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【移民遺産月間】先祖を辿れば誰もが「移民」米国の取り組み 英語教育を無償提供

安部かすみニューヨーク在住ジャーナリスト、編集者
(c) Kasumi Abe

ウクライナ避難民の増加に伴い、移民や難民の受け入れについて、以前にも増して活発に議論されるようになった。日本でも生活や就労、就学のサポートに加え、日本語教育の無償提供などが支援の一環として提供されているようだ。

移民国家、アメリカの現状はどうだろうか?

現在のアメリカは移民が作った国であるから、手厚い支援の土壌がすでにあり、熟している。そして毎年6月を、2014年以来「移民遺産月間(Immigrant Heritage Month=IHM)」と制定。ちょうど今の時期は随所で啓蒙イベントが行われている。

先祖を辿れば他国からの移住者(強制移住者含む)である大多数のアメリカ人にとってこの1ヵ月は、移民支援はもちろんのこと、改めて自分のルーツについて考えたり、多様性(ダイバーシティ)を見直すきっかけ作りとなっている。

自由の女神のすぐ側に浮かぶエリス島には、1892年〜1954年に移民局が置かれていた。
自由の女神のすぐ側に浮かぶエリス島には、1892年〜1954年に移民局が置かれていた。写真:イメージマート

国立公園局によると、アメリカの人口の約40%の人々がニューヨークのエリス島を通じて祖先をたどることができるという。

エリス島に代表されるように、人種の坩堝ニューヨークは、世界でも移民へのトレランス(免疫、寛容さ)が最もある都市の1つだ。

州の人口1950万人(2020年、センサス国勢調査発表)に占める移民数は、22%に当たる約435万人(2019年、移民のロビー活動団体FWD.us発表)。つまり4.5人に1人が移民という計算になる。

ニューヨーク市内はさらに割合が上がり、人口838万人のうち移民数は310580万人前後とされている。

NY州の移民の数は近年は横ばい(スクリーンショットは筆者が作成)。出典:fwd.us
NY州の移民の数は近年は横ばい(スクリーンショットは筆者が作成)。出典:fwd.us

移民支援のハブ=まちの図書館

教育と有益な情報を市民に無償で提供し、移民支援の中核を成す代表格と言えば、まちの図書館だ。

マンハッタンを含む市内3区に点在するニューヨーク公共図書館(以下NYPL)は、日本語を含む60ヵ国以上の書籍を貸し出し、移民に対してはアメリカ生活で必須となる英語教育にも力を入れる。

NYPL本館。1895年創設で、NY市5区の合併年(1898年)より長く、127年の歴史がある。(c) Kasumi Abe
NYPL本館。1895年創設で、NY市5区の合併年(1898年)より長く、127年の歴史がある。(c) Kasumi Abe

ドラマ『セックス・アンド・ザ・シティ』でもおなじみの館内。広報関係者によると、NYPLの図書館システムはアメリカ最大で、世界でも4番目の規模。(c) Kasumi Abe
ドラマ『セックス・アンド・ザ・シティ』でもおなじみの館内。広報関係者によると、NYPLの図書館システムはアメリカ最大で、世界でも4番目の規模。(c) Kasumi Abe

博物館の機能も。ワシントン初代大統領の公文書〜日本の古書まで4000年にわたる重要文化財の古文書展『Treasure』(慈善団体ポロンスキー財団)が初の常設形式で開催。(c) Kasumi Abe
博物館の機能も。ワシントン初代大統領の公文書〜日本の古書まで4000年にわたる重要文化財の古文書展『Treasure』(慈善団体ポロンスキー財団)が初の常設形式で開催。(c) Kasumi Abe

98ヵ国の移民受け入れ。英語教育を無償提供

(c) Kasumi Abe
(c) Kasumi Abe

NYPLが無償で提供している成人対象の英語授業(ESOL)では、リスニング、スピーキング、リーディング、ライティングを教えている。1セメスターは10週間(夏は4週間)のサイクルで行われ、生徒は週2回(1クラスは2時間もしくは3時間)の頻度で受講する。無償ということで、当地でありがちな、安かろう悪かろう...ではない。それどころか、講義レベルはかなり高い。出席率のポリシーや授業態度の管理も厳しい。筆者も以前受講したことがあるが、教わる内容は文法、イディオム、生活習慣と多角的で、無償と信じがたいほど本格的な授業だ。

アソシエイト・ディレクターのスティーブ・マホニさんによると、生徒はセメスターが始まる前に、米教育省およびナショナル・レポーテイング・システム(NRS)に準じたテストを受け、初級~上級の6段階にレベル分けされる。セメスターの終盤で再びテストを受け、英語の上達具合を精査される。

コロナ禍でしばらく休講となっていたが、市の経済活動再開後は市内3区41箇所(コロナ前は88箇所)のうち11箇所で、対面授業が再び行われている。

NYPL成人英語の上級クラス。(c) Kasumi Abe
NYPL成人英語の上級クラス。(c) Kasumi Abe

この日は多国籍の生徒22人がアパレル業界やサステイナブルについて学んでいた。みんな熱心に教師の話を聞き、積極的に発言している。マホニさんによると、今セメスターはなんと53言語を話す98ヵ国出身の生徒が参加しているという。

またコロナ禍で初めて試みたオンライン授業も、子どものいる親が自宅から参加できるとあって好評だ。現在28クラスが行われている。

「対面でもオンラインでも、生徒にはヒアリングし、英語を学ぶ理由やゴールを明確にしてもらっています」とマホニさん。それらを明確化することで、大学進学や就職など希望に応じた次のステップを紹介するなどし、生徒にとっては異国の地、ニューヨークでの新生活を後押ししているという。

NYPLの成人英語とリテラシー部門アソシエイト・ディレクターのマホニさん。生徒が英語を学ぶ理由を明確にし、新天地での次のステップアップに導く。(c) Kasumi Abe
NYPLの成人英語とリテラシー部門アソシエイト・ディレクターのマホニさん。生徒が英語を学ぶ理由を明確にし、新天地での次のステップアップに導く。(c) Kasumi Abe

受講して5ヵ月になるスペイン出身のヴァネッサ・ヴィラスさんは「素晴らしいプログラム」と、授業内容をすっかり気に入っている様子。コートジボワール出身のダニエル・ラトードさんは通い始めてまだ数週間だが、効果を実感中。「先生が経験を交えて英語を教えてくれるので面白く学べる。習った表現や知識を即生活に役立てられるのがいい」。

このクラスには2人の日本人生徒もいた。文化庁の新進芸術家海外研修制度で当地に滞在中の遠藤麻衣さんは、今年2月からここに通っている。「以前は人と話す気恥ずかしさがあったが、ここで実践的なコミュニケーションの仕方を教えてもらっている。さまざまな国からやって来た同じ境遇の人がこれだけいるのかと勇気付けられている」と語った。滞在歴が10年以上という日本人女性は、普段の生活で会話に不自由はないが、ニュースを観て情報弱者になっていると気づき、通い始めた。「これまで市内の公的サービス、例えば無料の食料配布があると聞いても細かい条件がわからなかったが、授業で生活に必要な知識を教えてもらえ助かっている」。

「来年1月をめどに、再び拡大予定です」とマホニさん。1セメスターごとに15クラスずつ増やすなど、今後もさらに英語教育の場を充実させ、移民の新生活をサポートしていく予定だ。

NYPLはこの授業のほかに、カジュアルな雰囲気で英会話を学べる「We Speak NYC」や、市民権のテスト対策講座も開講している。また館内には、移民への法的な支援を無償提供する「ActionNYC」も。教育のみならず、法律の分野でも移民を手厚く支援している。

以上が、ニューヨークの移民支援の一例だ。当地ではほかにも医療、健康保険、メンタルヘルス、食料、住居、雇用、教育、差別や嫌がらせからの保護など多岐にわたって、移民も恩恵を受けられる無料(もしくは低料金)支援がある。

参考資料

NY市の移民への取り組み(日本語資料)

また、移民の多いニューヨークはサンクチュアリ・シティ(聖域都市)でもあり、例えば警察や救急隊に助けを求める人が、合法滞在か否かといった在留資格を質問されることはない。本稿で紹介した英語の授業でも、そのような質問はない。このまちでは、アメリカ市民と同様に誰もが1人の人間として、必要な支援や公的サービスを得られる仕組みになっているのだ。日本から聞くと信じがたいことかもしれないが、犯罪を抑止し治安や秩序を安定化するための効果があるため、移民の比重が多い大都市ではそのような政策が取られている。

国家の成り立ちがまったく異なる日本とアメリカでは、移民への対応も異なってくるのは当然だ。しかし日本でも、移民問題や対応の議論の場が、今後さらに増えていくことは確かだろう。移民都市ニューヨークの取り組みで、日本でも何か参考にできそうなことはあるだろうか。

サンクチュアリ・シティ(聖域都市) 関連記事

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#CelebrateImmigrants

(Text and most photos by Kasumi Abe)無断転載禁止

ニューヨーク在住ジャーナリスト、編集者

米国務省外国記者組織所属のジャーナリスト。雑誌、ラジオ、テレビ、オンラインメディアを通し、米最新事情やトレンドを「現地発」で届けている。日本の出版社で雑誌編集者、有名アーティストのインタビュアー、ガイドブック編集長を経て、2002年活動拠点をN.Y.に移す。N.Y.の出版社でシニアエディターとして街ネタ、トレンド、環境・社会問題を取材。日米で計13年半の正社員編集者・記者経験を経て、2014年アメリカで独立。著書「NYのクリエイティブ地区ブルックリンへ」イカロス出版。福岡県生まれ

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