築地市場で働いている人たちが、今一番考えていること。
今回は本日より全国公開の『築地ワンダーランド』の遠藤尚太郎監督のインタビューをお届けします。
築地場内市場って、知っているようで実はあんまり知られていないと思うのですが、その中心は場内に600店舗が軒を連ねる「仲卸」と呼ばれる人たちです。彼らの多くはエビならエビ、穴子なら穴子と専門の魚種のみを扱い、その専門的な知識こそが世界最大の鮮魚市場「築地」のスゴさを支えています。
彼らに惚れ込んでしまった監督が語るそのカッコよさ、そして移転に揺れる彼らが、今本当に望んでいることなどについて、お話を伺ってきました~。ということで、まずはこちらをどうぞ!
なぜ築地を映画にしようと思ったんですか?
「築地場内市場」は世界最大というだけでなく、他には類を見ない市場だと思います。映画にしたいと思ったのは、そのすべてにびっくりしたから。タイムスリップしたような雰囲気もそうだし、日本刀みたいな包丁を持ってる人もいるし、子車みたいなのも走ってる、ここどこだよ?みたいな場所に迷い込んだ感じがあって、それがわずか銀座から30分のところにある。すごいことですよね。
築地場内市場で初めての1年4か月という長期撮影では、許可を取るまでに時間がかかったとききました。結果的になぜ許可が出たと思いますか?
テレビの報道や食関係の雑誌の取材にはならわかるけど、映画って何をやるの?大丈夫なの?という空気が当初からあり、僕自身「できないかも」と思った瞬間は2回や3回ではありません。受け入れてもらえたのは、何か決定的なことがあったわけではありませんが、顔を突き合わせてこちらの趣旨を説明することで、徐々に賛同してくれる人が出てきたのだと思います。移転決定というタイミングで、失われていくものの姿を何かしら残したいという気持ちもあったのではないかと思います。
挿入されていた市場が完成した前後の古いフィルムは圧巻でした。貴重なものだったのではないですか?
あのフィルムは偶然見つかったものです。魚河岸水神社を管理している事務所で、誰も開けたことがなかった埃をかぶったジェラルミンケースの中にありました。
らゆる魚種を様々な調理法で食べる日本独自の食文化をテーマにしようとしたとき、それを育んできた築地市場の歴史110年、もっと言えばそれ以前の日本橋魚河岸時代の歴史、どういう経緯で今に至るのかという部分を、単なる情報の整理ではなく、感情をもって取り入れたかったんです。
フィルム自体は現像済みでざっくりとしたインデックスはあったのですが、どんなものが写っているのかはわからず、デジタル化しました。初めて見た時には、これはすごいと。築地市場の「竣工式」と「開場式」の、大きくふたつが記録されているんですが、当時の規模はもちろん、自分たちがどんな人からバトンを受け継いだのか、その重みを含めて、すごく感じるものがありました。
デジタル化したものが手に入ったのはちょうど移転時期が発表された時で、運命的な展開にちょっとびっくりして。フィルムに呼ばれたような気がしましたね。
映画の主役は、「仲卸」と呼ばれる人たちでしたね。
もちろん卸売りを始め、市場にはさまざまな人たちがいるのですが、この作品では特に、小さなビジネスの集積で市場を日々動かしている仲卸さんたちを主役にしたいなと。彼らは、食の概念がすごく複雑化する中で、多くはマグロならマグロ、穴子なら穴子といった魚種ごとの専門家として「目利き」をし、築地に集荷された魚を小売業者に「分荷」する役割を持った人です。「目利き」は品質の良しあしの判断と思われることが多いですがそうではなく、あくまで買い手が求める条件――品質、調理方法、季節感、メニュー構成、価格帯を加味し、そのうえで最高の魚を薦めるというものです。幼稚園の送り迎えに使う軽自動車を捜す人に、こっちのほうがいい車だからってロールスロイスを薦めるのは意味のないことですから。
僕自身、撮影中は仲卸さんからできるだけ買って食べていたのですが、本当においしいものだらけで。特に鮨ダネを扱う人たちっていうのは、例えば一個の発泡スチロールに何十本も入ってる中から、手の感触だけでその時に一番脂ののった一匹を選んだりするわけです。そうやって「これが一番いいよ」って進めてくれたものは、本当においしかったですね。
「魚を買ってるんじゃなくて人間を買っている」とおっしゃっているお鮨屋さんもいました。
築地は、かつての日本で一般的だった「家業」という概念がまだ残る場所です。売る方も家業なら買う方も家業で、先代先々代からの付き合いだったりする。修業時代に親方にさんざん怒られて「こんな仕事辞めてやる」ってなった時に、お茶一杯出して「親方だって若い時はこんなだったんだぜ」っていう話をしてくれた、売り手と買い手はそういう仲なんですよ。膨大な時間の中で互いに育みあい支え合って作り上げられた関係性なので、すごく濃いんですよね。
築地に出入りする人はみんなカッコいいなと思いました。
ちょうど僕が築地を訪れたのが震災の後で、日本が元気がない時だったんですが、築地には下を向いて歩いている人がいない。みんな胸張って歩いている。そういう古き良き日本の感じは、バブル後の世代の僕にとっては、それだけでもカッコいいなと。
もっと言えば「市場は土俵なんだよ」「築地は各産地の一番が競い合う場所だ」といった言葉に、彼らが日本の魚食文化のために「戦っている」ことを感じるからじゃないかと思います。例えば食のプロフェッショナルの求めに応えられる専門性の高さとか、一般消費者に食材を届ける使命感とか。「俺は好きなエビを売ってるだけだから」って言う売り手から買えるお客さんって幸せだと思いますよ。
そうした方たちが行政の無責任に翻弄されることに関して、監督自身はどんな風に感じていますか?
信念や状況、価値観など様々にある問題なので、白黒はっきりつけづらい、なんとも言えないですね。ただ一番大事なのは消費者がこの食文化を、どう未来に受け渡してゆくのかを考える、これをひとつのきっかけにしないといけないなと。
築地は自然発生的に生まれたわけではなく、消費者のニーズによって整備された市場で、需要と供給の関係性の中で発展し、変化してきた市場です。でも物流や一般の生活スタイルがこれだけ変化する中で、古いやり方――魚屋さんだけじゃなく、食の専門性あるいは職人性がある社会を維持するかどうかは、消費者のニーズ次第だと思います。どちらにしろ、市場は自分たちの日々の生活の延長線上にあることを忘れちゃいけない。当たり前に高品質の工業製品が世にあふれる便利すぎる今の世の中で、そういう意識が希薄になっている部分は少なからずあると思います。食の価値を再確認し、食べることの意味を考え、時代に則した食文化をどうしたら育んでいけるか。それをこのタイミングで考えてほしい。実は市場で働いている方が一番考えているのも、そこなんじゃないかと僕は思います。
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(C)2016 松竹
遠藤尚太郎
1978年生まれ。自主製作作品『偶然のつづき』が第27回ぴあフィルムフェスティバルに入選、観客賞を受賞。俳優小栗旬が初映画に挑む姿を織ったドキュメンタリー番組を手掛けるほか、広告やミュージックビデオなど幅広く手掛ける。本作が劇場初監督作品。