「こんな遺言は無効よ!」どうなる!?妻の逆鱗に触れた遺言書~遺言で「不倫相手」に遺産を残せるのか
早期退職から冷え切った夫婦関係
三田真一さん(仮名・72歳)は、妻・香織さん(仮名・65歳)と10年前から別居しています。真一さんが大手電機メーカーを60歳で早期退職して、一日家にいる生活になってからお互いストレスを感じるようになり、そんなある日、真一さんが「たまには家事でも手伝おうか・・・」と思い、慣れない食器洗いや風呂掃除をしたところ、香織さんから「お皿がぜんぜん洗えていないじゃない!お風呂も隅に髪の毛が残っているわよ!二度手間になるからあなたは手を出さないで!」と今まで聞いたこともないような叫び声でなじられたのです。
真一さんは、よかれと思ってしたことが全否定されたことに対して、プツッと切れてしまい、「誰のために今まで働いてきたと思っているんだ!」と叫び、気が付いたときは香織さんの頬を叩いていたのです。こんなことは結婚生活40年で初めてでした。
これが決定的となり、真一さんは家を出たのです。家に帰るのはひと月に2~3日しかありませんし帰ってもほとんど夫婦間の会話はありません。なお、二人の間には男の子が一人おり、外資系IT企業のエンジニアとして海外で活躍しています。
不倫関係に陥る
実は、真一さんには別居してから3年が過ぎた頃から半同棲している女性がいます。別居してから「趣味でも持とうかな・・・」と考えて、以前から興味があった俳句を学ぼうと思い、カルチャー教室に通うようになりました。そこで北川幸子さん(仮名・60歳)と知り合い、お互い自然と惹かれ合って半同棲するようになりました。幸子さんは結婚歴はなく子どももいません。仕事はいくつかパートを掛け持ちして生活をなんとか維持しています。
真一さんは幸子さんと付き合うようになってから今まではない安らぎを感じるようになりました。そこで、妻・香織さんに幸子さんの存在を正直に明かした上で、何度となく離婚を持ちかけましたが、香織さんは拒絶し続けました。
不倫相手に財産を残すため遺言を書く
真一さんは、「もし、自分が死んだら幸子さんは頼る人がいなくなってしまう」と思い、感謝の気持と将来の生活に配慮して次の遺言書を残しました。
遺言書
1.私の全ての財産を次の3名に3分の1ずつ相続させ、または遺贈する。
(1)妻 三田香織
(2)長男 三田英一
(3)北川幸子
2.遺言執行者に北川幸子を指定する。 令和4年5月6日
遺言者 三田真一 印
3分の1ずつ財産を残すことにしたのは、いくら夫婦関係が破綻しているとはいえ、香織さんが長年にわたり真一さんを支えてくれたことは事実であったこと、また、一人息子の英一さんは一人立ちしているとはいえ、親として残すものは残してやりたいと思ったからでした。本音を言えば、できるだけ多く幸子さんに残してあげたかったのですが、そのような遺言を残すと、香織さんの反発もあると思い、3分の1ずつ残すことにしたのでした。
そして、幸子さんに「私が死んでも幸子さんが路頭に迷わないように遺言書を残したから、亡くさないように持っていてください」と言って遺言書を手渡したのでした。
突然やってきた死
遺言を残してから3か月後、幸子さんが真一さんの住むアパートのインターフォンを鳴らしても反応がないので合鍵で入ってみると、そこにはベッドで冷たくなって横たわっている真一さんがいました。直ぐに救急車を呼びましたが既に死亡していました。死因は心筋梗塞による突然死でした。
葬儀は妻である香織さんが喪主となり行われました。幸子さんも一目だけでも真一さんに会いたいと思い、葬儀に参列しようとしましたが、香織さんから「主人がお世話になったようですが、今後一切私たちの前に現れないでください」と言われてしまい、参列もかないませんでした。
妻の逆鱗に触れた遺言書
しかし、真一さんから託されている遺言書を無にすることはできないと思い、四十九日が終わった頃に、意を決して香織さんの自宅に行きました。インターフォンを鳴らすと香織さんの「はい、どなた様ですか?」という声が聞こえました。そこで「北川幸子です。実は、ご主人様から遺言書を預かっています。奥様にもご覧になって頂きたいと思いまして、ご無礼を承知で参りました」と告げました。
香織さんは「えっ!」と一言発してから数分後にドアを開けて香織さんを居間に招き入れました。そして、「主人が残したという遺言書を見せてください」と言い、香織さんから受け取ると、真っ赤な顔で「不倫相手のあなたが夫の遺産をもらうなんて、許されるわけがないじゃないですか!こんな遺言は無効です。お引き取りください!」と激しい口調で言いました。幸子さんは取り付くしまもなく帰るしかありませんでした。
果たして、真一さんが残した遺言書は幸子さんが言うように無効になってしまうのでしょうか。それとも、真一さんの願いどおりに有効となって幸子さんも遺産が取得できるのでしょうか。
「公序良俗」がキーワード
遺言は人の最終意思を実現するための法律行為ですから、原則としてその内容は自由に書けます(このことを「遺言自由の原則」といいます)。しかし、いくら自由に書けると言っても、その内容が公の秩序や善良の風俗(公序良俗)に反するものに対しては、法はそれに対して承認を与えることを拒絶します。そのことを民法は次のように定めています。
民法90条(公序良俗)
公の秩序又は善良の風俗に反する法律行為は、無効とする。
そのため、不倫相手に愛人関係を継続することを条件に遺産を残す遺言を「公序良俗に反する」として無効とした判例があります(公序良俗違反で無効となった遺言については、激震!夫の裏切りが死後に発覚~「愛人に3千万円を残す」遺言は有効か!?をご覧ください)。
そこで、真一さんが不倫関係にあった幸子さんに遺産を残すとした遺言が有効か無効かという判断は、その内容が公序良俗に反するか否かがポイントととなります。
では、判例を見てみましょう。妻子と別居し夫婦としての実体がある程度喪失していた中で知り合い、約7年のあいだ半同棲した女性に対して、感謝の気持ちと将来の生活に対する配慮からした、全財産の3分の1の遺贈(同時に、相続人である妻と高校で教師をしている子に各3分の1を遺贈)は、当該女性の生活を保全するためにされたものであって不倫な関係の維持継続を目的とするものではなく、また相続人らの生活の基盤を脅かすものではないので、公序良俗に反しないとして、その遺言を有効としました最高裁判例があります。
このように、受遺者の生活保障を目的とし、なおかつ、遺言が妻子の生活を脅かすものでないという2つの要件が備わっていれば、不倫相手に遺産を残す遺言でも有効と判断されて、遺言の内容を実現することができると考えられます。
公序良俗に反するか否かの判断は観念的なものであり判断が難しいものです。できれば、このような判断が求められる内容の遺言は残さないようにしたいものですね。
※この記事は、判例を基に作成したフィクションです。