「性犯罪者」の住所詳細や顔写真まで…韓国で進む情報公開とその背景
韓国では、性犯罪の前科がある人物の個人情報を一般市民が知ることができる制度があり、ウェブやアプリで簡単に検索できる。強まる個人情報公開の背景には、市民の強い警戒心がある。
●2000年から公開
韓国の国会で2日、性犯罪の前科がある人物の住所を従来よりも詳細に公開する、青少年保護法の改定案が成立した。
これにより、以前は「邑・面・洞」という最小の行政単位までだった公開範囲が、「道路名および建物番号」まで拡大される。
つまり、該当人物がどの建物に住んでいるのかが分かるようになった。マンションやアパートなど集合住宅の場合は部屋番号までは明かされないが、一軒家の場合には住居が特定できる。
韓国で「性犯罪者身上公開」と呼ばれるこのような制度は日本に存在しないため、まずは制度について説明したい。
韓国の法務部が今年2月に発刊した『2020性犯罪白書』によると、韓国では90年代後半に「援助交際」が社会問題になったことを受け、2000年7月から青少年を対象に買春を行った人物の個人情報を公開する制度を取り入れた。
さらに、2006年からは政府がこうした人物の個人情報を登録し、それを一般市民が閲覧できるより広範囲な制度が導入された。2010年には個人情報をインターネットで閲覧できるようになった。
そして2011年からは新たに制定された「性暴力犯罪の処罰などに関する特例法」の下、青少年を対象にした性犯罪だけでなく、成人を対象に性犯罪を犯した人物の個人情報を公開するよう拡大された。
また2013年からは、公共密集地帯でのセクシャルハラスメント(痴漢など)や通信媒体を使った行為、カメラでの撮影(盗撮)などに性犯罪の範囲が拡大されている。
現在、個人情報の登録は法務部が、情報の公開・告知は女性家族部が行っている。
個人情報の登録期間については、懲役10年以上は30年、懲役3年以上10年以下は20年、懲役3年以下は15年、罰金刑は10年となっている。これとは別途、判決時に「個人情報公開の期間」や「電子バンドの着用(GPSを用い対象者の移動を記録および監視する)」などが同時に決まるシステムとなっている。
同白書によると、2008年から18年までに74,956件の「性犯罪者」の個人情報が登録された。登録の上に市民に公開・告知されているのは14,313件で全体の19.1%にあたる。なお、今日12月7日時点で公開されているのは3,614名だ。
年度別に見ると、新規登録者は2014年以降、毎年1万件を超えており、2018年は14,353件だった。内訳は強制わいせつ44.1%、性的暴行30.5%、違法撮影12.4%、公衆密集地帯でのセクシャルハラスメントの順だった。
なお、同様の制度は米国・英国・カナダ・フランス・スペイン・豪州など30か国で導入されている。中でも韓国は米国・英国・カナダから多くを参考にしたとのことだ。
●顔写真、身長体重…閲覧できる内容
「個人情報公開」の対象となった人物の情報は、女性家族部が運営する「性犯罪者お知らせ」サイトやアプリ、さらに郵便などで存在が公開されることになる。
携帯電話のアプリを見てみよう。「条件検索」の項目では名前・行政単位・学校(保育園・幼稚園・小中高校)の半径1キロ・市道別・道路名で探せる。また、地図で探す機能もある。
アプリ画面のキャプチャは禁止されているため、ここからは文字での説明となる。
上記の検索機能で対象者にたどりつくと、公開対象となっている人物の名前・年齢・住所(登録地および実際の居住地)・身長体重・正面および両横と全身写真、犯罪の内容・前科の内容・電子バンド着用情報が分かる。
同様の検索はウェブサイト(https://www.sexoffender.go.kr)でもできる。携帯電話などを通じ本人確認ができれば、誰でも利用できる仕組みだ。
韓国政府はさらに、郵便やメッセンジャーアプリを通じ公開対象となる人物が新たに決まったり転入してきた場合、該当地域の児童青少年の親権者・保育園幼稚園長・学校の校長などに知らせるサービスも行っている。
なお、個人情報が公開されるあいだ、該当人物は最低でも1年に一度、警察を訪れ写真を定期的に撮り直さなければならない。
●過剰な刑罰か、社会のためか
前掲の白書では、個人情報を登録し公開する制度の背景には「性犯罪者の再犯防止のためには厳罰主義に基づく厳格な管理監督が必要という国民的な共感」があるとする。
さらに公開対象者となっている性犯罪の前科がある人物にとっては「再犯時には簡単に検挙されるという心理的な圧迫を加え再犯を抑制する」効果があるとする一方、警察官にとっては「性犯罪発生時に登録済みのデータベースを通じ容疑者の範囲を縮小し、犯人の検挙を容易にできる」メリットがあるとしている。
また、地域住民にとっては「情報の公開または告知を通じ、性犯罪者の個人情報を知らせることで、自身と家族をみずから保護するための予防装置を備えられるようにする目的がある」と明かしている。
このように今でこそ当然のようになっている情報公開制度だが、導入初期には大きな議論となり2002年には違憲訴訟も行われた。当時の裁判資料を見ると、焦点は「二重処罰にあたるのか」や「過剰な刑罰にあたるのか」などだった。
合憲とした裁判官の意見には「情報公開は犯罪者個人を処罰するのではなく、現存する性暴力の危険から社会共同体を守るという認識を高めようとするもの」というものがあった。
一方、違憲とした意見には「情報公開は現代版の『らく印』にあたる羞恥刑ととても似た特性を持ち、人間としての基本的な尊厳と価値を保障する憲法理念に反する」と人格権の否定を指摘するものがあった。
当時、9人の裁判官のうち4人が合憲、5人が違憲としたが、違憲判決を充たすための6人に届かなかったため、結果的に合憲とされた。
また、2015年にはやはり憲法裁判所で、「カメラによる撮影とその未遂」で有罪判決が確定した人物を個人情報登録対象者とすることが、個人情報の自己決定権を侵害するのかについての違憲訴訟があった。これは「違憲」とされ、前述のように判決の重さによって個人情報登録期間が調節された。
●チョ・ドゥスンの出所控え
2日の国会では、これまで見てきたような個人情報公開範囲拡大と共に、性犯罪の前歴がある場合には教師の資格取得を禁止する小・中高等教育法ならびに幼児教育法の改定案も議決された。
また、セクシャルハラスメントまた売買春により懲戒を受けた教員が一定の期間、担任教師になれないようにする教育公務員法・私立学校法の改定案も成立した。こうした法は成立後すぐに施行されている。
韓国では過去、筆舌に尽くしがたい未成年者への性犯罪が起きた時に、罰則が強化される傾向があった。今回の一連の動きは、今月13日に予定されている趙斗淳(チョ・ドゥスン、68歳)氏の出所に合わせたものという見方が一般的だ。
2008年12月、趙氏は道行く8歳の女児に性的暴行をはたらいた上、重傷を負わせた罪で逮捕された。その後、懲役12年・7年間の電子バンド着用・5年間の情報公開処分の判決を受け服役中だ。事件当時、同氏は性的暴行を含め14の前科があったと韓国紙は報じた。
出所を控え、趙氏に関する報道は過熱気味だ。
5日、韓国の社会問題を扱う著名番組『それが知りたい』では、同じ刑務所にいた人物による「テレビや監視カメラからの電波で性的欲求を覚える」と伝聞証言(この人物本人が趙氏から聞いた訳ではない)を取り上げると共に、被害女児の相談ケアを続けてきた精神科教授の憂慮の声を伝えた。
趙氏は出所後、京畿道安山(アンサン)市にある自宅で、妻と生活を送ると明かしている。これを受け、あるニュース番組では趙氏の自宅付近の防犯ブザーや緊急通話装置などが作動するか一々確かめ、その多くが動作しないことを報じた。
なお、趙氏には出所後7年間、電子バンドの着用が義務づけられ、24時間体制でマンツーマンの監視が付く。一定量以上の飲酒も許されず深夜の外出も制限される。
前掲の『2020性犯罪白書』によると、2008年から18年までに個人情報登録対象となった性的暴行事件のうち、43%が18歳以下を対象に起きている(5歳以下0.7%、6〜12歳11.1%、13〜18歳31.2%)。
同白書によると同じ期間に性犯罪を犯し、再登録となった割合は3.9%(2901件)にのぼった。またこの中で個人情報公開の対象になっていた人物は0.9%(26人)だった。
こうした数値を高いと見るか低いと見るかは人それぞれだろう。また、該当制度の是非をめぐる議論も繰り返されている。だが、こんな韓国のオープンな制度が性犯罪に対する一定の社会不安の下に支持されている点は間違いないと言える。