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元J1王者に胸を借りなかった関東1部クラブ 天皇杯2回戦:川崎フロンターレvs栃木シティFC

宇都宮徹壱写真家・ノンフィクションライター
天皇杯2回戦で川崎フロンターレに挑んだ栃木シティFC。元J1王者に果敢に挑んだ。

 天皇杯 JFA 第103回全日本サッカー選手権大会(以下、天皇杯)の2回戦が6月7日に各地で開催された。この日、行われたのは32試合のうち29試合。今大会も2回戦からJ1・J2クラブの登場となるのだが、取材者としてはカップ戦らしい「カテゴリーを超えた対戦」を楽しみたい。

 というわけで、この日チョイスしたのが、等々力陸上競技場での川崎フロンターレvs栃木シティFC。J2の栃木SCと混同しそうになるが、こちらは宇都宮市ではなく栃木市がホームで、現在は関東1部に所属している(以下、栃木Cと表記)。

 川崎は台風2号の影響で、この日に出場するJクラブの中で唯一、先週末は試合がなかった。とはいえ、中3日を挟んだ日曜日には、4位のサンフレッチェ広島をホームに迎える。結果、この日のスタメンは出番が少なかった選手が中心。それでも、チョン・ソンリョン、チャナティップ、そしてレアンドロ・ダミアンと錚々たる名前が並ぶ。

 カテゴリーだけを見れば、元J1王者に5部のクラブが挑む構図。しかしながら栃木Cは、地域リーグ所属のクラブでも、かなり特殊な立ち位置にある。選手は全員がプロ契約。栃木市に5000人収容の自前のスタジアム「CITY FOOTBALL STATION」を建設し、Jクラブ顔負けの豪華なチームバスで等々力に乗り込んできた。

 ここまで予算を投下しているにもかかわらず、栃木Cは2020年と22年にはあと一歩のところでJFL昇格のチャンスを逃している。おそらくクラブ関係者の誰もが「本来なら地域リーグにいるべきではない」という密やかな自負を抱いているはずだ。そして天皇杯での川崎との対戦は、彼らにとって全国にアピールする絶好のチャンスであった。

1点ビハインドの栃木Cは事前のスカウティングとベンチワークが奏功。65分に待望の同点ゴールを挙げる。
1点ビハインドの栃木Cは事前のスカウティングとベンチワークが奏功。65分に待望の同点ゴールを挙げる。

■栃木Cの同点弾を導いたスカウティングとベンチワーク

 キックオフは19時3分。先制したのは川崎だった。18分、小塚和季のシュートが相手DFに当たったところを、遠野大弥がすかさず左足で蹴り込み、弾道はそのまま栃木Cのゴールに吸い込まれていく。このまま川崎の攻勢が続くかと思われたが、前半はこの1点にとどまった。

 栃木Cが命拾いしたのは、前線のレアンドロ・ダミアンがフィットしなかったことが大きかった。今季は怪我で出遅れてしまい、リーグ戦では途中出場が2試合のみ。鬼木達監督も「トレーニングマッチもやれていない中、公式戦でどれだけできるか」という状況だったと語っている。

 1点ビハインドの栃木Cが、反撃に転じる契機となったのが、54分のベンチワークだった。大嶌貴と田中パウロ淳一に代えて、関野元弥と藤原拓海を投入。このうち背番号17の藤原が、スピードを生かしたドリブルで何度も右サイドを切り裂いてゆく。

 栃木Cを指揮する今矢直城監督は、川崎をスカウティングした結果「前の6枚と後ろの4枚の間にスペースが生まれる」ことを発見。54分の交代も「藤原のスピードを生かせば右サイドの裏を取れる」という明確な狙いがあった。

 そして65分、ついにその時が訪れる。右に展開した加藤カレッティ丈がスルーパスを通し、追いついた藤原がワンタッチでクロスを供給。逆サイドに走り込んでいた戸島章がダイビングヘッドでネットを揺らす。関東1部の栃木Cが、ついに元J1王者に追いついた。

 しかし、栃木Cの多幸感に満ちた時間は6分しか持続しなかった。71分、宮代大聖から瀬古樹とつなぎ、相手のディフェンス網をかいくぐった遠野が左足で勝ち越しゴール。さらに89分には、大南拓磨の右からのクロスに宮代が左足ボレーで3点目を決め、これで勝負ありとなった。

結果は1-3の敗戦に終わったものの、最後まで勝負を諦めなかった栃木C。試合後には温かい拍手が送られた。
結果は1-3の敗戦に終わったものの、最後まで勝負を諦めなかった栃木C。試合後には温かい拍手が送られた。

■栃木Cの「リスペクトしすぎない」姿勢を下支えしたもの

「天皇杯というトーナメントで、しっかり勝ち上がれたことはよかった。チャンスの数は決して多くはなく、相手の狙いどおりの形で失点してしまいました。そこで慌てずに逆転できたのは、彼らの成長であり、新たな競争がしっかりできたゲームだったと思います」

 試合後の会見。出番が限られていた選手たちがしっかり機能し、途中出場の選手たちも結果を残したことに、川崎の鬼木監督は一定の満足感を示していた。対する栃木Cの今矢監督は、元J1王者に胸を借りるつもりなど、まったくなかった様子。

 いわく「同点に追いついてから、追加点を奪えなかったのが残念。延長になっていたら(勝敗は)わからなかったと思います」。さらに「本当は15分までに1点を取りに行きました。先制したら追加点を挙げて、相手を焦らせたかったんですが、そう簡単にはいかなかったですね」と続ける。

 現在は関東1部ながら、前身の栃木ウーヴァFC時代には8シーズンをJFLで戦った。JFL昇格を懸けた地域CLで、ほんのわずかな幸運があれば、今頃はJFLのさらに上で活動していたかもしれない──。そんな思いが、必要以上にJクラブをリスペクトしすぎない、栃木Cの姿勢を下支えしていたのではないか。

 この日はガンバ大阪と大分トリニータが、高知ユナイテッドSCとヴェルスパ大分というJFL勢に敗れている。等々力でジャイアント・キリングが起こる可能性も、決してゼロではなかったと思う。

<この稿、了。写真はすべて筆者撮影>

写真家・ノンフィクションライター

東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。『フットボールの犬』(同)で第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞、『サッカーおくのほそ道』(カンゼン)で2016サッカー本大賞を受賞。2016年より宇都宮徹壱ウェブマガジン(WM)を配信中。このほど新著『異端のチェアマン 村井満、Jリーグ再建の真実』(集英社インターナショナル)を上梓。お仕事の依頼はこちら。http://www.targma.jp/tetsumaga/work/

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