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10万人の移民が殺到「NYを崩壊させる」と市長は戦々恐々。受け入れ超過に市が悲鳴

安部かすみニューヨーク在住ジャーナリスト、編集者
NYに到着した移民。(写真:ロイター/アフロ)

以前、中南米を旅した筆者が、ペルーやメキシコのスラム街で見たキャンディー売りの子や母子たち。この1、2年で同じような光景が、ここニューヨークでも見られるようになった。路上や地下鉄、ハイウェイの入り口で水やチョコレートを売ったり、昼間に数人でたむろしたりする人の姿が確実に増えた。

トランプ前政権下にメキシコとの国境に壁が建設されていたかと思えば、バイデン政権以降は建設が中止になるなど、この国の移民政策は政権ごとに大きく変わる。

筆者が今夏訪れたユタ州など移民の受け入れがうまく機能している州もあるが、メキシコとの国境沿いの南部の州やニューヨークなど都市部ではうまく機能せず、まさにオーバーフロー=危機的状況に瀕している。

アメリカに亡命を希望する人の多くは、メキシコとの国境を越えてやって来ている。人々は安全と自由とより良い暮らしを求めて中南米から大挙して押し寄せ、その数は現政権下になって右肩上がりだ。多くは合法的なビザを持っておらず、泳いでリオグランデ川を渡ったり壁やフェンスを乗り越えたり、斡旋業者に金を払ったりして違法に入国している。そのような人々を一時収容・保護するテキサス州やフロリダ州の施設は長らくパンク状態だ。

米・メキシコ国境に殺到する移民(2021年9月18日)。両国の収容所は衛生面が良くなく、まるで刑務所のようだと伝えられる。親子が引き裂かれるケースも少なくない。
米・メキシコ国境に殺到する移民(2021年9月18日)。両国の収容所は衛生面が良くなく、まるで刑務所のようだと伝えられる。親子が引き裂かれるケースも少なくない。写真:ロイター/アフロ

米南部の州の知事は昨年4月以降、移民の受け入れがうまくいっていない現政権を批判する狙いで、亡命希望者をバスに乗せ、ニューヨーク、ワシントンD.C.、シカゴ、フィラデルフィアなど全米各地に送り込んでいる。

このように一向に増え続ける移民が一部の都市を圧迫し、避難所や援助資源に負担をかけ、社会問題になっている。

昨春以降10万人の亡命希望者がNYに

南部からバスでNYに到着した移民(多くは亡命希望者)。NYを新天地として選ぶ人の多くはベネズエラ出身(NYT報道)。米はベネズエラのマドゥロ政権に経済制裁を課す一方、人道支援を継続している。
南部からバスでNYに到着した移民(多くは亡命希望者)。NYを新天地として選ぶ人の多くはベネズエラ出身(NYT報道)。米はベネズエラのマドゥロ政権に経済制裁を課す一方、人道支援を継続している。写真:ロイター/アフロ

ニューヨーク市の発表では、昨春以降に市が保護した亡命希望者数は10万1200人を超える。また8月13日の時点で、5万8500人以上が今も市の保護下にある。

市は到着したばかりで仕事も住居もない人々のために仮の住居として収容施設を提供しているが、市が運営するホームレスシェルターだけでは足りず、仮設テントを建てたり、新型コロナで経営が成り立たなくなったホテルと提携したりして人々を収容している。しかし報道によると、200箇所以上の6万床のベッドがすでに満杯で収容施設はパンク寸前だ。収容施設の衛生面の悪さも指摘されている。

一方、ホテル周辺の住民からは治安悪化など不安の声が上がっている。つい最近も、レディー・ガガの父親でアッパーウエストサイド地区のイタリア料理店を営むジョー・ジャーマノッタ氏が、移民が殺到している問題について「街を乗っ取られた」と苦言を呈した。この地区は高級住宅地だが、老舗ホテルが移民の収容に使われ、騒音問題や売春婦の増加など、治安悪化が懸念されている。

亡命希望者は難民と同様に、この国に到着後しばらくは住居、食料、健康、教育など新生活に必要なあらゆる支援を受ける。ただし亡命希望者は保護を求める特別申請を提出後、6ヵ月間は就労許可を申請する資格がない。つまりこの間は合法的に働くことができない=仮設施設から出て住居を借りることができないというのも、収容施設を圧迫している一つの要因になっている。

難民支援団体カトリック・コミュニティ・サービス・オブ・ユタ(CCS)のディレクター、エイデン・バタール(Aden Batar)さんによると、移民受け入れ国のメリットは人道支援や社会の多様化以外にも「労働力の強化ができること」だという。「イタリアなど難民認定率の低い国は万年、労働力不足ですよね」とバタールさんは言う。日本も同様かもしれない。

とにかく初日から働くことができる難民とは異なり、亡命希望者は援助を受ける立場のまま約半年間も合法的に働くことが許されないというのは、受け入れ地にとって何とも大きな痛手なのだ。

写真:ロイター/アフロ

そしてこの問題に終わりが見えないというのも、大きな課題だ。南部から人々を乗せた移民バスは、今も続々と到着している。日々増え続ける移民の数に、市は悲鳴をあげている状態だ。昨年10月以降、市は緊急事態を宣言しているが解決策は見つかっていない

「移民はニューヨークのストーリー(歴史の一部)で、アメリカの一部でもある。しかし移民政策は崩壊している。国家的危機だ」「もう限界だ。市単独の予算には限りがあり、思いやりだけではどうにもならないところまできている」。エリック・アダムス市長は移民の受け入れの危機的状況を踏まえ、たびたびこのように訴えてきた。

バイデン大統領とホークル州知事に対して市への援助が足りないと批判し、今月7日の対話集会でも、「今のままでは問題を解決する方法は見当たらない。この移民危機はニューヨークを崩壊させるだろう」と強い言葉を使い、州や連邦政府の追加支援や予算増額を訴えた。

移民対策にかかった費用は7月末までにすでに17億3000万ドル(約2500億円)を超えている。そして状況が変わらなければ、市は2023年から25年までの3会計年度に、移民への対応だけで120億ドル(約1兆7000億円規模)が必要になると見積もっている。「(援助が足りなければ)この補填のために、ニューヨーク市のあらゆるサービスがカットされることになる」と、市長は強い口調で述べた。

公的機関では営業時間が短縮したり、監視員を減らすために市民プールの使用面積が狭められたりするなど、当地ではあらゆる市民サービスがカットされつつある状態だ。

移民施策の受け止めにも「分断」が

昨春以来、大量の移民をニューヨークなど全米各地に移送しているのは、テキサス州のグレッグ・アボット知事とフロリダ州のロン・デサンティス知事だ。アボット知事は近年大量の移民が国境を越えているとし、その原因はバイデン政権の移民政策にあると主張している。「ニューヨークが経験していることは、テキサスが毎日直面している問題の一部にすぎない」「国境問題はバイデン大統領に責任を取ってもらう。大統領が国境の警備を強化するまでニューヨークなどに移民の移送を続ける」という趣旨の発言をしている。

テキサス州のグレッグ・アボット知事。
テキサス州のグレッグ・アボット知事。写真:ロイター/アフロ

今年6月には、送り先として新たにロサンゼルスも加わった。ロサンゼルスのカレン・バス市長は、移民のバス移送計画について「安っぽい政治的駆け引きに人間を駒として利用し、忌まわしい」と南部州の方針を批判した。

ホワイトハウスは移民危機への対応として、ニューヨークのホークル州知事との建設的な対話をもとに、今年だけでニューヨーク市と州に1億4000万ドル(約200億円)の連邦資金が投入されたと主張。さらに「崩壊した移民制度を改革し、全米に援助を提供できるのは議会だけだ」とも述べた。

ほかにもさまざまな反応がメディアで散見される。アダムス市長の「移民が市を崩壊させる」という過激な発言に対して「レトリックで使ったとしても、新たな隣人を否定する印象で差別的」という意見や、「来年の大統領選挙を前に、バイデン大統領批判をするアダムス市長の抗議を取り上げる共和党員が増えている」など、移民政策でも大きな分断が見られる。

バイデン政権は今年の世界難民の日(6/20)に、来年の難民受け入れ人数について12万5000人という目標を立てている。この30年間で達成できていない最多規模の数だが、問題が噴出し人々の社会不安が高まる中、目標達成は果たして可能なのだろうか?

移民や難民の受け入れがうまくいっているユタ州では、昨年の会計年度だけでこれまでの最多の1570人の難民の再定住をアフガニスタン、ウクライナ、コンゴ、シリア、スーダンなどから受け入れた。この数字は2017年の約倍の人数で、今年はそれ以上になるという。ニューヨークなどに比べて受け入れ数が少ない分、きちんと統制がとれている印象だ。

同州で難民支援を行う労働力サービス局(Workforce Services in Utah)のマリオ・キヤヨ(Mario Kljajo)局長は、(バイデン政権の)最新の目標数字については確認していないとのことだが、目標達成のために必要なこととして、このように見ている。

「先進諸国が率先してより多くの難民を受け入れなければならないのは明らかです。決して簡単に達成できる数字ではないが、目標達成のためには、それぞれの関係部署、国全体が一丸となって目標に向け足並みを揃え、資金面などしっかり準備を整え、取り組む必要があるでしょう」

難民危機はどこかの市が単体で解決できる範囲を超越している。今こそ、全米が一丸となって取り組まなければならない人権問題だ。問題をどう解決するかは、リーダーたちの手腕にかかっている。

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(Text by Kasumi Abe)本記事の無断転載やAI学習への利用禁止

ニューヨーク在住ジャーナリスト、編集者

米国務省外国記者組織所属のジャーナリスト。雑誌、ラジオ、テレビ、オンラインメディアを通し、米最新事情やトレンドを「現地発」で届けている。日本の出版社で雑誌編集者、有名アーティストのインタビュアー、ガイドブック編集長を経て、2002年活動拠点をN.Y.に移す。N.Y.の出版社でシニアエディターとして街ネタ、トレンド、環境・社会問題を取材。日米で計13年半の正社員編集者・記者経験を経て、2014年アメリカで独立。著書「NYのクリエイティブ地区ブルックリンへ」イカロス出版。福岡県生まれ

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