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中国で2歳のときに両親に捨てられた29歳の女性が、両親から裁判で訴えられたワケ

中島恵ジャーナリスト
(写真:ロイター/アフロ)

9月中旬、中国・広州市で行われたある裁判が現地のSNSで話題になっている。その裁判とは、ある女性が実の両親から訴えられるという驚きの内容であり、女性が育った境遇に喧々諤々の意見が巻き起こった。その理由とは――。

両親が娘を訴えてお金を請求

中国メディアの報道によると、広州市に住む29歳の張という姓の女性は、2歳のとき両親に捨てられ、父方の親戚(叔母)のもとで育てられた。大人になった女性はお世話になった叔母の息子、つまり、自分のいとこにマンションを買ってあげた。

女性にしてみれば、いとこは幼い頃から一緒に育った家族であり、マンション購入は親孝行のひとつだったが、これが、なぜか長年ほとんど会うことのなかった実の両親の嫉妬と怒りに火をつけた。

両親は幼い頃に捨てた娘に経済的な余裕があると思い、手元で育てた息子(女性の弟)にも同じようにマンションを買い与えるように、と女性に迫ったのだ。女性がこれを拒否したところ、両親は憤慨し、裁判を起こした。なんと女性に50万元(約1000万円)の扶養費を請求したのだ。

驚きの判決内容にSNSの声は……

原告側(両親)の主張は、娘には父母を養う義務があり、1年に5万元(約100万円)を扶養費として支払うこと、それ以外に50万元(約1000万円)を支払うこと、というもの。

一方、被告側(女性)は、法律上、姉には、両親がともに亡くなり養育する能力がなくなったときなどを除いて、弟を養ったり、マンションを買ったりする義務はない。50万元の支払い請求も不当であると訴えた。

常識的に見れば、女性側の主張がまっとうであると感じるが、判決は驚くべきものだった。報道では金額は明示されていないものの、「この女性には両親を扶養する義務がある」とするものだったのだ。

裁判長は「原告(両親)はすでに年老いており、被告にはその両親を養う義務がある。しかし、女性の弟はすでに成人しており、被告は弟を養う義務はなく、マンションを買う必要もない」とした。

この判決がメディアで報道されると、中国のSNS上では喧々諤々の意見が飛び交った。

「2歳で捨てられた娘がなぜ、育ててくれなかった両親を扶養する義務があるのか?この裁判は間違っている!」「世も末だ。娘を訴えるなんて、まるで鬼のような両親だ!」と憤慨し、女性を気の毒に思うコメントが圧倒的に多かったが、中にはそうでないものもあった。

「きっと両親には育てられない深い事情があったのではないだろうか」「貧しくて育てられなかったのだろう」「いま娘にお金があるのなら、両親の世話をしたらいいんじゃないか」「やはり、親はいつまで経っても親だ」といった意見だ。

手元で子どもを育てられないケースは多い

中国メディアの報道には、両親が女性を捨てて、親戚に預けた経緯が書かれていないので、どのような事情があって女性を手放したのか、という肝心の点が不明だ。だが、中国では、何らかの事情で子どもを手放す親は少なくない。最も大きいのは経済的な理由だ。

たとえば、夫の浮気で離婚し、子どもは妻が引き取ったが、経済的に苦しくて育てられず、親戚に預け、自分は出稼ぎに行くといったケースだ。

「お金を稼いで必ず送金するから、子どもを頼みます」と約束して都会に出たものの、数年後に音信不通になってしまう、という話はよくある。状況が変わり、子どもを引き取るつもりがない場合、電話番号を変え、SNSもブロックしてしまえば、それまでだ。

出稼ぎ労働者の場合、最初から子どもは祖父母に預け、夫婦で都会に働きに行き、年に1~2度帰省するというのは通常のケースで、この場合、子育てを放棄しているというわけではない。

だが、子どもがめったに帰らない両親に懐かず、祖父母を両親だと思って育ち、成人後も両親との関係がギクシャクするという話も、中国ではよく聞く。

スマホがない時代は電話する機会も少なかったので、たまに帰省した両親の顔を見ても、子どもはその人が自分の親だとわからない、という悲しい話もある。

むろん、経済的な理由以外で、両親の単なる身勝手により子どもを手放すケースもあったが、中国の場合、親戚や親しい友人が、その子を我が子のように愛情深く育てるということも珍しくない。

今回のケースは娘を手放した際の詳細が不明のため、どれほどの事情があったかわからないが、中国では子どもを手元で育てられない人は今も少なくなく、多くの中国人はそうした知人が身近にいたり、そうした話をどこかで耳にしたりしたことがある。

端から見れば、この両親は身勝手そのものでしかないが、判決内容がSNSで話題になり、中国人の間からさまざまな意見が飛び交う背景には、中国特有の事情がある。

ジャーナリスト

なかじま・けい ジャーナリスト。著書は最新刊から順に「日本のなかの中国」「中国人が日本を買う理由」「いま中国人は中国をこう見る」(日経プレミア)、「中国人のお金の使い道」(PHP新書)、「中国人は見ている。」「日本の『中国人』社会」「なぜ中国人は財布を持たないのか」「中国人の誤解 日本人の誤解」「中国人エリートは日本人をこう見る」(以上、日経プレミア)、「なぜ中国人は日本のトイレの虜になるのか?」「中国人エリートは日本をめざす」(以上、中央公論新社)、「『爆買い』後、彼らはどこに向かうのか」「中国人富裕層はなぜ『日本の老舗』が好きなのか」(以上、プレジデント社)など多数。主に中国を取材。

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