原爆裁判の判決は第23週。「虎に翼」の戦争は終わらない。尾崎CPインタビュー
放送が残り1ヶ月となった朝ドラこと連続テレビ小説「虎に翼」(NHK)。主人公・寅子(伊藤沙莉)が8年もの長きにわたる原爆裁判に判事として関わっている。
戦前の女性の生きづらさからはじまり、戦争を経て、寅子の問題意識はどこに向かっていくのか。モデルの三淵嘉子さんも実際に関わった原爆裁判を描くうえで意識したところなどを制作統括の尾崎裕和チーフプロデューサーに聞いた。
女性の生きづらさを幹に、枝が広がって戦争にまでテーマが及んだ
――原爆裁判について、よくぞ朝ドラで取り上げたと喝采する声があります。
尾崎「原爆裁判のエピソードは第20週から第23週まで時間をかけました。モデルの三淵嘉子さんは、実際に原爆裁判の裁判官のひとりでした。8年の審理の間に裁判官は入れ替わっていますが、三淵さんが最も長く関わった裁判官となります。ドラマでこの題材を扱うにあたり、残されている裁判記録に目を通しました。判決文は当然残っていますが、そこに至るまでの資料もあり、いつどのような手続が行われたか、内容も日付もわかります。弁護士の方たちの記録がネットでも読めるように資料化されていて、誰でも検証できるのです。それを読んで、時代の流れのなかでどのようなやりとりが行われてきたかを把握したうえで、ドラマに落とし込みました。ただ、裁判官が合議で何を言ったかは守秘義務があり残されていません。三淵さんが当時何を思ったかもわかりませんので、寅子をはじめとして、携わった裁判官たちがどう考えたかはドラマのフィクションとなります。史実に寄り添いつつも、このドラマの寅子だったらこう考えるのではないかというところを描いています。当時の裁判官もそうだと思いますが、被爆後、何年もある意味見捨てられていたともいえる被爆者の方々をどうしたら良いのか。史実としての判決は変わらないですが、そのプロセスのなかで寅子や裁判官たちがどう考えたのかがドラマとしての見どころになります」
――原爆裁判が控えているにもかかわらず、戦時中、原爆が落とされたことや、終戦の日などの寅子の感情を描かなかった理由を教えてください。
尾崎「戦後とは、戦争とはいつ終わるのだろう、ということに『虎に翼』はウエイトを置いています。寅子も夫・優三(仲野太賀)と兄・直道(上川周作)を戦争で失って、大きな悲しみを抱き続けています。8月15日に戦争終結が国民に知らされたとはいえ、寅子たちの戦争は終わっていないのです。総力戦研究所の過去を航一(岡田将生)が引きずっていたり、原爆投下から何年も経ったあとも被爆者の方々が苦しみ続けて裁判になったり。戦争はスパッとどこかで終わるのではなく、長く継続し、途切れることなく続いているという観念を描いています」
――原爆投下の瞬間や玉音放送をドラマのなかで描くと、そこであたかも終わったかのように思考停止してしまうということでしょうか。
尾崎「原爆について、東京にいた寅子たちは実際に目撃できないし、情報がどれくらい入ってきていたかということもあるので描きませんでした。玉音放送は最初から描かない選択をしていたわけではなく、構成を考えていくうちに、今回はなくてもいいのではないかとなりました。議論のすえ、戦争時代を厚く描くよりも、戦後を引きずっている人たちを描くことを選択したのです」
――もともとは、女性の生きづらさをテーマにドラマがはじまりましたが、そこに戦後の終わらない戦争まで手厚く描く理由はありますか。
尾崎「ドラマのスタート時点から、女性の生きづらさ、女性がどう生きていくかがドラマの幹としてずっとあります。そこから枝が広がって戦争にまで及びました。戦争によって女性たちがより弱い立場になりますし、もちろん男性も苦しんでいます。ドラマが進むことで、男女問わず様々な人達が苦しみ傷つき、問題が広がっていきます。轟(戸塚純貴)のようなセクシュアルマイノリティ、玉(羽瀬川なぎ)のような戦争によって障害を負った人など、様々な立場の人達の姿を描こうと思いました」
被害者と加害者はそんなに簡単に割り切れるものなのか
――戦争を描くうえでいまの時代の状況を加味していますか。
尾崎「戦争というテーマは、朝ドラでは繰り返し描いています。何度描いても、描き尽くすことはできず、その都度、様々な発見や視点や描き方があります。2024年の『虎に翼』で戦争を描くとしたらこういう形なのかなということで考えていったということです」
――尾崎さんは朝ドラには「ゲゲゲの女房」(10年度前期)には演出で参加し、「エール」(20年度前期)では制作統括として参加されています。「ゲゲゲ〜」も水木しげるさんの強烈な戦争体験を物語に落とし込んだドラマでしたし、「エール」ではインパール作戦に主人公が参加した場面、そこで悲惨な戦争体験を経て、自分もまた戦争に加担したのではないかという問題に踏み込んだ作品でした。「虎に翼」も総力戦研究所、原爆裁判と「踏み込んだ」と世間に注目されています。尾崎さんはなぜ踏み込んだ、あるいはなぜ踏み込めたのでしょうか。
尾崎「『エール』では僕は先輩(土屋勝裕)の下でやっていたのでクリエイティブの中心にはいなかったのですが、インパール作戦や、歌を作ることで戦争の後押しをしてしまったと感じる主人公を朝ドラで描くことは意味があると思いながら参加していました。『虎に翼』では総力戦研究所の話を航一がしたとき、杉田太郎(高橋克実)が『市民にできることはなかった』と言っています。吉田恵里香さんとは、ある種の責任ということについて、ひとりの人間としてできることはあったのか、なかったのか、被害者と加害者はそんなに簡単に割り切れるものなのか、というような話をした記憶があります」
事件や内容は一見バラバラに見えても、実は噛み合っている
――新潟編では、総力戦研究所、関東大震災での朝鮮人殺害、高校生の美佐江(片岡凜)によるなぜ人を殺してはいけないのかという問いなどが出てきます。どれも突き詰めると、平等とは何なのかという問いに行き着くような気がして。それらを積み重ねていった先に原爆裁判があり、さらに終盤に向かっていく。よく考えられた構成と感じますが、それぞれ1本ドラマができそうな題材をこうもたくさん短時間に盛り込んでいくことを尾崎さんはどう思いましたか。
尾崎「それぞれの事件や内容は一見バラバラに見えても、実は噛み合っていて、ひとつの塊として描かれていると思います。吉田さんのなかで調和されひとまとまりになっている。吉田さんの脚本は、情報量が多いことが魅力だと思います。事件に限ったことではなく、家庭の場面でも情報量やスピード感があります。例えば、直言(岡部たかし)が亡くなる週では、彼が亡くなったのは週の半ばの水曜日で、そのあとまだまだ物語が続きました。多くの内容が入っていても視聴者のみなさんはわかってくれるし、理解していただけるという確信をもって吉田さんは書いていると思います」
――原爆裁判に関わる判事のなかに汐見(平埜生成)がいます。彼の奥さんを朝鮮人の香淑(ハ・ヨンス)に設定したことと裁判とには関係がありますか。
尾崎「この先に汐見と香淑のことが描かれるとき、原爆裁判に汐見が関わったからこそのエピソードも出てくると思います」
2024年度前期 連続テレビ小説「虎に翼」
【作】 吉田恵里香
【音楽】 森優太
【主題歌】 米津玄師「さよーならまたいつか!」
【語り】 尾野真千子
【キャスト】 伊藤沙莉 岡田将生 森田望智 土居志央梨 桜井ユキ 平岩紙 戸塚純貴
毎田暖乃 余貴美子 高橋克実 沢村一樹 滝藤賢一 松山ケンイチ
【法律考証】 村上一博
【制作統括】 尾崎裕和
【プロデューサー】 石澤かおる 舟橋哲男 徳田祥子
【取材】 清永聡
【演出】 梛川善郎 安藤大佑 橋本万葉 伊集院悠 相澤一樹 酒井悠
【放送予定】 総合 (月~土) 午前8時 [再]午後0時45分 ※土曜日は1週間を振り返ります。BS BSP4K (月~金) 午前7時30分