なぜ今、中国に日本の人気ラーメン店が続々と進出しているのか?
日本で進化したラーメンが中国に続々と「里帰り」
日本人の国民食として愛されているラーメンは、元々中国の麺料理が独自の進化を遂げたものだ。今や日本食の代表的な存在として、アジアはもとより欧米でも「RAMEN」「拉面」という麺料理がブームになっている。そんな中、今中国で日本のラーメンが熱い。吉野家やモスバーガーなど、中国で店舗展開する日本の外食企業は少なくないが、熊本ラーメンの「味千拉麺」は中国だけで600店舗以上を展開する一大人気チェーンになっている(参考資料:味千拉麺ホームページ)。また、世界に多数店舗を展開する博多ラーメンの「一風堂」も、2012年より中国本土への出店攻勢を強めており、現在上海や北京を中心に13店舗を展開している(参考資料:IPPUDO CHINAホームページ)。
2017年10月、上海地下鉄の徐家匯駅構内に新規初出店した「豚骨麺 あの小宮」は、東京・都立大学に2017年オープンしたばかりの新店だが、早くも中国へ進出を果たした。上海は中国でも屈指のラーメン人気エリア。人気つけ麺チェーン「つけめんTETSU」の創業者で「あの小宮」もプロデュースしている小宮一哲さんは、上海に出店した理由として地元デヴェロッパーによる熱烈なオファーがあったことを挙げる。『地元デヴェロッパーとの交渉過程において、飲食部門として「日本食」、その中でも「ラーメン」は絶対に入れたいという意向を強く感じました』と語る。
四川省成都にラーメン施設がオープン
そんな中、2017年には四川省の省都である成都にラーメン集合施設「成都拉麺競技館」が鳴り物入りでオープンした。中国の麺料理を集めた施設ではなく「縁屋」(札幌)や「濃厚鶏そば麺屋武一」(東京)など、日本の人気ラーメン店7店舗が出店している施設だ。場所は「成都伊藤洋華堂(成都イトーヨーカ堂)春煕店」の5階。運営はKLab Food&Culture株式会社。世界各地で立地を選定・賃借し、内装や厨房等の設備を整えた上でラーメン店及び日本食や日本文化を扱う出店テナントにサブリースするというビジネスモデルだ。また、個人店の海外進出でハードルになっている会社設立や人材採用、食材の調達、免許取得などのコンサルティングや、現地施設の広告宣伝と集客を請負うことで、海外展開を目指す事業者をサポートする役割も果たしている。2016年、上海に直営の「上海拉麺競技館」をオープンし、2号店となる成都はフランチャイズ契約での出店になっている。
施設内はまさに日本をイメージした作りになっており、紅白を主体とした提灯が飾られて、壁面には浮世絵を模したイラストが描かれている。在重慶日本国総領事館によると、成都市の人口は約1300万人だが在留邦人は571名のみ。つまり、完全に地元の中国人をターゲットにした施設ということになる。ラーメン1杯の価格は約50元(日本円で約800円)と現地では高価格帯にも関わらず、1店舗あたり一日平均100杯程度と盛況が続いている。北海道から九州まで日本各地の特色を持ったご当地ラーメンを揃えたことと、個別店舗ではなくフードコートスタイルを採用したことで、家族やカップルなどグループで訪れた際に、各人が個別に好きな店舗のラーメンを味わえ、さらには食べ比べが出来るシステムが受け入れられているようだ。
「拉麺競技館」の名誉館長を務めるフードジャーナリストのはんつ遠藤さんによると、人気の背景にはやはりここ数年の中国での日本食ブームがあるとのこと。『上海の場合は日本のラーメン店がすでに多く参入し、行列店も数多くあるなど「日式ラーメン」が浸透している素地があっての施設出店でしたが、成都の場合は日式ラーメンはおろか日本料理ですらそれほど浸透していない地域ということもあって、より幅広いラーメンの種類を提供しフードコートスタイルも取り入れて、気軽に色々なラーメンが食べられるようにしたことが功を奏しているのでは』と語る。今後この施設では半年から一年のスパンで店舗の入れ替えを行い、より多くのラーメンを提供出来る環境にしていくという。
日本と同じ品質のラーメンを出す苦労も
実際に中国で提供されているラーメンは日本のものと同じなのか。前述した「豚骨麺 あの小宮」の小宮さんは『スープの取り方など日本と変えていることはありません。煮干しなど一部の食材を除けば、日本と同等のラーメンを作れるだけの食材も現地で調達出来ます。しかし、豚骨などは日本の仕入れ価格よりも高価なので「中国=物価が安い」という当初の想定は覆りました」と語る。同じ豚骨ラーメンで、現在「成都拉麺競技館」に出店している「拉面久留米本田商店(麺屋眞)」の本田眞一さんも『久留米と同じ「呼び戻し」の手法で同じ濃さの豚骨スープを炊いてお出ししています。ただ、豚の食べている餌の違いなのか、同じようにスープを炊いていると若干日本では出て来ない「臭み」が出るので、香味野菜などを入れて味の調整をしています』と話す。
同じく「成都拉麺競技館」に出店している「京都中野麺屋(セアブラノ神)」の中野貴匡さんは『鶏は事前に想定していたよりも品質も良く安定していて、価格も日本での仕入れ価格より2割ほど安く入れられます。スープの取り方も日本でやっていることと同じです。麺は日本で作った麺をサンプルにして現地の製麺所に作ってもらっています。タレも現地で生産している日本の醤油メーカーのものを使って、日本と同じように作っています』と話す。また、はんつさんは『日本の食品の輸入規制も多く輸入ルートがない食材もあり、日本と同じ味が出せないというケースもありました。例えば煮干し、焼きアゴなどの入手が非常に困難でした』と話す。いずれの店も食材を現地で調達しスープを炊き上げるなど日本と同じ製法でラーメンを作っており、品質という意味においては日本と遜色ないものを提供していると言ってよさそうだ。
中国人の味覚に合わせた「塩味」の調整がポイント
しかし、海外でラーメンを提供する時に多くのラーメン店が悩む部分が「味付け(調味)」のバランスだ。端的に言うならば「塩味(えんみ=塩加減)」の強さは国や地域によってまったく異なる。小宮さんは『海外に出店する多くのラーメン店の方が、塩味の強さや油の多さ、麺の固さなどで迷われていると思います』と話し、前述したはんつさんも『上海のオープン時は「日本の味をそのまま」というのをコンセプトのひとつにしていましたが、途中で中国の方の嗜好に合わせて、クオリティは保ちながらも塩味を抑えるように変化しました。ベースのスープ自体は変えることなく、お客様が中国人の時はタレの分量を減らし、日本人の時は逆にタレの分量を増やして対応しています』と調味の工夫を語る。小宮さんもオープン当初は塩味を選べるようにしていたそうだが、今は「自分が美味しいと思う味で食べて欲しい」と、まずは店側で決めた塩度で提供して、あとは好みに応じるスタイルに変えたそうだ。
また前述した「京都中野麺屋」の中野さんは、同じ中国でも地域によって塩味の捉え方が異なると指摘する。『塩味の感じ方は北の方が高めで南の方が低めという印象です。上海では私たち日本人だとかなり塩味が低いと感じるものを好まれていましたが、成都では上海よりも濃いめの塩加減のものでも受け入れて頂けています』。さらに「拉面久留米本田商店」の本田さんは、四川ならではの独特な味覚も影響しているのではと推測する。『上海の場合はスープの濃度も含めて濃いと感じる方が多く「薄めるためにお湯をくれ」と良く言われましたが、成都の方たちは日常的に辛い物に慣れているからでしょうか、うちの場合は日本のラーメンと濃度も塩味もほぼ同じものでも飲み干して下さいます』。
日本のラーメン市場が成熟しつつある中で、今後もラーメン店の海外進出は加速度的に増えていくことだろう。アジアはもちろん欧米諸国や中東などでも日本のラーメン店が増えつつある中で、14億人の市場規模を誇る中国はラーメン店にとっては絶好のターゲットである。日本のままの味を提供するのか、現地の味覚にローカライズするのか、宗教上の禁忌の問題など、日本とは違った難しさも多い海外への出店だが、日本で百年もの長い歴史を繋ぎ築き上げられてきたラーメンという食文化が、ゆがむことなく中国をはじめ世界各地に広がっていくことを願ってやまない。