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イドリブ県で戦い続けるシリアのアル=カーイダはどこに脱出できるか?

青山弘之東京外国語大学 教授
ダマスカス旧市街(2018年9月撮影)

 1960年代末にムスタファー・トゥラース元国防大臣(当時は中部地区司令官)の顧問を務め、その後1990年代のイスラエル・シリアの和平協議にも同席したというシリア軍元将官と今月上旬、何度か懇談する機会を得た。そのとき、この元将官は「イスラエル軍と半世紀以上にわたり対峙してきたシリア軍の「伝統的」な戦略に従うのなら、シリア軍がイドリブ県でトルコを刺激するような総攻撃を行うことはない。私が軍の顧問だったらそう進言するだろう」と語った。

 この元将官の話がどの程度的を射ているのかは、今のところ判断しかねる。だが、ロシア・トルコ両首脳が17日にソチでイドリブ県の県境に非武装地帯を設置することに合意して以降、シリア国内の筆者の知人たち、とりわけラタキア県やタルトゥース県の知人たちは、イドリブ県への攻撃はないだろうという楽観的な見方をこれまで以上に示すようになっている。

イドリブ県総攻撃は回避できるか?

 イドリブ県へのシリア軍の総攻撃が回避されるか否かは、トルコがシリアのアル=カーイダであるシャーム解放機構(旧ヌスラ戦線)を解体できるかどうかにかかっている。なぜなら、この組織の存在こそが、シリア政府、ロシア、そしてイランに「テロとの戦い」を続行させる最大の根拠となっているからだ。シャーム解放機構が消滅しても、新興のアル=カーイダ組織であるフッラース・ディーンやアンサール・タウヒード、中国新疆ウィグル地方出身者からなるトルキスタン・イスラーム党、チェチェン人からなるコーカサスの兵(アジュナード・カウカーズ)などは残っている。だが、これらの集団の掃討は局地戦に留まるというのが、現地の見立てだ。

 シャーム解放機構の解体はどのように行われようとしているのか? 1万人以上の戦闘員を擁するイドリブ県最大の反体制派でもある同組織内では、現状への対応めぐって意見が割れているという。トルコはこうしたなかで彼らとの折衝を繰り返し、彼らを国民解放戦線と呼ばれる組織に合流させようとしている。

 国民解放戦線は、トルコの肝煎りで6月に結成された武装連合体(拙稿「シリア反体制派の最後の牙城への総攻撃はひとまず回避された」Newsweek日本版を参照)で、シリア政府への徹底抗戦と「シリア革命」の継続を訴えてはいる。だが、彼らはロシア・シリア軍とはほとんど交戦しない。シャーム解放機構の戦闘員が、トルコ(そしてロシア)に従順な組織に鞍替えすれば、彼らはもはや「テロ組織」ではない、というのがトルコとロシアの考えだ。

トルコとロシアに従順にならないアル=カーイダの行方は?

 国民解放戦線への参加を拒み、シリア軍と戦い続けるシャーム解放機構の幹部や戦闘員の処遇はどうなるのか? 昨年9月に筆者がベイルートで面談したレバノンのナジーブ・ミーカーティー元首相の顧問(レバノン軍士官)は「抹殺は既定路線で、合意済みだ」と述べていた。

 ジュネーブ会議(和平協議)やアスタナ会議(停戦協議)の根拠となっている国連安保理決議第2254号(2015年12月)は、イスラーム国、ヌスラ戦線、そしてアル=カーイダにつながりのある組織の殲滅を認めている。だが、トルコとロシアは現在、戦闘を継続するシャーム解放機構の幹部や過激な戦闘員を、これまでの紛争でも行われてきたように、別の(シリア以外の)紛争地に移送しようとしているという。

 このような「テロ拡散」については、例えば、エジプトのサーミフ・シュクリー外務大臣が疑義を呈している。だが「テロ組織」移転の動きは、水面下で粛々と進んでいるようだ。

 パン・アラブ日刊紙『シャルク・アウサト(シャルクルアウサト)』(9月22日付)は、パキスタンの消息筋の話として、アブー・バクル・バグダーディー指導者がシリア、ないしはイラク某所の潜伏先からアフガニスタン東部のナンガルハール州に脱出することに成功したと伝えた。

 真偽は定かではないが、イスラーム国がシリアとイラクにおける主要な支配地域を失った2017年末以降、その戦闘員がアフガニスタンやパキスタンへの脱出を図っているとの情報がしばしば流れている。だが『シャルク・アウサト』の報道で注目すべきは、バグダーディー指導者を含むイスラーム国のメンバーが、ロシア、トルコとともにアスタナ会議の保証国となっているイランを経由して、脱出を続けているとの指摘だ。

 その一方で、イスラーム国のメンバーがシリアからイランを経由して脱出するには、西クルディスタン移行期民政局(ロジャヴァ)人民防衛隊(YPG)主体のシリア民主軍が支配するシリア東部かトルコを通過する必要がある。そのシリア東部では、シリア民主軍が9月11日、「テロ駆逐の戦い」と銘打ってイスラーム国の最後の拠点地域であるブーカマール市に面するユーフラテス川東岸への総攻撃を開始している。

 こうしたなか、シリア国営通信 SANA(9月22日付)は、米主導の有志連合のヘリコプター複数機が、ダイル・ザウル県南東部のイラク国境付近で空挺作戦を実施し、イスラーム国の幹部をどこかへ連れ去ったと伝えた(ないしは喧伝した)。なお、米国防総省のコーン・フォークナー報道官(中佐)は、24日にこれを否定している。

 イスラーム国の戦闘員の脱出は、イドリブ県の戦況と直接は関係ない。だが、シリアの反体制派は、その時々の戦況に応じて、時には自由シリア軍、時にはイスラーム過激派、時にはアル=カーイダ、そしてホワイト・ヘルメットと名のってきた。「ヌスラ戦線」の名を捨て、アル=カーイダと絶縁したと主張することで勢力を維持してきたシャーム解放機構が、追い詰められるなか、自らが主張する「大義」のためにジハードを続けたいと望むなら、彼らが「転戦」するルートは開かれている、そう考えることもできるだろう。

東京外国語大学 教授

1968年東京生まれ。東京外国語大学教授。東京外国語大学卒。一橋大学大学院にて博士号取得。シリアの友ネットワーク@Japan(シリとも、旧サダーカ・イニシアチブ https://sites.google.com/view/sadaqainitiative70)代表。シリアのダマスカス・フランス・アラブ研究所共同研究員、JETROアジア経済研究所研究員を経て現職。専門は現代東アラブ地域の政治、思想、歴史。著書に『混迷するシリア』、『シリア情勢』、『膠着するシリア』、『ロシアとシリア』など。ウェブサイト「シリア・アラブの春顛末記」(http://syriaarabspring.info/)を運営。

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