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石破新総裁・総理の展望―自民党の良心・真の保守政治の復活なるか

古谷経衡作家/評論家/一般社団法人 令和政治社会問題研究所所長
総裁選で勝利した石破茂氏(写真:つのだよしお/アフロ)

 本日9月27日、自民党総裁選が決した。既報の通り石破茂氏が新総裁に選出され、事実上、新総理へ就任する。

 私はこれまで石破氏と多くの媒体で対談や共演経験がある。例えば自著『女政治家の通信簿』(小学館、2018年)での巻末対談、共著『自民党という絶望』(宝島社、2023年)での収録をはじめ、テレビ番組やラジオ番組での共演多々である。

 文化放送では、政治の話を一切抜きにして『宇宙戦艦ヤマト』を語る1時間番組でご一緒した。酒席で乾杯したこともある。このような個人的な付き合いがあるから、なかなか石破氏への客観的な評価というのは難しいかもしれないが、それでもあえて言えば、石破氏の歴史的知識や社会問題へのセンスを鑑みるに、第一級の教養人であるという印象を強く持つに至った。

 総理総裁の資質とは、単に国会議員や一部の党員党友から支持があればよい、というだけにとどまらない。自民党総裁を超えて日本国のかじ取りを担うわけだから、俯瞰的で縦深の有る世界観が必要である。その意味では、今次の総裁選において、石破氏ほどその資質のある政治家はいないだろう。

文化放送での筆者と石破氏
文化放送での筆者と石破氏

・地方に支持されたのが石破氏勝利の決定打

 今次総裁選での特徴は、とりわけ党員党友票の出力分布である。大都市部(東京圏、中京圏、関西圏など)では高市氏の強さが目立った。ところがそれ以外の地方では、石破氏が相当に支持を獲得している。これが石破氏勝利の決定打であり、石破氏への自民党党員の期待の表れであろう。

 人口減などで疲弊する地方の再生という政策を、石破氏は長年唱えてきた。石破氏自身が鳥取県の選出ということもあり、地方からの人気が厚い。決選投票では高市氏―石破氏となったが、結果、決選で石破氏が大幅に議員票を積み増ししたのは、ひとえに地方において当落の際に立たされている小選挙区選出議員らが、大きく石破氏に流れたためであろう。

 自民党はかつて、伝統的な農村政党であった。一票の格差を背景に、相対的に議席数の多い地方・農村票に依拠して政権を維持してきた。その代わり、自民党政権は生産性が必ずしも高くない農村部の地場企業や一次産業などの組織票に補助金や優遇政策を行う。

 だが、その構造も限界を迎え、地方から都市部への人口流出と、一票の格差是正の機運による大都市部での区割り見直しと議席数増により、自民党は21世紀に入ってから農村政党から都市政党に脱皮することになった。

 その結果が、小泉純一郎政権や第二次安倍政権の長期政権である。農村から都市部への基盤移行。従来、自民党が古典的に実行してきた都市から農村への再分配よりも、都市部の中産階級の「納税不公平感」に着目した新自由主義的政策、合理や効率を重視する政策が、ここ20年近く自民党の骨格となった。

 いいかえればこれは、地方の伝統的富裕層や、都市部の中産階級に支持を持つ清和会的世界観である。その意味では、今次総裁選における高市氏の党員・党友票の都市部での偏重は、重ねて言うように小泉、安倍的な得票分布をトレースしている。

 ところが、このような都市部偏重の「変質した」自民党のままでは、政権維持は厳しい。その証左として今年(2024年4月)行われた衆院補欠選挙で、自民党王国とされた島根1区を失陥したことは衝撃であった。つまり地方の活性化こそが日本再生の一里塚であり、加えて自民党の「変質」の修正(巻き戻し)こそが自民党政権維持のためには必要である。

 このようなことが色濃く明らかになってきたのが、とりわけここ5年近くの日本の状況である。東京に集中する人口は様々なゆがみを生み、農村部の切り捨ては、まわりまわって日本の国力を低下させ、都市部の国民生活にも悪影響を与える。コロナ禍を経て、大都市近郊や地方部への移住、二拠点生活などもクローズアップされて久しい。食糧安全保障や防災の観点からも、地方における一次産業などへの手厚い保護は、生産性の多寡とは関係なく重要である―、というのが、共通認識になりつつある。

 はっきりいってこのような、「大都市部の高い生産性を誇る産業よりも、成長から取り残された地方や農村をより重視することが、結局として国力を向上させる」という考え方こそが、20世紀まで自民党が厳然と持ち続けてきた「良心」である。今次総裁選で、石破氏を支持した党員・党友が地方に偏重していた事実は、重ねてこの「良心」が死滅していないことを証明したものだ。

・石破氏の対米自立の姿勢こそが「保守本流」

 加えて、外交安全保障の論議でも、戦後の自民党の中では、ある時期までには確実に「面従腹背」の姿勢で以て日米同盟を維持するという思惑があった。戦争を経験した世代が自民党の枢機を占めていた20世紀において、多くの自民党出身の宰相は、「アメリカとの同盟関係は重視はするが、いつかはアメリカと対等な日本を」という構想があった。

 それは敗戦国日本の屈辱という原体験がそうさせたのであり、この時代に靖国神社に参拝した宰相には、濃淡はあれどこのような世界観を有していたであろう。だが、21世紀以降の自民党、とりわけ清和会出身の歴代宰相は、基本的に戦争を経験しておらず、戦後生まれの場合もあり、アメリカとの外交について「従属の屈辱」という観念は脱落し、「強いものに付き従っていればよい」という「勝ち馬理論」にしがみついていく。

 この点、石破茂氏は従前から「対等な日米同盟関係」を提唱しており、総裁選中も「アメリカ本土に自衛隊の基地を置くべき」などと発言しているほか、自著の中でもアメリカ偏重の安保体制だけではなく、自主的な防衛の努力の重要性を謳ってきた。

 アメリカからの自立(対米自立)、安保分野におけるアメリカ依存の脱却、という題目は、本来、戦後日本の「保守本流」が唱えてきたものであり、言い換えれば真の保守の潮流である。しかし石破氏が、第二次安倍政権下で安倍元総理と距離があったというだけの理由で、一部の岩盤保守などから石破氏は「反日」「パヨク」などという不当な評価を投げかけられていた。

 客観的に政治史を振り返れば、石破氏の政策こそが「保守本流」「真の保守」なのであって、これを人間関係のみを以て「反日」「左翼」などとするほうが、よほど「反動」といえる。これほどまでに「保守」という言葉がゆがめられ、真に国を憂う姿勢が「反日」とののしられて久しいのは異様の感があるが、少しでも政治や歴史をかじったものであれば、どちらが「本物の保守政治家」であるかは、容易に判別できるだろう。

・石破新政権で野党は厳しい戦いを強いられる

 来る石破新政権は衆議院解散総選挙と、来年夏の参議院選挙が控えており、その政権運営は前途多難の感がある。だが一国の宰相に求められる深い教養と、「真の保守」を体現する石破茂氏には、大きな期待感を抱く。

 また部分的には「愛国」「保守」を謳っておきながら、無思慮な対米追従や先の大戦に代表される歴史への反省が少ないようにみえた高市氏を、結果として多くの自民党議員や党員・党友が「選ばなかった」という事実において、自民党は最後の「良心」を捨てきれていなかったと感じた。

 さて今後、窮するのは野党である。来る石破新政権では地方重視の再分配、新自由主義の是正、自主的な外交安保を強く打ち出すであろうが、対して、野党の多くはその政策について差別化に苦しむであろう。よってまだ、高市氏が総理総裁であった方が、差別化という意味では野党は戦いやすかったであろう。

 平和と福祉を掲げる公明党は石破新政権とイデオロギー的に相性が良く、まず来る衆院選では、立憲民主党の野田代表体制は、予想外の苦戦を強いられることは間違いないであろう。

 一方、今次総裁選で敗れた高市氏を熱烈に応援してきた岩盤保守層は、石破新政権への呪詛の大合唱を始めるに違いない。いやすでに始まっているが、そのような声に挫かれることのない強力な政権運営が求められよう。(了)

●参考記事(すべてYAHOOニュース)
石破茂氏はなぜ「保守」に嫌われるのか?~自民党きっての国防通が保守界隈から批判される理由~
石破茂×古谷経衡 ロング対談「“日本国のために自民党は何をすべきか”を語れ」(前)
石破茂×古谷経衡 ロング対談「もし”石破総理”なら、日本の国防はどう変わる?」(後)

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作家/評論家/一般社団法人 令和政治社会問題研究所所長

1982年北海道札幌市生まれ。作家/文筆家/評論家/一般社団法人 令和政治社会問題研究所所長。一般社団法人 日本ペンクラブ正会員。立命館大学文学部史学科卒。テレビ・ラジオ出演など多数。主な著書に『シニア右翼―日本の中高年はなぜ右傾化するのか』(中央公論新社)、『愛国商売』(小学館)、『日本型リア充の研究』(自由国民社)、『女政治家の通信簿』(小学館)、『日本を蝕む極論の正体』(新潮社)、『意識高い系の研究』(文藝春秋)、『左翼も右翼もウソばかり』(新潮社)、『ネット右翼の終わり』(晶文社)、『欲望のすすめ』(ベスト新書)、『若者は本当に右傾化しているのか』(アスペクト)等多数。

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