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のぼせて浴槽からあがれない家族を救出 お湯は抜かずに浮力を活用しよう

斎藤秀俊水難学者/工学者 長岡技術科学大学大学院教授
浴槽の湯を抜くと救出できない。ならば湯を抜かずに…(筆者撮影)

 のぼせて浴槽から自力であがれない家族を発見したら、浴槽のお湯を抜かずにその人(傷病者)をお湯から引きあげます。お湯の浮力を上手に使うのがコツ。逆にお湯を抜いてしまったら、数人の力でも傷病者を浴槽から引きあげられなくなります。そうしたら、119番をかけて救助隊を呼びます。

 動画1にお湯の浮力を活用した救出手技例をまとめました。

動画1 お湯の浮力を活用した救出手技例(筆者撮影、3分41秒)

湯の浮力を使えば30秒ほどで救出完了

「水難救助を極めた者は、溺者を水からあげる技術に精通している」と言われるくらい大変な「水からあげること」は、一般の人が家庭内浴槽で体験する可能性が高いのです。のぼせて浴槽から自力であがれない家族を発見したら、お湯の浮力を活用しましょう。救助者が一人でも30秒ほどで救出が完了します。

 具体には図1に示すように、お湯を抜かずに傷病者の背中を手前に向け、傷病者の脇の下に救助者の両腕を通し、傷病者の前腕をしっかりとつかみ、1,2,3で上下に静かに揺すって引きあげます。

図1 傷病者の前腕のつかみ方(筆者撮影)
図1 傷病者の前腕のつかみ方(筆者撮影)

 図2のように、一度傷病者を浴槽の縁に座らせて一息つき、つかんだ前腕を離さないようにして静かにお尻から浴室床面におろします。ここまでおよそ30秒です。このあと傷病者が立ち上がることができれば一緒に歩いて暖かい居間に移動、立ち上がれなかったら毛布の上に腰をおろしてもらい、その毛布を救助者が引っ張って移動します。

図2 浴槽の縁に座らせて一息つく(筆者撮影)
図2 浴槽の縁に座らせて一息つく(筆者撮影)

浴槽の湯を抜いてしまったら

 救助者一人ではとても傷病者を浴槽の縁の高さまで腕力であげることはできません。それどころか、傷病者は浴槽内でビクとも動きません。カバー写真ではその様子を表現しています。動画1でも救助者役が傷病者役を持ち上げようとしますが、ビクともしない傷病者役を目の前に声も絶え絶えに「ムリ」とつぶやいています。

 浴槽の中に救助者が入れば何とかなるかと、例えば浴槽内に一人、浴槽外に一人を配置して傷病者を持ち上げようとしましたが、浴槽が思ったよりも狭くて救助者が身体を動かすことのできる範囲が限られていて、やはり持ち上げられません。

 浴槽の湯を抜いてしまったら、119番に電話をして消防の救助隊を呼び、救助隊員から救出してもらうことになります。救助隊員は日頃からこのような狭い場所での傷病者の救出訓練を行っています。

正しい救出法以外は時間がかかる

 浮力を活用し何を目指すかというと、短時間のうちに湯の中から傷病者を救出し、適切な応急手当につなぐことです。でも手順を間違うとうまく救出につなげることができません。例えば図3のように傷病者の上半身を浴槽外に引っ張りだすことで上半身は浴槽外に出すことはできますが、続けて下半身を浴槽外に出すことは極めて難しくなります。傷病者にとってもこの姿勢は痛くて辛く、余計な負担をかけてしまいます。間違った方法で1分、2分の時間を無駄にすることで傷病者の容態が悪くなることも十分あり得ます。

図3 この方法では時間がかかるし、傷病者へ負担を与える(筆者撮影)
図3 この方法では時間がかかるし、傷病者へ負担を与える(筆者撮影)

どうしても救出できる自信が持てない時

 他の家族を大きな声で呼びます。何も手を差し伸べないと傷病者はそのうち意識を失って顔がお湯に沈み始めるかもしれません。家族を待つ間には動画1の後半にあるように傷病者の身体を水中で軽く支えるようにして、背浮きの姿勢を保つようにします。水難において、背浮きは基本中の基本の実技です。とにかくどうしようもなく迷ったら、背浮きを思い出してください。背浮きは人の浮力を最大限活用する基本姿勢です。

 傷病者を長い時間浴槽の中でそのままにせざるを得ない時、気道を確保するために緊急的に空気枕を活用することができます。図4にその様子を示します。空気枕の具体の挿入方法などについては動画1の後半に示してあります。膨らませた空気枕を後頭部から差し込み、顔面が安定して浮くように仕向けます。過去に入浴する人の意識が浴槽内でもうろうとしたことがあるならば、空気枕は浴室に準備しておくのもおススメです。ただし、あくまでもこの空気枕の使用は緊急的な場面に限ってください。 

図4 どうしても傷病者のそばを離れるなら、浮き具の使用も考えたい(筆者撮影)
図4 どうしても傷病者のそばを離れるなら、浮き具の使用も考えたい(筆者撮影)

さいごに

 浴槽内で立ち上がれなくなる場面には、年を重ねればいつかは自然と出会うことになります。「昨日は立ち上がれた、今日も立ち上がれた、だから明日も大丈夫」ではないのです。一度立ち上がれなくなっても、また数日間は立ち上がることができ、再度立ち上がれなくなることを繰り返して、年をとっていくのです。

 いつかは訪れるこのような困難。少しずつ準備をして備えたいものです。

水難学者/工学者 長岡技術科学大学大学院教授

ういてまて。救助技術がどんなに優れていても、要救助者が浮いて呼吸を確保できなければ水難からの生還は難しい。要救助側の命を守る考え方が「ういてまて」です。浮き輪を使おうが救命胴衣を着装してようが単純な背浮きであろうが、浮いて呼吸を確保し救助を待てた人が水難事故から生還できます。水難学者であると同時に工学者(材料工学)です。水難事故・偽装事件の解析実績多数。風呂から海まで水や雪氷にまつわる事故・事件、津波大雨災害、船舶事故、工学的要素があればなおさらのこのような話題を実験・現場第一主義に徹し提供していきます。オーサー大賞2021受賞。講演会・取材承ります。連絡先 jimu@uitemate.jp

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