災害時のLGBTQの困難とは
石川県能登地方を震源とする地震から1週間が経過したが、被害の全容が見えない。現在も安否不明者の捜索が続き、孤立した地域も残っているという。
東日本大震災以降、災害における性的マイノリティの困難についても少しずつ報じられることが増えてきた。ただ、特に普段から「見えにくい」性的マイノリティの存在や困難は可視化されづらい。
性的マイノリティの災害時の困りごとや対応策については、岩手レインボー・ネットワークの「にじいろ防災ガイド」などにまとめられているが、改めて直面する課題のポイントを整理したい。
災害時の性的マイノリティの困難
1.そもそも避難所に行けない・孤立する
同性カップルで暮らしていることや、トランスジェンダーやノンバイナリーの当事者で見た目と法律上の性別が異なることから、不審がられたり地域住民からの差別や偏見を恐れて、避難所に行けないという人がいる。
避難所に行かない場合には、水や食料をはじめ支援物資を得られなかったり、必要な支援情報を得られず孤立するなど命の危険に直結する。
▼対応や備え
・防災計画や避難所運営において、性的マイノリティの当事者がいることを想定しておく。
・避難所に行けない場合を想定し、近隣や遠方の頼れる人を予め見つけて連絡しておく。支援情報をどこで得られるか確認しておく。
2.パートナーの安否を確認できない
同性パートナーの死亡を知ることができない。病院から家族として安否情報を得られるか不安がある。
▼対応や備え
・同性パートナー等の関係性についても家族として安否情報を提供する。
・災害用伝言ダイヤル(171)や災害用伝言板サービス、LINEの安否確認機能などを使う。
・パートナーシップ制度の利用や、緊急連絡先カードを作成し関係性を説明できるようにしておく。
3.性ホルモン剤や抗HIV薬の不足
ホルモン療法を受けているトランスジェンダー当事者の場合、被災時に性ホルモン不足によって更年期のような症状が起きる場合がある。
特に女性ホルモン療法中の場合、窮屈な体勢を続けること等で血栓症のリスクが高まる。
HIV陽性者が被災時に抗HIV薬を服薬できない懸念がある。
避難所で医療支援の担当者に必要な薬を伝えられないことがある。
▼対応や備え
・血栓症予防のため、足を動かしたりふくらはぎを揉んだりする。こまめな水分補給を心がける。
・避難所運営者や医療支援者がプライバシーに配慮しながら必要な薬剤を聞き取り、支給できるようにする。
・防災セットに性ホルモン剤(特に塗り薬)など常備薬を入れておく。
・予めHIV治療に関する主治医と災害時の対応を話し合っておく、被災時に主治医と連絡が取れるようにしておく。
4.男女別の物資を得られない
下着や洋服、ひげ剃り、生理用品などの男女別の物資をもらいたくても、必要と言い出せなかったり、不審な目で見られてしまい得られなかったという人がいる。
特に子宮や卵巣があるトランスジェンダーやノンバイナリーの当事者で、生理用品が必要でも見た目の性別から支給を拒否されてしまう可能性がある。トランスジェンダー女性で造腟手術を受けている場合に、出血やおりものの点からナプキン等が必要になる人もいる。
▼対応や備え
・男女別の物資支給を見た目で判断しない、外部から見えないよう渡しかたを工夫する。
・洋服などは不必要に男女に分けて提供せず、サイズで分けるなどの工夫をする。
5.避難所でのプライバシーの懸念
同性パートナーと二人でいることや、見た目の性別から不審な目で見られてしまったり、プライバシーが守られないことで避難所に居づらい、離れざるを得ないという人がいる。
自分の性のあり方をアウティングされてしまったり、性別や名前などの情報を勝手に公表されてしまう懸念がある。
▼対応や備え
・テントや段ボールの間仕切りでプライバシーを確保する。
・本人の性のあり方を勝手に第三者には伝えず、常に本人確認を徹底する。
6.家族として扱われない
避難所が世帯ごとで管理される際、同性カップルが世帯として認められない。同性パートナーとの関係性を説明することで不利益を被らないか精神的な負担がある。
仮設/復興支援住宅に同性パートナーと入居できるか不安がある。
▼対応や備え
・同性カップルも異性間と同等に、家族として取り扱う。ヒアリングする際に同性パートナーも家族欄に記入できるようにする。
・パートナーシップ制度の利用や緊急連絡先カードを作成しておく。
・「世帯」だけでなく、幅広い関係性を想定し本人のニーズを尊重する。
7.性別記入のハードル
特にトランスジェンダーの当事者で、避難所名簿で個人情報を記入する際、見た目と書類上の性別、名前からイメージされる性別が異なることで不審な目で見られたり、本人か疑われてしまい避難所に居づらくなったという人がいる。
▼対応や備え
・何のために性別情報が必要なのかを本人に説明する。
・性別の記入は自由記述かつ任意にする。選択肢の場合は、女性・男性に加えて「その他」「回答しない」を追加する。
・勝手に本人の性別情報を公開しない。本人確認を徹底する。
8.トイレや更衣室、入浴施設を利用できない
特にトランスジェンダーの当事者で、トイレや更衣室、入浴施設を利用したくても、不審な目で見られ利用できなかったという人がいる。トイレに行けないことによる膀胱炎のリスクなどがある。
▼対応や備え
・男女別トイレに加えて、だれでもトイレを用意する。
・更衣室や入浴施設シャワーなどは男女別だけでなく、ひとりで使える時間を設けるなど工夫する。
9.性暴力の懸念
女性はもちろん、トランスジェンダーやノンバイナリーなどの性的マイノリティや男性が性暴力被害を受ける可能性がある。
▼対応や備え
・相談対応の際に女性はもちろん、性的マイノリティの存在も想定する。
・性暴力やDV防止に関するポスターなどを掲示する。
・トイレなどの各施設に防犯ブザーを設置する。
・人目につかない場所に行く際は複数で行動する。
10.相談できない
そもそも自分自身が性的マイノリティであることを明かして相談することが難しい。
▼対応や備え
・相談窓口において、具体的な対象者を広く明記した上で相談対応する。専門の相談窓口を提示できるようにしておく。
・避難所運営においてニーズをすくい上げられるよう、匿名で提出できる目安箱などを設置する。
・自治体の男女共同参画推進センター等と連携し性的マイノリティも含めた地域の相談体制を整える。
性的マイノリティの困難は「わがまま」?
災害時の性的マイノリティが直面する困りごとを取り上げると、「緊急時はみんな大変なんだから、そんなわがままを言うべきではない」といった反応がよく出てくる。
こうした言説にどう対応したら良いか。災害とジェンダー・セクシュアリティについて研究する、一橋大学院社会学研究科の内田賢さんにお話を伺った。
そもそも前述したような性的マイノリティをめぐる困難は、災害時に新たに生じる問題ではなく、平時からの差別や偏見、制度的な不平等の延長線として起こる問題だ。
内田さんは「まず命にかかわる重要な問題だと知られてほしい」と語る。
平時から脆弱な立場に置かれている人は、災害時の被害の影響も受けやすい。例えば阪神淡路大震災や東日本大震災の際、女性の死者数が男性より1000人ほど多いことがわかっている。障害者の死亡率は住民全体の約2倍高かったという。
内田さんによると、阪神淡路大震災において高齢女性の死者数が高かった背景には、貧困による住居の問題などから、地震での家屋倒壊や火事などの被害を受けやすかったことが指摘されているという。
震災時の性的マイノリティの被害については、残念ながら大規模な調査はほとんどされていない。
地震ではないが、2005年にアメリカで発生したハリケーン「カトリーナ」の際、性的マイノリティの被災経験の語りがシスジェンダーのゲイ男性中心となり、より脆弱な立場に置かれているLBT女性(レズビアンやバイセクシュアル、トランスジェンダーの女性)の声が可視化されていなかった点が、のちに問題視されたと内田さんは語る。
社会的マイノリティであることで、貧困や住居環境、孤立などの問題につながり、被災時に大きな影響が出る。
内田さんは「平時の問題が災害時に露呈します。災害がおきたときに急に何か良くなることは、特にマイノリティにとっては考えにくいです」と語る。
「独立」した対応ではない
ただ、同時に「性的マイノリティの困難や対応が、独立した贅沢なもののように思われてしまうかもしれませんが、実際にはジェンダー・セクシュアリティにかかわらずどんな人にも必要な場合が多い」と内田さんは指摘する。
例えば、プライバシーを守るためのテントや間仕切り、男女別トイレやシャワーだけでなくだれでもトイレや個別シャワーなどが望まれるのは、性的マイノリティに限らない。
内田さんは「性的マイノリティだからというより、隣に生きる地域住民のなかに取りこぼされている困難や多様なニーズがある、という前提に立つ必要があると思います」と語る。
東日本大震災の際、避難所における性的マイノリティの困りごとへの対応を求める声に対して、当事者の一部から「やめてほしい」という声もあったと内田さんは指摘する。
特に地方の避難所などの現場で「LGBTQ」という枠組みを強調することで、かえって「当事者がいるんじゃないか」という詮索や憶測が広がってしまうことを恐れる声があったという。
「もちろん前提として、災害とジェンダー・セクシュアリティに関する認識を持っておくことや防災計画などにおける対応は重要です」という内田さん。
しかし、一足飛びに当事者やALLY(理解者・支援者)が名乗りを上げても、「この人に相談することで当事者だとバレてしまうのでは」という不安が起こり得る。
「現場においては『LGBTQフレンドリー』を概念的に打ち出すよりも、具体的に同性カップルが家族として扱われることや、性ホルモン剤なども想定した医療支援など個別ニーズに対応できるかが問われていると思います」。
常に支援を必要とする存在ではない
さらに、内田さんは「性的マイノリティは常に支援を必要とする存在というわけではなく、支援者にも当事者がいるという発想を持つことも重要」だと指摘する。
東日本大震災においても、トランスジェンダーの当事者がボランティアに参加しようとしても断られてしまったという事例や、支援者のコミュニティのなかでアウティングされたなどの被害があったという。
防災の視点や、避難所におけるリーダーが男性に偏ることで、特に女性の困難やニーズが見落とされてきたという点はよく問題提起されている。同様に、性的マイノリティの存在が支援者のなかでも可視化されていないことで、ニーズを取りこぼしてしまう懸念がある。
内田さんによると、2015年に国連防災機関(UNDRR)が行った世界会議における「仙台防災枠組」では、特に女性や若者を中心に「支援を享受するだけでなくて、主体として意思決定に参画する必要性」が強調されているという。
例えば日本では高齢者のケアや地域の実態をより把握しているのは女性が多く、この背景にジェンダー規範の問題がある点に注意する必要があるが、災害時において女性がリーダーになる必要性が指摘されている。
「復興期においても、いくら外部から支援を受けたとしても、実際の担い手は地域の実情を理解している地域住民が中心になります。一方で、現場のリソースは限られているというときに、一部の人だけで進めていくことには限界があり、だからこそ性的マイノリティも含めた多様な人たちが参画していくことが不可欠です」。
すでに、つねに、ともに暮らしている
関東大震災における朝鮮人・中国人虐殺が物語るように、災害時は差別・偏見、デマが拡散されやすい。特にSNS上での社会的マイノリティへの攻撃は強まり、必要な支援のさまたげになる懸念がある。
今回の能登半島地震においても、トランスジェンダー女性とナプキンをめぐる批判の声がSNSで多数見られた。背景には近年のトランスジェンダーバッシングがあることは免れない。冒頭の性的マイノリティの困難で指摘したように、トランス女性のなかでも出血リスクなどから生理用品が必要になる人もいる。
緊急時こそ、デマや憶測、差別や偏見に注意し、冷静な情報発信が望まれる。
共同通信の調査によると、2021年度に災害救助法が適用された130市町村のうち、地域防災計画や避難所運営マニュアルなどに性的マイノリティをめぐる対応を盛り込んでいるのは、たった約14%の18自治体だったという。
平時からいかに性的マイノリティの存在を想定し、共生できているかが緊急時における対応に現れる。そのために防災計画やマニュアルなど「仕組み」として捉え対応することが重要だ。
その上で、内田さんは一人ひとりの認識として、「性的マイノリティは災害のときだけ急に困難に直面するわけではなく、すでにつねに同じ地域に暮らしている」という前提を持ってほしいと語る。
「同じ地域の人が災害による被害を受けていて、ただ自分とは異なる経験をしているのではないか、という視点を持つことが大事です。災害対応や復興において、誰しもわざわざ『誰かを排除したい』と思っているわけではない。地域みんなで復興していくこと、その『みんな』という意識のなかに性的マイノリティをはじめ、多様な人々の存在を入れること。そこから制度や取り組みに反映していかなければならないと思います」。