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親が倒れ「仕事と子育てと介護、全部はムリ」と退職を決意した40代女性に上司がかけたひと言とは

太田差惠子介護・暮らしジャーナリスト
イメージ写真(写真:イメージマート)

 親の介護をするために、もっとも必要なものは「介護するための時間」だと思い込んでいませんか。「思い込みじゃない。“時間”がないとできるわけない」と反論が聞こえてきそうです。でも、長年現場を取材していると、もっとも必要なのは「時間」以外のものだと思えるのです。

多忙な日々に父親が倒れた!

 親が倒れるころ、その子どもは40~50代の現役世代であるケースが多く、仕事と日々の生活に大忙し。

 ミカさん(40代)の父親も脳梗塞で倒れて入院しました。ミカさんは職場でマネージャーとして忙しい毎日を過ごしています。「母は早くに亡くなっており、父は1人暮らし。私は1人っ子なので、私が介護するしか……」。

 ミカさんには高校生の長女がいます。「娘には手がかからなくなったとはいえ、何かと気がかりなことはあります」。

 仕事、子育てだけで日々息つく間もなく過ぎていくのに、そこに父親の介護が……。「『時間が足りない。回らない』と思いました」とミカさん。

 父親は入院していましたが、リハビリ期間を経て退院する日が迫るにつれ、ミカさんは、「すべてをこなすのはムリ」と追い詰められていきました。

「ミカちゃんがつぶれるわ」と上司

 ミカさんは夫とも相談し、退職することを決意。仕事を辞め、週のうち半分を実家で過ごそうと考えたのです。

 職場の上司に事情を話して、退職を申し出ました。すると、その上司(50代女性)の反応は意外なものでした。ミカさんの目をじっと見て、「だいじょうぶ。辞める必要なんてないよ」ときっぱり。

 聞けば、その上司の母親も5年ほど前に脳梗塞で倒れ、現在、高齢者施設に入居しているとのこと。「最初は、病気のことも介護のことも分からないことばかりだから戸惑うけれど、いろんな制度があるから何とかなるのよ。それに、仕事を辞めて、お父さんの傍に24時間いるつもり? そんなことしたら、ミカちゃんがつぶれるよ。娘さんだって、まだ高校生でしょ」と上司。

 ミカさんは、上司の言葉に驚きました。「辞めるしかないと思い込んでいただけに、不覚にもその場で泣いてしまいました」。

在宅復帰を目指す施設!?

 上司の勧めで、スグに地域包括支援センターに相談に行き、父親の介護保険の申請を行いました。

 そして、リハビリ病院退院と同時に介護老人保健施設に移すことに成功。介護老人保健施設とは、自宅に戻る自信がないときに3か月ほど入ってリハビリなどを行い在宅復帰を目指す施設です。介護保険を使って入居します。

「施設って、死ぬまで入るところだと思い込んでいました。いまは、いろんなタイプの施設があるのですね」とミカさん。

 介護老人保健施設での父親の今後の状況をみて、在宅に戻すか、本格的に施設入居させるか判断すると言います。

「在宅に戻すにしろ、施設に入居させるにしろ、そのときは職場の介護休業を取る予定です。時間をかけて情報を集め、私が傍にいなくても父が不自由しない体制を整えるつもり」とミカさん。

もしも、あのまま介護離職していたら?(仮定の話)

 もし、ミカさんが上司に相談していなければ、どうなっていたでしょう。

 決意した通り、ミカさんは離職したに違いありません。どこかのタイミングで介護保険の申請はしたと思いますが、介護老人保健施設の存在には気づかず、リハビリ病院から退院後はスグに自宅へ。ミカさんの介護負担は大きかったものと思われます。

 そして、ミカさんは自宅と実家を行ったり来たりすることになったでしょう。「仕事を辞めたから、父の介護をできる!」と思ったかもしれませんが、年収400万円は泡と消え……。

 経済的に厳しくなったうえ、通い介護で精神的にも体力的にも苦しくなったことでしょう。ストレスがたまると、家族との関係もぎくしゃくしがち……。

◎介護は情報戦!知っておきたいことはいろいろ

 ●介護の相談窓口

 ●介護サービスの種類や利用方法

 ●職場の介護支援策

その他、こんな「情報」も大切!

 ●親が介護サービスの利用を嫌がったとき

 ●高齢者施設を選ぶ際の立地は? など

出典:「親の介護で自滅しない選択」(太田差惠子,日経ビジネス人文庫P34)

介護に必要なのは時間より「情報」

 もちろん、離職したからと言って悪い方向にことが進むとは限りませんが、負の連鎖に巻き込まれる可能性を否定できないと思います。

 ちまたにあふれる「介護うつ」や「介護貧乏」「介護離婚」。身体を壊す人もいます。あまりに辛い「介護殺人」も……。

 多くの子は、育ててもらったのだから、自分の手で「親の介護をしなければ」と思い込んでいます。でも、少しだけ発想の転換をしてみませんか。直接介護はプロに任せる。子は、親が平穏で自立的な生活を送れるようにマネジメントを行う。

 そのために必要なのは、「時間」よりも「情報」なのです。

介護・暮らしジャーナリスト

京都市生まれ。1993年頃より老親介護の現場を取材。「遠距離介護」「高齢者住宅」「仕事と介護の両立」などの情報を発信。AFP(日本FP協会)の資格も持ち「介護とお金」にも詳しい。一方、1996年遠距離介護の情報交換場、NPO法人パオッコを立ち上げて子世代支援(~2023)。著書に『親が倒れた!親の入院・介護ですぐやること・考えること・お金のこと 第3版』『高齢者施設 お金・選び方・入居の流れがわかる本 第2版』(以上翔泳社)『遠距離介護で自滅しない選択』(日本経済新聞出版)『知っトク介護 弱った親と自分を守る お金とおトクなサービス超入門』(共著,KADOKAWA)など。

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