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「死んでも責任を取らない」吉本興業。 運動部の「死亡リスク引き受け」に署名した私。

谷口輝世子スポーツライター
(写真:アフロ)

 吉本興業は、運営する養成所「NSC」の研修生に対し、合宿に参加する際に「死亡しても吉本興業は一切の責任を負わない」などの誓約書を提出するよう求めていたことが分かった。朝日新聞が、7月31日付で報じた。

 吉本興業が示す規約及び注意事項があり、「保護者も含めて熟読、十分に理解したうえで参加する」と記された誓約書に署名して、提出するようになっていたそうだ。

 この記事を読んで、私はやり忘れていた用事を思い出した。米国ミシガン州の公立高校に通う次男の運動部活動に必要な書類を揃えることだ。いや、厳密にいうと、書類を揃えるのではない。学校のホームページからオンラインフォームをクリックし、保護者である私が必要事項を入力するという作業である。

 忘れないうちにと、昨日、済ませた。

 フォームの中ほどあたりに「健康、安全、リスクの引き受け」という項目があり、次のように書かれている。

 「スポーツ活動への参加には、麻痺や命を失うことを含むケガのリスクの引き受けが必要です。アスリートとしては、重い怪我を引き起こす可能性のあるルール違反のテクニックを故意に使用しないことで、競技をより安全に行うことができます」

 親として、この一文を受け入れるのは、毎年のことながら、なんとなく怖い気持ちに取りつかれる瞬間でもある。それでも私は、リスクの引き受けに同意して、署名をする。

 私が署名をするのは、学校の運動部が、州の高校体育連盟や学区の安全ガイドラインに従った運営をしていると考えているからだ。

 脳震盪のガイドラインは、脳震盪が疑われる症状が見られたときには、ただちに練習や試合から外すことを明記。熱中症をなくすためのガイドラインは、暑さ指数ごとに練習強度や時間の目安、水分補給の間隔の目安が書かれている。コーチたちは心肺蘇生法の講習を修めている。競技ごとに高校生の安全に配慮した規則。例えば、野球部は、投球制限と登板間隔の規則を守らなければいけない。

 この運動部の申し込みフォームには、保護者向けの脳震盪資料も添付されていて、全ての運動部員とその保護者はこの資料を必ず読まなければいけない。これも、「読みました」とチェックマークを入れなければ、運動部活動には参加できない。

 私の子どもの通う公立高校にはアスレチックトレーナーが1人いる。複数の運動部活動をたった1人のアスレチックトレーナーでカバーするのは難しい。しかし、2つの運動部の試合時間が重なったときには、より怪我のリスクのある種目に立ち会うなどの工夫をしている。また、アウエーの試合にアスレチックトレーナーが帯同できない場合は、対戦相手のアスレチックトレーナーが両校の生徒の怪我に対応するのが一般的だ。

 私の気持ちはアスレチックトレーナーがいることによって救われている。コーチは勝敗を追いかけるあまりに、子どもの不調を見逃すかもしれないが、アスレチックトレーナーが見ていてくれるはずと。コーチは選手の怪我を見落とすかもしれないが、医療スタッフの判断には従うことを、私は知っている。

 学校が、保護者にリスクの引き受けを求めるのは訴訟対策のためだが、たとえリスクの引き受けに同意していても、大怪我や死亡事故が起こった場合は、学校側が安全ガイドラインに沿った運営をしていたかが、裁判でも争点になるだろう。

 朝日新聞の記事によると、吉本興業の誓約書には「合宿中の負傷、これに基づいた後遺症、あるいは死亡した場合、その原因を問わず吉本興業に対する責任の一切は免除されるものとする」という免責事項のほか、「賠償請求、訴訟の提起などの支払い請求は行えないものとする」という記載があったという。言葉を変えれば、何があっても泣き寝入りしろということではないか。

 私は吉本興業の記事から、自分が署名しなければいけない運動部のフォームを思い出したが、この2つには隔たりがある。

 運動部に参加する全生徒が大きなケガをせず、ましてや命を落とすことのないようにと祈って、今年も私はフォーム送信をクリックした。 

スポーツライター

デイリースポーツ紙で日本のプロ野球を担当。98年から米国に拠点を移しメジャーリーグを担当。2001年からフリーランスのスポーツライターに。現地に住んでいるからこそ見えてくる米国のプロスポーツ、学生スポーツ、子どものスポーツ事情をお伝えします。著書『なぜ、子どものスポーツを見ていると力が入るのかーー米国発スポーツペアレンティングのすすめ 』(生活書院)『帝国化するメジャーリーグ』(明石書店)分担執筆『21世紀スポーツ大事典』(大修館書店)分担執筆『運動部活動の理論と実践』(大修館書店) 連絡先kiyokotaniguchiアットマークhotmail.com

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