リコール不正署名問題―立証された「ネット右翼2%説」
・立証されたネット右翼2%説
昨年(2020年)8月下旬から11月にかけて行われた愛知県知事リコール署名活動について、現時点で様々な不正の疑いが噴出しており、刑事事件として捜査されていることは既報のとおりである。
愛知県知事リコール署名活動は、「高須クリニック」の高須克弥氏を筆頭とし、河村たかし名古屋市長の他、保守界隈やネット右翼界隈から多大な応援を受けたもので、「あいちトリエンナーレ2019 表現の不自由展」における昭和天皇の写真の焼却について「日本と日本国民の心を傷つけた」などという主張を苗床としたのがリコール署名の眼目である。
私は昨年の署名運動が沸き起こった時、その主張が保守界隈やネット右翼界隈の主張の外側に浸潤しえない極端にイデオロギー的なものであると捉えたので、署名によって集まる署名数は、愛知県の有権者(約613万人)の2%程度である10万筆~12万筆程度であると予想していた。
この2%という推計は、私が永年、保守界隈やネット右翼界隈を取材・研究した結果、彼らの総数が日本全国に於いて有権者(全国の有権者は約1億人)の2%である、との試算をそのまま愛知県に援用したものである。
ところが、2020年11月の署名終了の際、集まった筆数は約43万5000筆であった。これは愛知県の前述有権者に対して約7%強であり、私の事前の予想よりも3.5倍以上多い結果である。リコール成立(住民投票発起)には約86万筆が必要であったが、この半分にしか到達しえずリコールが失敗したとはいえ、43万5000筆という数字は私にとって極めて衝撃的であり、私は昨年の11月の段階で今次署名運動について用意していた原稿を全て撤回せざるを得なくなったのである。
当然この時、集まった署名に不正があるとは夢にも思わなかったからであるが、2021年に入って約83.2%に不正があったことが明らかになり、すわ刑事事件化した。つまりは真正の署名筆は435,000-362,000=73,000筆あまりで、これは愛知県の有権者に対して約1.2%に過ぎない。
よって私が昨年の今次リコールで事前に予想した10万筆~12万筆(2%説)はやはり正しかったと言えよう。
・「ネット右翼2%説」の概要
私が従前から唱えていたネット右翼2%説は、従前の独自の取材や研究成果を踏まえ、基本的には2014年の衆議院議員選挙と2016年の参議院議員選挙から類推したものである。
2014年の衆議院議員選挙では、やはり保守界隈やネット右翼界隈から圧倒的・翼賛的な支持を得て登場した「次世代の党」が衆議院比例代表(地域ブロック)での得票を全て合計すると日本全国で141万5000票を得た。が、同党は小選挙区で2議席を得たにすぎず比例での得票はゼロで、党勢は激減しやがて解党に至った。この時、有権者人口は約1億人であり、これに対し「次世代の党」は約1.4%を獲得する。むろん、如何に彼らの政治的熱情が旺盛でも、全員が投票所に向かうわけではないので、投票率を考えて私はネット右翼を全国で200万人程度とし、その割合を2%としたのである。
続いて2016年参議院選挙では、保守界隈やネット右翼界隈から圧倒的・翼賛的な支持を得た政党と候補者を合算した。前述した2014年の総選挙で壊滅した「次世代の党」はこの時点で「日本のこころを大切にする党」に改称していたが、政党名票で約55.5万票。続いて、候補者名での得票で、青山繁晴氏約48.2万票、片山さつき氏約39.3万票、山谷えり子氏約25万票、山田宏氏約15万票、宇都隆史氏約13.8万票(ここまで自民党、すべて当選)。そのほかに、三宅博氏約2.3万票(維新、落選)。中山成彬氏約7.8万票、西村真悟氏約4.2万票、ボギーてどこん氏約3.5万票(すべて”日本のこころ”、全員落選)。
基本的な事実を確認しておくと、参議院比例代表は政党名か候補者名のいずれかで投票することができる。よって政党名と候補者名の重複はない。以上、当落を含んだ彼らの全てを足していくと、その得票総数は約214.5万票となり、有権者人口の約2.1%となる。
このような数字を元に、私の永年の取材や研究実績を加え、私は「ネット右翼2%説」を強固に唱えることとなった。今次、「愛知県知事リコール署名活動」は国政選挙ではないが、その主張の殆どが保守界隈やネット右翼界隈の外側に浸潤しえないものと考えると、2%を援用できる。結果としてはリコール署名の真正のものは1.2%であった。これは前述した2014年の「次世代の党」の全有権者における得票率約1.4%に近似するものだ。
・極端な思想やイデオロギーは有権者からの支持を受けない
私は拙著『日本を蝕む極論の正体』(新潮社)でも詳述した通り、「極端な思想やイデオロギーは有権者大衆からの支持を受けず、やがて泡沫として消えていく」と結論する。今次のリコール運動での眼目は、「あいちトリエンナーレ2019 続・表現の不自由展」における昭和天皇の写真の焼却が、「日本と日本国民の心を傷つけた」と主張したものである。
確かに、故人とはいえ憲法で「国民統合の象徴」と定められた昭和天皇の写真を焼却することに不快感を感じる人々は居るだろう。だが「不敬罪」が廃止されて70年以上。昭和天皇の写真を焼却する展示物の存在を以て「日本と日本国民の心を傷つけた」と主張するのは、保守界隈やネット右翼界隈でしか通じないジャーゴン(組織内言語)に過ぎず、極端な飛躍である。ましてそれが愛知県知事のリコール請求につながる、というのは一般的な国民の政治的皮膚感覚からは遊離したものと言わなければならない。
今次リコール署名不正事件にあって、現時点でその首魁を断定することは出来ない。が、少なくともこのような極端なイデオロギーに基づいた主張が、2%に満たない有権者にしか浸潤していなかった、ということは事実である。もし、今次のリコールにおける不正が判明しなければ、愛知県で43万5000人、すなわち有権者の7%強という、見過ごせない数の人々が賛同していた、という間違った事実が流布されていたであろう。
ネット右翼2%説が立証された今、私たちは彼らの言説を過大に評価してはならず、また過大に取り上げる風潮が存在するとしたら、厳に警戒しなければならない。(了)