ガザでの戦闘:邦人保護はタダじゃない
2023年12月1日、2日、日本の岸田首相はドバイにてエジプトのシーシー大統領、ヨルダンのアブドッラー国王と各々会談した。会談では、ガザ地区の情勢や同地区への人道支援などが議題となったが、その際岸田首相はエジプトに対して最大2.3億ドル、ヨルダンに約1億ドルの財政支援を行うと表明した。この方針は、本邦の一部ではひどく評判が悪いようだが、エジプト、ヨルダンに対する財政支援は本邦国内の状況を顧みないばらまき、無駄な支出なのだろうか。
正直な話、筆者は世界中のどこの国がやろうとも、国際機関や本邦当局がエジプトやヨルダンの行財政改革の状況を監視しながらであろうが、上記両国に対する経済・軍事・財政援助にはいい気分がしない。なぜなら、両国を国際的に一生懸命支えることは、両国の権威主義体制を支持しそこにある不正や抑圧を「見なかったこと」にすることに過ぎないからだ。また、中東情勢に鑑みると、エジプトとヨルダンは昨今のパレスチナとその周辺での戦闘でみられるように「平和と安定」を維持するための交渉や仲介ができると信じられており、両国ともそうした評価(や幻想)を最大限活用して自らの役割を売り込み、諸外国から最大限利益を引き出すことに努めている国だからだ。別の見方をすれば、エジプトとヨルダンが演じている役割は、エジプトはガザ地区、ヨルダンはヨルダン川西岸地区と境界を接する唯一の国として、両地区へのヒト・モノ・カネの出入りを管理し、両地区での反イスラエル武装抵抗運動の帰趨どころか両地区に住むパレスチナ人民やそのほかの諸国民の生死をも左右する類のものだ。実際、10月以降数次にわたって実施されたイスラエル在留邦人の退避はヨルダンを経由して空路で行われたし、11月2日のガザ地区から退避した法人とその家族は当然ながら退避後エジプトに入国した。
ここで、エジプトやヨルダンの当局や官憲が全て腐敗した嫌な連中だったなら(注:筆者はそうではないと信じている)、或いはこの両国と本邦とが敵対関係だったなら、最悪の場合邦人退避は現在も達成できていなかったということも考えられる。或いは、退避の際に本邦のための航空機の運航や本邦の旅券所持者の通過が「後回し」にされることもおこりかねない。なぜなら、世界中どの国にとっても、外国人が自国の領域に出入りしたり、通過したりすることは各々の国の裁量に委ねられているからで、敵対している国、友好的でない国、何の依頼も働きかけもしない(できない)国の国民が非常時の退避や保護で「有利な待遇を受けられっこない」のはちょっと考えれば明らかなことだ。空港をはじめとする領域内の施設の使用料だけ払っていればいいという態度の国の国民が「大切に扱われない」のもやはり明らかだ。公開情報の場だけでも、本邦からはエジプト(10月12日、17日、21日、11月14日)、ヨルダン(10月9日、18日、11月4日、14日)への首相・外相級の働きかけがなされている。これらの接触では、ガザ地区での「戦闘の一時休止」や人道支援の他、邦人保護への協力要請が繰り返された。
要するに、エジプトやヨルダンに限らず、本邦が世界各国との友好関係を維持・拡大に努めるのは、少なくとも関係国での印象悪化を避けようと努めるのは、我々が日ごろ円滑に海外で活動したり、非常の際に迅速に保護を受けたりできるようにするためでもある。このような活動は、海外での邦人保護やその準備に際し、軍事や諜報の分野で殆ど準備や法的裏付けがない本邦にとって、唯一選択可能な方策ですらある。お金で解決できるのなら、それを惜しむべきでないとすら言ってよい。従って、今般のエジプトやヨルダンに対する財政支援もそうした活動の一環であり、もしそこに問題があると批判や非難をしたいのなら、それはエジプトやヨルダンに「ばらまく」お金があるなら国内の諸政策に回せ、ではなく、別の論理や論点(例えばエジプトやヨルダンを支援することの有効性や両国の行財政や人権状況の透明性や効率性)の観点からするべきだ。特に非常時に役立つ外交関係を維持するための方策として、経済・財政的支援くらいしか有力な方策を持たない本邦にとっては、ここで必要な支出を惜しめば将来国内の経済状況や生活水準をも低下させる悪影響が出ることだろう。幸いなことに、本邦の旅券の信頼度は世界最高水準だが、これは何かの偶然によって実現したものではない。在外邦人の保護は、諜報活動や工作活動(例えば誘拐事件が発生した時の交渉や解放のための活動)よりも優先の事業であり、現在それが多くの制約の中で多大な労力を投じて営まれていることにも目を向けたい。