「加入者ではなかった」CEO射殺犯の深まる謎。過去に日本は「恐ろしいほど自由意志が欠けている」と発言
4日、ニューヨーク中心部の路上で米医療保険大手ユナイテッドヘルスケアのCEOが射殺された衝撃の事件。逮捕、起訴されたルイジ・マンジオーニ被告(26)についての情報が次々に明るみに出ている。
被告は依然として犯行動機についてコメントしていないが、以下は現時点でわかっていることをまとめる。
長距離バスではなく列車で他州へ逃亡
被告は犯行後、自転車とタクシーでマンハッタン北部のバスターミナルに向かいその後バスで州外に逃走したと見られていたが、そのバスターミナルから州外に向かった形跡が見られず謎に包まれていた。
しかしその後の警察の調べで、被告はバスターミナルから地下鉄に乗り替えミッドタウンまで南下し、ターミナル駅から列車でペンシルベニア州に逃亡したことがわかった(犯行現場とターミナル駅は比較的近い距離)。
怪我が人となりを変えた?
友人・知人の証言から被告の人物像が浮かび上がっている。
その多くは明るい性格で社交的、好奇心が強く、礼儀正しく優秀だったというもので、まるで残忍な殺人者のイメージとは程遠い。
お金に困ることはなくアカデミック的にも社会的にも成功し、エリート街道を歩いていた若者だったのは確かだ。
しかし慢性的な痛みを伴う腰部の負傷と手術の後遺症が人間性を変えたのか。異性との親密な関わりに支障が出るほどの痛みに悩んでいたという報道がいくつもある。
若者として耐えられない不満が医療保険業界への怨恨に変わっていったのか。拘束時に所持していた3ページに及ぶマニフェストには、この国の医療費が高額なことや“these parasites simply had it coming”(これらの寄生虫は当然の報いを受けた)という辛辣な文言が含まれていた。
被告は加入者ではなかった
さらに驚くことがわかった。なんと被告はユナイテッドヘルスケアの加入者ではなかった(同社が発表)。加入もしていない保険会社のCEOを殺害とは一体どういうことか。謎が深まっている。
ユナイテッドヘルスケアは米医療保険業界でトップ5に入る大手だ。よって上位企業にターゲットを絞り、被害者代表として腐敗した保険業界全体への恨みを晴らした気持ちだったのだろうか? 今後審理で明らかになっていくだろうか。
被告は依然ヒーロー扱い
被告が一部の人々に英雄扱いされている問題があると先日書いた。これは今も続いており、犯行後、亡くなったCEOやほかの保険会社のCEOの顔写真が「WANTED」(指名手配)ポスターとしてマンハッタンの街中に貼られる騒動があった。
またSNSでは被告を釈放しろという意味のハッシュタグも飛び交っている。
多くの人がこれらの援護射撃を批判する一方で、一定数の支持者もいるから驚きだ。
被告は日本文化を愛していた。その一方で批判も…
被告についてはほかにもさまざまな報道が見られる。
ここから伝えることはCEO射殺事件とは関係ないことだが、犯人と見られる人物は日本についても確固たる意見を持っていたようなので、人物像を知る手がかりになればと思い、併せて紹介する。
11日付のNBCニュースは被告について「日本の文化を愛していたが、一方で日本社会を批判もしていた」と報じた。
被告本人のものと見られるSNSや幾つかの報道により、被告が今年2月などに日本を訪問したことがわかっている。日本を気に入っていたようだが批判をしている内容もある。
4月、投資家の投稿に端を発したトピックでは日本の人口減少問題が語られていた。唯一の解決策は移民の受け入れだとする意見に、別の人物が「移民の受け入れでは解決しない」「日本は日本人のままでいる限り大丈夫」とリプライ。それに対して被告は自分の意見と共にリポストしていた。
その投稿にはこのように書かれている。
「現代の日本の都市環境は人間という動物にとって進化の不適合である」
続いて、出生減少の解決の鍵は移民ではなく文化にあるとし、人との自然な関わり、セックス、体を鍛えること、スピリチュアルなものが奨励されるというような趣旨の発言をしている。
具体的な提案として、大人のおもちゃ類の禁止やメイドカフェの批判、飲食店の自動販売機やテクノロジーを使った注文を人間の注文に置き換えること、eスポーツカフェを学校での運動に置き換えることなどが羅列されている。神道、沖縄空手、温泉などに代表される日本文化を活性化したら良いという提言もある。
またこれとは別の、ほかの人物へのメールで、“Japan is peak NPC-ville.”(日本にはNPC*が溢れている)と発言していたと別の投稿で明かされた。
- ノンプレイヤーキャラクター:AIによる(人間によって操作されない)ビデオゲームのキャラクター
内容を搔い摘むと、日本滞在中に路上で発作を起こした男性に遭遇し近くの警察署に助けを求めたそうだ。警官は現場に駆けつけようとしてくれたが、赤信号であることだけで誰も通っていない道路を渡るのを拒否した*(緊急時なのに)ことがあったという。
“Scary lack of free will in this country.”(日本には恐ろしいほどの自由意志がない)
これは日本での被告の経験に基づいた発言だと思われる。この発言から筆者には、ルールに縛られ融通が効かない日本への苛立ちのメッセージが伝わってきた。
- 注:アメリカでは車が通っておらず安全である限りは赤信号であっても道路や横断歩道を渡るのが一般的。
重ねてだがこれらの発言は犯行前のものであり今回の殺人事件とはまったく無関係だが、さまざまな見解から被告がオピニオネイティッド=強固な意見を持っている人物であることが垣間見えたのだった。
(Text by Kasumi Abe)無断転載禁止