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タバコをやめるための道のり

石田雅彦科学ジャーナリスト
(写真:アフロ)

ここ何回かのタバコに関する記事で筆者は、家族や同僚などの周囲の人たちがどうすればいいのか、どういう態度をとれば喫煙者がタバコをやめる行動に移ることができるかについて、専門家の意見を紹介しつつ書いてきた。父の日の父親へのプレゼントに電気加熱式タバコを選ぶ子が多いことがニュースになったが、電気加熱式タバコの評価はともかく、喫煙者である父親の健康を気遣っているのは誰よりも家族だ。

前回の記事で磯村毅医師の「喫煙者は、ドーパミン欠乏という恐怖、そしてそこからの心理的解放という、いわば『二重洗脳』の状態に陥っている」という言葉を紹介したが、何かに依存している人はその対象が奪われる恐怖にいつも脅かされている。

世の中が喫煙者に対して厳しい視線を投げかけてくるようになった昨今、彼らの怯えはかなり増幅していると言える。「北風と太陽」ではないが、そういう心理状態になっている喫煙者に「タバコをやめろ」とか「受動喫煙防止を厳しくする」と言っても一層、頑なになってしまうだろう。

楽園から追放された喫煙者

ニコチンによる刺激で、本来なら正常に機能するはずの脳内ドーパミンが効きが悪くなり、その結果、喫煙者はタバコ以外の「生きる喜び」を感じにくくなる。さらに、喫煙者はストレスがかかる場面で非喫煙者のように脳から自然にドーパミンを放出し、その事態を乗り越えることができなくなってしまう。

こうしたサイクルを磯村医師は「失楽園仮説」と名付けているが、喫煙者がタバコによる依存から抜け出すためには、上記のようなニコチンの作用や弊害を本当に自分で理解し、納得しなければならない。

喫煙者が家族にいて、その人にタバコをやめてもらいたい場合、禁煙本を転がして置いてみるのもいいし動機づけ面接法といったアプローチもある。

喫煙者は得てして、タバコが健康にどんな悪影響を与えるか、密かに自分で調べてよく知っている。その知識は正確とは言えないことも多いが、禁煙の効果を本心から知ったとき、喫煙者はタバコをやめる行動に移す。これをヘルス・ビリーフ・モデル(Health Beliief Model)と言う。

生活習慣病や依存症の治療は、何より医師や医療関係者が患者の行動を変えるのではなく、患者自らの考えで患者自身の行動が「変容」することが大事だ。そのためにも身近にいる家族は、喫煙者が今どんな心理状態にあるか理解しておいたほうがいい。

喫煙者はどの段階にいるか

依存症の治療には、数多くの行動変容理論を統合して考えられたプロチャスカ(Prochaska)の段階(ステージ)モデルというものがある(※1)。これは患者の関心の度合いや状況により、行動変容の段階を分類したものだ。

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プロチャスカの「段階モデル:行動変容理論」では、患者の心理状態や行動に以下のようないくつかのステージがある、と考える。

1)前熟考(無関心)期:行動変容への抵抗、6ヶ月以内に行動変容に向けた行動を起こす意思がない時期

→ 情報提供、利点とリスクの強調

2)熟考(関心)期:近づきつつある変化、6ヶ月以内に行動変容に向けた行動を起こす意思がある時期

→ 動機づけ、自信を持つ、障害の排除

3)準備期:準備を始める、1ヶ月以内に行動変容に向けた行動を起こす意思がある時期

→ 実行可能な行動計画、決意を固める

4)実行期:動き出すとき、明確な行動変容が観察されるが、その持続がまだ6ヶ月未満である時期

→ 成功体験の強化、周囲の支援

5)維持期:そこにとどまること、明確な行動変容が観察され、その期間が6ヶ月以上続いている時期

6)繰り返し期(再発期):逆戻りから学ぶ

→ しばらくはできたことへの承認、次の動機づけ →熟考(関心)期へ →繰り返し →再発の予防、周囲の支援

7)完了(確率)期:変容サイクルから抜け出す

※:イラスト:「いらすとや」の素材をアレンジ。

こうした段階ごとに適切な介入が提案されていて、患者はそれぞれの段階を行きつ戻りつしながら、最終的には行動変容を達成し、依存サイクルから離脱することができる。家族など身近に喫煙者がいるなら、彼らがいったいどんなステージにいるのか、ちょっと観察してみて欲しい。電気加熱式タバコを孫からプレゼントされたおじいちゃんが準備期にいたなら、それをきっかけに禁煙を決意するかもしれない。

禁煙サポートでは、あくまで禁煙を希望する喫煙者の主体性を重視することが重要だ。自らの意志でやめようと決意しなければ、再び依存サイクルへ戻ってしまうだろう。「わかっちゃいるけどやめられない」喫煙者がいったい何を考え、どう行動したいのか、家族はその本心を察して心理状態を理解しつつ、タバコをやめようと彼ら自身が決意するための後押しをするべきなのだ。

※1:J O. Prochaska, Carlo C. DiClemente, "Stages and Processes of Self-Change of Smoking- Toward An Integrative Model of Change." Journal of consulting and clinical psychology, Vol.51(3), 390-395, 1983

科学ジャーナリスト

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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