米国はセクハラ問題にどう対峙したのか?「日本の#MeToo事件、安倍氏の伝記作家が同僚をレイプ」英紙
伊藤詩織氏が勝訴した日本の#MeToo裁判は、海外でも大きく報道された。
中でも、英紙タイムズは「日本の#MeToo事件、安倍氏の伝記作家が年下の同僚をレイプ」という衝撃的なタイトルで、「安倍晋三首相に近いジャーナリストは刑事事件では不起訴となったものの、日本の裁判所は彼が若い女性の同僚をレイプしたという判決を下した」、「伊藤氏は裁判を放棄しないことで、女性被害者が無視や差別をされて不満を訴えているシステムに対し、稀に見る挑戦をした。彼女の挑戦は、セクハラや性的暴行に対する世界的な#MeTooムーヴメントが日本で最も顕著に表れたものといえる」と評価している。
掴んで抹殺する
ハリウッドの映画プロデューサー、ハーヴェイ・ワインスタイン氏が数多くの女優やモデルなどに対して性的暴行を加えていたことが発覚して起きた#MeTooムーヴメント。このムーヴメントが始まって2年経った今年10月、『Catch and Kill』という本が米国で発売されて大きな話題を呼んだ。著者は、俳優ウッディ・アレン氏と女優ミア・ファロー氏を父母に持つ、ジャーナリストのローナン・ファロー氏。ファロー氏は、2年前、ワインスタイン氏の性的暴行疑惑をスクープして注目され、彼のスクープ記事を掲載した雑誌「ニューヨーカー」はその記事でピューリッツァー賞を受賞した。
「掴んで抹殺する」という名の同著には、ワインスタイン氏から性的暴行を受けた女性たちの告白とともに、金の力で、性的暴行という事実を買い取って、世に出ないように抹殺したワインスタン氏やテレビ局の実態が明らかにされている。パワーを持つ側の人間が、多額の示談金で、性的暴行という事実を買い取る際に交わしたのが、秘密保持契約(NDAs)と呼ばれる取り決めだ。お金を払うから、話は秘密にして口外するなというわけである。ファロー氏よると、その時に支払われた金額は6〜7桁(1千万円単位〜1億円単位)にも及んだという。
トランプ氏のレイプ疑惑
同著では、トランプ大統領が、1994年に13歳の少女をレイプしたという疑惑も“Catch and Kill”された可能性が指摘されている。それは、当時、トランプ氏が、性的暴行で逮捕され、今年8月に獄中自殺した投資家ジェフリー・エプスタイン氏の自宅で行われたパーティーに参加、パーティーに来ていた13歳の少女をベッドに縛り付けてレイプしたという疑惑だ。
2016年9月、当時13歳だったその女性がトランプ氏を訴えると、タブロイド誌「ナショナル・エンクワイアラー」を発行していたAMI(アメリカンメディア社)のエディター、ディラン・ハワード氏と当時トランプ氏の顧問弁護士を務めていたマイケル・コーエン氏は頻繁にコンタクトを取り始めたという。ハワード氏は、その女性の弁護を務めていたリサ・ブルーム氏に訴訟を取り下げるよう働きかけ、実際、その訴訟は、2016年11月の大統領選の直前に取り下げられたというのだ。それ以来、その女性は表に現れていない。つまり、トランプ氏側は“Catch and Kill”に成功したと考えられている。
ちなみに、AMIは、2016年の大統領選に先駆け、トランプ氏の愛人だったという元プレイボーイモデル、カレン・マクドゥーガル氏の話も15万ドルで買い取ることで“Catch and Kill”していた。
「秘密保持契約」を禁止
「秘密保持契約」によりセクハラや性的暴行という事実が抹殺されていたという問題。
しかし、アメリカはこの問題に素早く対処した。州政府は、企業がセクハラの被害者の口を封じるために「秘密保持契約」に署名させ、セクハラが表面化しないようにしていることを問題視し始めたのだ。
その結果、2018年初めには、26の州で、セクハラや性的暴行などの性的不適切行為に対して「秘密保持契約」を結ぶことを禁止する法案が提案され、少なくとも12の州で承認された。
つまり、この法律により、被雇用者はセクハラを受けたら訴訟することができるようになり、企業はこれまでのように秘密裏にセクハラを受けた被雇用者と示談交渉ができなくなった。筆者が住むカリフォルニア州の場合も、2018年9月、州知事がこの法案に署名、2019年1月から施行された。
被害者が重荷を背負う
しかし、この法律には、反対の声も上がっている。この法律は、野放しにされてきたセクハラの加害者がこれからもセクハラをすることを未然に防止できるかもしれないが、被害者側がセクハラを受けた事実を秘密にしたい場合や訴訟ではなく示談金により解決したい場合は、そうすることが難しくなるからだ。そのため、結果的に被害者側が重荷を背負うことになる懸念が指摘されている。
「秘密保持契約」を禁止すると、企業側は示談交渉する気をなくし、示談交渉に及んだ場合も被害者は交渉力を失う。
また、被害者には、訴訟を起こすか、あるいは沈黙するかという2つの選択肢しか与えられなくなる。訴訟という道を選ぶと、被害者には莫大なお金がかかり、精神的にも大きな負担となる。そのため、被害者は沈黙という道を選んでしまうかもしれない。しかし、そうなると、セクハラの加害者の野放し状態は続き、セクハラもまた行われてしまうことになる。
また、被害者の多くは、セクハラされた事実が明るみに出る訴訟よりも、プライバシーが尊重される示談を望んでいるという。
つまり、「秘密保持契約」を禁止することで、セクハラの被害者が訴訟を起こし、野放しにされてきたセクハラの加害者のセクハラを防ぐことができるという主張に対し、セクハラの被害者のプライバシーを尊重し、「秘密保持契約」を通して示談金でセクハラを解決するという選択肢も被害者に与えられるべきだという声もあるのだ。
勇気ある告発
2つの議論で揺れるアメリカ。
それでも、セクハラを防止するために、セクハラの被害者たちがセクハラされたと声を上げ始めたことは大きな躍進だ。
これまで米国では、セクハラの被害者の多くは、セクハラされたことはスティグマであると考え、トラウマに苛まれながら沈黙を守ってきた。前述のファロー氏の姉ディランさんも幼少期、養父ウッディ・アレン氏から性的虐待を受けたためにトラウマとともに生きてきた。しかし、2014年、その事実を初公表、アレン氏を告発して注目を浴びた。ディランさんはアレン氏を告発した理由について、前述の著書『Catch and Kill』の中でこう話している。
「前に進めと言われてもできないの。なぜって、あの出来事はいつも私のそばにあるから」
そばから離れない性的虐待という記憶。それゆえに、アレン氏を告発したディランさん。彼女の中には、誰かが声をあげない限り、これまで多くの女性が泣き寝入りしなければならなかった性的虐待という問題は解決できないというジレンマがあったに違いない。
日本でも、力関係の不均衡によるセクハラは数多く起きているはずだ。
#KuTooムーヴメントや職場でのメガネ禁止令でいまだ男尊女卑的思考が罷り通っていることが証明され、最近発表されたジェンダーギャップランキングでも世界121位という惨憺たる順位に転落した日本であるから、なおさらのことだろう。多くの女性が、セクハラを受けても泣き寝入りしているために、問題が表面化していないだけだろう。日本はまたことさら周囲の目を気にする社会でもある。そんな社会では、スティグマを受ける恐怖から、声を上げることができない女性が多いことも容易に想像できる。
しかし、ディランさんやワインスタイン氏から性的暴行を受けたことを公表した女性たち、そして、伊藤詩織氏のように、誰かが声を上げない限り何も変わらない。性的虐待者は社会に野放しにされ、性的虐待を犯し続けるだけなのだ。
ファロー氏は『Catch and Kill』を書くことができたのは、女性たちの勇気のおかげだと話している。
「女性たちが勇気を出して、性的虐待を受けたことを打ち明けてくれた。そんなガッツがある女性たちが現れたから、他の女性たちも続いて打ち明けてくれたんだ」
勇気を出して性的虐待を受けたことを公表し、告発した伊藤詩織氏。伊藤氏に続いて性的虐待の告発をする勇気ある女性たちが現れ、日本社会を変える一助になってくれたらと願う。
(参考)
Despite #MeToo Glare, Efforts to Ban Secret Settlements Stop
The call to ban NDAs is well-intentioned. But it puts the burden on victims.