ディープインパクトの不思議で新たな物語を、武豊が語る
偶然北海道にいた時に届いた訃報
「こんな事があるんですね!」
受話器の向こうから聞こえる武豊の声が珍しく興奮気味にそう語った。
話は2019年に遡る。その年の夏、日本のナンバー1ジョッキーと次のような会話をしたのを覚えている。
「ディープインパクトが死んでしまいましたね」
私がそう言うと、彼は答えた。
「早過ぎますよね。ニュースを聞いた時、たまたま北海道にいたので、すぐに社台スタリオンステーションへ行きました」
日本最強馬が星となる2日前、天才騎手は札幌競馬場にいた。前日は小倉競馬場で騎乗していたが、その日はメインレースであるクイーンS(GⅢ)で、ディープインパクト産駒のエイシンティンクルに騎乗するため札幌にいたのだ。そして、その翌週も小倉で乗る事になるのだが、クイーンS後、すぐには移動せず、たまたま北海道に残っている時に、訃報が届いた。
「社台スタリオンに駆けつけた時には既に荼毘に付されていたので、馬房の前で手を合わせて来ました」
あれから4年が経ち、今年23年の3歳馬はディープインパクトのラストクロップとなった。その中から、イギリスとアイルランドでダービー(GⅠ)を勝つオーギュストロダンが現れた。武豊の熱を帯びた声はまだ続く。
「ディープインパクトゲート(ノーザンホースパーク)の除幕式に参列させていただきましたけど、丁度時を同じくして、オーギュストロダンがエプソムでダービーを勝ちました。オーギュスト・ロダンといえば彫刻家として有名な人ですよね。それがモニュメント(ディープインパクトゲート)の除幕式と同じ時期に勝つなんて、こんな不思議な事があるんだな?って思いました」
命日に続く物語
そんな不思議な物語はそれで終わりではなかった。
今週末、現地時間29日、イギリスのアスコット競馬場でキングジョージⅥ世&クイーンエリザベスS(GⅠ)が行われる。ここにまたオーギュストロダンが出走を予定しているのだが、その翌日の30日は、父ディープインパクトの命日なのだ。そして、そんな日に朗報を届けようとしているのは、オーギュストロダンだけではないのだった。
「命日にはライトクオンタムに乗ります」
と、武豊。30日、札幌競馬場で行われるクイーンS(GⅢ)で、ディープインパクトのラストクロップの1頭であるライトクオンタム(栗東・武幸四郎厩舎)に騎乗するのだ。
「小説やフィクションでこんな事を書いたら『そんなうまい話はないですよ』って笑われちゃいますよね。でも、現実にこういう事が起きるのが競馬の面白いところですね」
そんなエモーショナルな一面と同時に、現実の厳しさを教えてくれるのが競馬である事は多くの人が知っているだろう。だから、父の命日を最後の子供達が勝利で飾れるかは分からない。しかし、現役でいながら伝説のジョッキーは「クラシック本番では少し調子が落ちていたように感じました。52キロだし、シンザン記念を勝った時のレースぶりを考えれば、ポテンシャルとしては通用しておかしくないと思っています」と語る。アスコットで、札幌で、父が背中を押してくれるシーンがあるだろうか。日本競馬史上最強馬の、新たなる物語に注目したい。
(文中敬称略、写真撮影=平松さとし)