*地方議員が国会議員より下位である、と言っている訳ではない)クラスが関の山で、保守業界やネット右翼に多大な影響力を持っていたとは判決できない。

・「日本会議」の影響力は10万~15万の小所帯~思うほどその影響力は小さい~

筆者制作
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 2013年に筆者が独自に調査したところ、保守業界と融合したネット右翼人口は日本全国で200万人を有するという結論に達した。この数字は、2020年の「愛知県知事リコール問題」の分析に際してのヤフーニュース個人の拙稿『リコール不正署名問題―立証された「ネット右翼2%説」』でも数次にわたって裏打ちされた数字であるが、日本会議の勢力のそれは一体どのくらいあるのか。

 大前提的に、日本会議の構成メンバーは「約4万人程度」とされ、しかもこの「ネット右翼200万人」と部分的に重複する場合はあるが、完全に内包されている訳ではない。繰り返し述べているように、日本会議は神社本庁を筆頭とする「宗教右派」の集積体の性格を持つが、そのほとんどが著しく高齢化しており、比較的若い(と言っても、40代から60代)が主軸のネット右翼よりさらに年齢層的には上を行くと思われるので、200万人のネット右翼と日本会議の勢力は、完全に一致している訳ではない。

 例えば、日本会議は2013年参議院全国比例で有村治子候補(自民)を推薦候補とし、2016年参議院全国比例では山谷えり子候補(自民)を推薦候補とした。この両者の得票をみてみる。

 まず日本会議が推薦候補とした有村候補の2013年参院全国比例の諸候補の得票は次の通り。

筆者制作
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 全国比例の得票に於いて、有村候補(自民)は約191,000票を獲得して当選しているが、保守業界やネット右翼業界では著名な赤池候補(自民)、佐藤候補(自民)、中山候補(維新)はそれを遥かに上回る得票を得て当選している。端的に言えば、会員数約4万人に過ぎない日本会議の全ての会員が知人や友人を「勧誘」して投票行為を喚起しても、日本会議推薦候補と保守系日本会議非推薦候補の彼我格差は、191,000対841,000で、その対比は1:4.4程度となる。

 次に、2016年参院選挙全国比例の状況を見てみる。

筆者制作
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 この年の参議院選挙で日本会議は山谷えり子候補に推薦を出したが、山谷候補は約250,000票を獲得して当選するも、やはり保守業界やネット右翼業界では著名な青山候補(自民)、片山候補(自民)、宇都候補(自民)、山田候補(自民)に対比させれば、日本会議推薦候補と保守系日本会議非推薦候補の彼我格差は、250,000対1,163,000で、その対比は2013年と同じように1:4.7程度となる。

 要するに、日本会議は会員数4万人の小所帯ながら、頑張ってはいるものの非日本会議推薦候補に1/5程度劣後するのである。

 当然、2013年の有村、2016年の山谷候補の得票は100%日本会議会員が投票したものでは無いので、このデータに含んでいない当時の「次世代の党=日本のこころ」を加味すると、この彼我格差は実質的にはさらに拡大しよう。そうすると、日本会議の「チカラ」というのは、おおよそ好意的に評価しても約10万~15万とみてよい。そもそも「4万人」しか居ない日本会議の国政選挙における影響力とは、この程度のものなのである。

 よって筆者は、そもそも日本会議のチカラというのは、小なりと言え存在するが、保守界隈やネット右翼にそこまで強烈に訴求する量的勢力を確保していない、と判断する。

 ではなぜ、第二次安倍政権や菅政権の閣僚の多くが日本会議の関連団体である「神政連」に参画しているかというと、衆院小選挙区・衆院比例ブロックや参院比例で、1000票、2000票の僅差で当落の明暗が分かれる状況も珍しくない中、1000票単位での政治力を持つ日本会議の「神政連」に参加しているのは小なりともメリットしかないからである。

 それを言えば、「日韓議員連盟」には与野党問わず膨大な国会議員が参画しているが、そのメンバーに於いて必ずしも韓国に対し融和的な思想を持ちえない議員までも含まれているのが証左である。

 日韓議員連盟には安倍前首相や麻生太郎氏も所属している事実がある。小選挙区や比例代表にあっては、たとえそれが1,000票足らずの加算であっても、とりあえず所属しておく価値を見出すのが当然である。日本会議の関連団体である「神政連」に自民党の保守系政治家がこぞって参画しているのは、彼らが「日本会議に操られている」のではなく、純然に1,000票単位の票が欲しいからであり、日本会議の影響力を斟酌した結果ではない。そもそも、日本会議には政治に影響を与えるだけの強大な力などはなから存在していないのだ。

・苦悩する全国各地の神社経営者たち

地方神社のイメージ(フォトAC)
地方神社のイメージ(フォトAC)

 前出の小川氏は、今次神社本庁における全面敗訴判決と日本会議の影響の衰微如何について、次のように語った。

小川)今次の一審における神社本庁の全面敗訴について、日本会議全体にダメージ、衰微があるのかないのかと問われれば、正直なところ元来あまり関係が無いというところです。そもそも日本会議の枢機たる神社本庁が一審で敗訴したからと言って、神社本庁に所属する日本各地の神社の神主さんが、「日本の国体が損壊された」といって立ち上がって行動するという事はまずありえないでしょう。

 現在、日本各地にある本庁に所属する神社は、そんな世俗の民事裁判の行方など正直言ってどうでもよく、自身の神社の経営で精いっぱいで、本庁の動向にかまっている余裕はないのです。お祭りをどうするか。檀家へのケア・サービスをどうするか。

 各地の神主はいま、自分の神社の経営維持に精いっぱいで、政治的な動向に関与する暇はない。特に昨年(2020年)から発生したコロナ禍で、神社への参拝客が減って、それに伴い当然のことお賽銭も激減する中、もっぱら自己防衛に終始しており、本庁が民事裁判で負けただの、或いは勝っただのという事案に関しては正直無関心で、構っている余裕すらないのでははないでしょうか。

 小川氏の言う通り、日本会議の構成メンバーの筆頭に挙げられる神社本庁の政治力とは、辛辣に言えば所詮この程度にしか過ぎない。『日本会議の研究』により、日本会議や神社本庁が「政権を牛耳る秘密結社」のように吹聴されたが、はてさてその実態とは、経済不況で苦心する等身大の神主の声に他ならないのであった。

 よって日本会議は今次の判決如何に関わらず、緩やかに衰微していく時代の趨勢に飲み込まれていくのであろう。神社本庁を筆頭とする日本会議は、時の政権に関係なく、時代の必然的流れの中で、緩やかに枯死していく旧世界の互助団体なのかもしれない。(了)

作家/評論家/一般社団法人 令和政治社会問題研究所所長

1982年北海道札幌市生まれ。作家/文筆家/評論家/一般社団法人 令和政治社会問題研究所所長。一般社団法人 日本ペンクラブ正会員。立命館大学文学部史学科卒。テレビ・ラジオ出演など多数。主な著書に『シニア右翼―日本の中高年はなぜ右傾化するのか』(中央公論新社)、『愛国商売』(小学館)、『日本型リア充の研究』(自由国民社)、『女政治家の通信簿』(小学館)、『日本を蝕む極論の正体』(新潮社)、『意識高い系の研究』(文藝春秋)、『左翼も右翼もウソばかり』(新潮社)、『ネット右翼の終わり』(晶文社)、『欲望のすすめ』(ベスト新書)、『若者は本当に右傾化しているのか』(アスペクト)等多数。

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