喫煙者に家族がとるべき「3つの態度」とは
喫煙者の多くはタバコについての知識が豊富だ。タバコの害についても、かなりよく調べて知っている人も多い。だから、タバコのパッケージに悲惨な症例の写真や警告表示を載せるのは、未喫煙者や社会に対するインパクトは大きくても、喫煙者自身にはあまり効果はない、という意見もある。
説教してはいけない
前回に引き続き、禁煙外来での禁煙サポートを中心にした依存症の行動療法を続けている磯村毅医師にそのあたりのこと、さらに家族に喫煙者がいる場合のほかの家族の対応について聞いてみた。
──喫煙者に恐怖心を与えることに効果ないのか。
磯村「タバコ依存症の人たちは、タバコのパッケージに恐ろしい写真が掲載されていても逆にそれがストレスになってしまい、ストレスから逃れようとしてさらにタバコを吸ってしまう、という悪循環に陥りがちです。喫煙者は、タバコを吸えばストレスが解消できる、と誤解しているんですね」
──なぜ警告表示が逆効果になるのか。
磯村「依存症の人たちは、自分の依存行動を内心では否定していますから、より悪く言われることでさえ、好意的に解釈することがあります。こうした警告表示もその一種で、気に掛けてもらえている、という状態が依存症の人たちにとって救いだったりするので、叱責したり説教をするのも逆効果です」
オーストラリアのタバコパッケージ。「Cigarette package Health Warnings」(カナダがん協会)より。
──しかし、家族はどうしても注意したくなるが。
磯村「タバコを吸う行為に対し、簡潔かつ具体的に伝える、ということが大事です。長々と説教するのは逆効果。子どもの前では吸わないでほしいとか、呼吸器系の健康診断には定期的に行ってほしいとか、淡々と具体的に要望を伝えるようにするのがいいと思います」
世話を焼くな
──非喫煙者が良かれと思っていることが、喫煙者にとって逆効果になることがあるのか。
磯村「その通りです。まず、タバコに限らず依存症の人に対して世話を焼いてはいけません。例えば、ベランダでタバコを吸ったとします。その火が下の階の洗濯物を焦がしてしまい、下の階の住人が苦情を言いに来た場合、タバコを吸った本人に謝罪させるなど、自分で解決させます。決して家族が代わりに謝ったりしてはダメなんですね」
──なぜ世話を焼くのは逆効果なのか。
磯村「依存症の人たちは、自分でも失敗した、と思っていますが、タバコを吸った不始末を誰かが代わりにやってくれると、タバコを吸っても大丈夫だと依存状態を自ら認めてしまうんです。依存から生じた問題、例えばタバコを買うお小遣いがないとか、吸い殻からボヤが出たとか、タバコのせいで咳き込んでいるとか、そういうことを家族が代わりに解決してあげるのは依存症をさらに悪化させやすいんです」
ご褒美をあげる
──説教せず、世話を焼かず、家族はどう行動すればいいのか。
磯村「ライターはどこへ置いたかななど、タバコに関する会話が喫煙者から出てきても無視をするのがいいでしょう。タバコが切れると喫煙者はイライラしますが、そうした状態は本来の姿ではありません。イライラしているときの依存症の人たちとの会話は、ほとんどが依存症を悪いほうへ向かわせます。叱ったり、かまったりせず、適度な距離を保つことが大事なんですね」
──喫煙者に対する家族の態度はどうか。
磯村「タバコを吸わないときには機嫌良くしてみたらどうでしょう。依存行動をしていないときには何かご褒美をあげるんですね。喫煙者に、タバコを吸わないといいことがある、と学習させるわけです。朝起きてすぐにタバコを吸っていないようなら、その行動に対して感謝したり、うれしいという表現を伝えることが大事です。逆に、タバコを吸っているときは、あまり会話せず、愛想も悪くし、笑顔にならない、というようにすればいいのではないでしょうか」
──家族の気持ちの持ちようではどうか。
磯村「依存症の人たちは、自分の依存を他人にせいにしがちです。例えば、オレがタバコを吸うのは仕事のストレスを解消するためでありオレは家族を養うために仕事をしているんだからオレがタバコを吸うのは家族のせいだ、とか。自分が禁煙できないのはタバコをどこでも買えるようにしている政府が悪い、とか。こうした状態で、お父さんがタバコを吸うのは私たち家族のため、というように奥さんなど、家族のほうが責任を感じてしまうのは良くありません。責任を感じてしまうと、ますますタバコを吸う依存行動を家族のせいにします。タバコを吸うことを決めたのは本人自身であり、家族にはまったく責任はない。それを肝に銘じながら接すればいいと思います」
動機づけ面接法とは
依存している人に対するこうした行動は、依存症治療の1つである動機づけ面接法(Motivational Interviewing)の知見から得られたものが多い。動機づけ面接法は、米国の臨床心理士、ウィリアム・ミラー(William R. Miller)らが開発したカウンセリング手法だ。
依存症患者には、治療者に対する「不協和(Discord)」という状態がある。その中には、問題の存在や責任を認めずに提案を拒否したり責任転嫁する「否定(Denying)」、治療者や治療行為を疑ったり敵意をみせる「議論(Arguing)」、治療者の言葉を遮る「中断(Interrupting)」、治療を無視したり話を無理に変える「無視(Ignoring)」といった要素があるが、依存症患者は、こういった行動をとりつつも現状維持と行動変容の狭間で揺れ動き、「維持トーク(Sustain Talk)」で答えることも多い。
動機づけ面接法では、不協和や維持トークに対し、依存症患者の言葉を行動変容のほうへ言い換えたり(Change Talk)、自ら行動変容するように自立性を強調(Emphasizing Autnomy)したり、彼らの言葉に隠された依存状態への疑念を気付かせるように導く。説教して否定せず、かといって過度に世話を焼かずに自ら気付かせる、といった磯村医師のアドバイスは、こうした動機づけ面接法の手法をアレンジしたものだ。
説教されたり否定されたりするとストレスを感じる一方、世話を焼かれるとその他者の行為にまで依存してしまう依存症の人たち。依存と個人的な「気質」との関係では、特に薬物(ニコチンを含む)使用と不安気質(損害回避)の関連が示唆されている(※1)が、こうした個人的な性格的傾向にも依存症の感じ方が関係しているのかもしれない。
家族が一人でも病気になると、その家庭は危機に瀕する。家族がともに末永く幸せにいるためには病気にならないことが大事だろう。
喫煙は病気になる確率を格段に上げる。家族に喫煙者がいたら、その人をタバコの依存症から少しでも早く離脱させたほうがいい。
磯村毅(いそむらたけし)
1989年、名古屋大学医学部卒。同大大学院卒業後、テキサス大学医学部研究員。帰国後に名鉄病院呼吸器科。「子どものための禁煙外来」を開設したり河合塾とのコラボ企画「禁煙で合格率アップ」などの活動を通じて「リセット禁煙」という禁煙法を提唱している。リセット禁煙研究会・予防医療研究所代表。子どもをタバコから守る会・愛知世話人。トヨタ記念病院禁煙外来医師。名古屋大学医学部非常勤講師(依存症とメディカルコーチング)。日本呼吸器学会認定専門医。動機づけ面接トレーナー。
※1:D H Hamer, et al., "Addiction Drinking, Smoking, and Drug Abuse, in : Living with our Genes." Doubeday, New York, 1998
※:参考資料:『禁煙の動機づけ面接法』(加濃正人、中和印刷、2015年)