上原浩治とカブスを音で支える、リグレーフィールドの鉄人。
メジャーリーグには、美しい球場がたくさんある。青い空の下に丁寧に手入れされた緑の芝生。眺めているだけでも満たされる。
カブスの本拠地、リグレー・フィールドもそのひとつ。私にとって、リグレー・フィールドは見た目が美しいだけではなく、耳にも心地よい球場だ。
開門と同時に演奏が始まるオルガンの音は、やさしく、楽しげで、いつも歓迎されている気分になる。これから始まる試合へのわくわくする気持ちを揺りかごのように静かに揺らしてくれる。
他球場ではスピーカーから流れる音楽をうるさいように感じることもあるが、リグレー・フィールドのオルガンはいつもちょうどよい音量。ゲームのなかに挟み込まれるタイミングにもズレがない。
心地よい音楽を奏でているのは、ゲーリー・プレッシーさん(59)。リグレー・フィールドのオルガニストとして勤続31年目のシーズンを迎えた。私がプレッシーさんに話を聞いた4月15日時点で、リグレー・フィールドでの2442試合連続演奏中。「ここでの試合を逃したことはありませんよ」と胸を張る。昨年は、演奏している姿のバブルヘッド人形も作られるという人気ぶり。
プレッシーさんは球場のオルガニストとして重要なことを二つ挙げた。
ひとつは「野球のゲームをよく知っていること」だという。
「いつ演奏してよいのか、いつ演奏してはいけないのか。プレーの邪魔をしてはいけませんからね」。
プレッシーさんがオルガンを演奏している部屋は、記者席や放送ブースがあるバックネット後方の高い位置にある。オルガンは部屋の壁に接するように設置されており、プレッシーさんは体の右半分で試合の流れを見ながら、演奏をしている格好だ。
米国では、大学スポーツや高校スポーツの観客席で、在校生やOBがバンド演奏をしている。このときも、指揮者は演奏者たちに向かい合っているのではなく、やや横向きに立って、試合を見ながら、指揮棒を振っている。球場やスタジアム、アリーナなど、スポーツ時の演奏に共通のスタイルなのだろう。
野球を愛するオルガニストは「観衆の心理を知ること」も、とても大切にしている。
「観衆が今、どんな音楽を欲しているか、どうしたいか。九回の接戦なら、ファンがそれを楽しんで応援できる音楽を演奏します。もし、私が観客席にいて、試合の終盤で2-4とリードされて満塁の場面だったらどうするでしょうか。黙って座ってはいないでしょう」
メジャーリーグの他球場では、電光掲示板に「声援!」や「手拍子!」などのサインを出し、応援を促していることがあるが、リグレー・フィールドでは、それをしていない。プレッシーさんもオルガンの音で観客をコントロールするのではなく、観客の気持ちに添う演奏ができるよう注意を向けている。
今シーズンからカブスに加入した上原投手については、こんな印象を持っている。
「彼は次々に投げ込んでいく(ボウリングの)ボウラーのようなイメージですね。もし、彼が登板しているときに演奏するとしたら、アップテンポのハッピーな曲でしょうね」
投手がマウンドにいるときは、演奏時間が限られている。試合の流れを見ながら、決してプレーの妨げとならないように、10秒単位の短い演奏を滑りこませるそうだ。
「カブスにいた川崎選手は、球場にエネルギーを運んでくる選手でしたね」と音楽家ならではの感性で、各選手の特徴をとらえ、演奏する曲を選んでいる。
スタジアムでひいきチームの応援をすることは、その場にいる人々との一体感をもたらす。球場に流れるオルガン音は、ファンを煽ったり、操作したりすることなく、言葉にできない高ぶりや共感に寄り添ってくれている。