ウクライナ原発危機「30万地点の放射線マップ公開」福島で培ったボランティア技術生かす
ウクライナ侵攻による原発危機で、同国内30万地点の放射線量を、福島で培ったボランティア技術で測り、ネット公開する――。
東日本大震災・福島第一原発事故をきっかけに、放射線量測定の活動を続けるボランティアグループが独自開発した線量計が、ロシアによる侵攻で原発事故が懸念されるウクライナで活用されている。
戦闘で緊張が高まるザポリージャ原発周辺や、チェルノブイリ原発周辺など、すでにウクライナ国内で30万地点を超す放射線量のデータを測定し、グーグルマップを使って公開中だ。
原発事故と隣り合わせにあるウクライナ。国内外で必要とされているのは、目に見えない放射線量のデータの可視化だ。
日本で生み出されたボランティアの技術と協力が、8,000キロ以上離れたウクライナで、測定のネットワークを張り巡らせる。
●攻撃の標的となる原発
東京・渋谷を拠点とする国際ボランティアグループ「セーフキャスト」のリードリサーチャーで建築家、アーティストのアズビー・ブラウン氏は9月17日、同グループの公式サイトでそう発表した。
ウクライナの放射線量測定プロジェクト「#bgeigies4ukraine(bガイギーによるウクライナ支援)」が発表されたのは7月20日。この時、ブラウン氏はプロジェクトについて、こう説明している。
ロシア軍はウクライナ侵攻開始初日の2月24日にチェルノブイリ原発、翌週3月4日には、欧州最大級のザポリージャ原発を占拠。チェルノブイリ原発からは3月31日に撤退したが、ザポリージャ原発はなお管理下に置いている。
ウクライナの原子力企業「エネルゴアトム」は、ロシア軍がチェルノブイリ原発を含む高放射線量地域「赤い森」で土を掘り返し、「高いレベルの放射線を浴びた可能性」がある、としている。
またザポリージャ原発は、繰り返し攻撃の対象となり、原発事故の危険と隣り合わせの状態が続く。
原発事故で懸念されるのは放射性物質の拡散だ。
そこでウクライナに持ち込まれたのが、「セーフキャスト」が東日本大震災による福島第一原発事故後に開発した位置データ付きの線量計「bガイギー」だ。
●「弁当ガイギー」で測定する
「セーフキャスト」は2011年3月11日の東日本大震災の後、ベンチャーキャピタリストで現在は千葉工業大学変革センター所長を務める伊藤穣一氏らが共同で設立した。
原発事故による放射線量データを、ボランティアの手で測定し、ネット上で世界に公開するのが目的だった。
そのために、「セーフキャスト」共同創設者のピーテル・フランケン氏が震災の翌4月下旬、米起業家のレイ・オジー氏のアイディアをもとに、米カリフォルニアの線量計メーカー「インターナショナル・メッドコム」の協力で開発したのが、GPS機能を持ち、弁当箱のような形状の線量計「弁当(b)ガイギー」だ。
オジー氏はグループウェア「ロータス・ノーツ」の開発や、マイクロソフトでビル・ゲイツ氏の後任のCSA(チーフ・ソフトウエア・アーキテクト)を務めたことでも知られる。フランケン氏は現在、ASEAN金融イノベーション・ネットワーク(AFIN/APIX)ディレクターなどを務めるフィンテックの専門家だ。
ウクライナでも使われている小型版の「bガイギーナノ」は、ポリカーボネート製のケース(14.9 x 10.3 x 5.4センチ)に収納されていて、自動車などに取り付けて走行すると、5秒間隔、つまり時速60キロなら約83メートルごとにGPSの位置情報と放射線量データを自動的に記録する。
これらのデータを「セーフキャスト」のサイトにアップロードすることで、グーグルマップ上に各地点の放射線量が表示され、世界中で共有することができる。
当初は福島県内を中心に測定していたが、「bガイギーナノ」をオープンソースの組み立てキットとして、オンラインで入手できるようにしたため、国内だけではなく海外からも、ボランティアによる各国の放射線量の測定データがアップロードされるようになり、データ量は急拡大した(※現在は販売停止中)。
測定箇所は、開始から2年後の2013年6月には、世界でのべ1,000万地点、5年後の2016年7月には5,000万地点となり、9年後の2020年9月には1億5,000万地点を超えた。
●プラハ、ベルリン、リビウへ
ウクライナにも、放射線データ公開の取り組みをしているウェブサイトがある。環境NPO「セーブドニプロ」が運営する「セーブエコボット」だ。サイト上では、同国保健省などが公開する各地の放射線データなどの環境データを、オープンデータのプラットフォーム「オープンストリートマップ」上で集約している。
ただ、放射線量のデータは、公的施設などの限定された地点のものだ。
ロシア軍によるザポリージャ原発などの占拠で原発事故が懸念される中、ウクライナ国家原子力規制局(SNRIU)は、原発事故が発生した際の放射性雲(プルーム)の拡散シミュレーションなども公開してきた。
しかし、さらにきめの細かい測定データが必要とされていた。
「セーフキャスト」のブラウン氏は、福島第一原発事故後の放射線量測定で培ったノウハウが生かせないかと考え、「セーブドニプロ」のメンバーに連絡を取った。すると「bガイギーナノ」を使いたい、との要望が寄せられた。
そこで「セーフキャスト」のネットワークに参加するプラハのチェコ国立放射線防護研究所(SÚRO)のスタッフが、10台の「bガイギーナノ」を手に、列車でベルリンへ。それを受け取ったドイツの人道団体が、自動車でウクライナ西部のリビウに入り、「セーブドニプロ」のメンバーに受け渡しを行った。
ウクライナでの放射線測定データの公開は、5月初めから始まったという。
この中にはウクライナのキーウ国立大学の研究者が個人で所有していた「bガイギーナノ」で測定した、ロシアによる侵攻前のチェルノブイリ原発周辺の線量データも含まれている。
●チェルノブイリからザポリージャまで
首都キーウを中心に、北部のチェルノブイリ原発周辺から西部のリビウ、そして南部のザポリージャまで。
30万にのぼる測定地点は、幹線道路沿いに広がる。だが、なお戦闘が続き、危険が伴うザポリージャ原発周辺のデータは含まれていない。
現在までのところ、放射線量データに大きな変動は見られないという。
福島第一原発事故をきっかけに立ち上がったオープンソースの技術を使い、ボランティアの市民が参加する「シチズンサイエンス(市民科学)」のプロジェクトは、8,000キロ以上離れたウクライナで、その活動が続く。
現在はモバイル型の「bガイギーナノ」を使った測定が行われているが、原発周辺に設置する固定型の線量計の準備も進められているという。
フェイクニュースなどの誤った情報に対抗できるのは、データに基づくファクト(事実)だ。データの積み重ねが、そのレジリエンス(強靭さ)を支える。
戦闘による原発事故の脅威が続く中、その事態に備えた取り組みも続いている。
(※2022年9月26日付「新聞紙学的」より加筆・修正のうえ転載)