トップの困った性的行動は改善可能か 元ジャニーズJr.岡本カウアン氏の性被害告発から考える
元ジャニーズジュニアの歌手カウアン・オカモトさん(26歳、当時は岡本カウアン名)が、日本外国特派員協会でジャニー喜多川氏(2019年87歳で死去)からの性被害について告発記者会見(4月12日)を開いてから1か月。彼の目的は優越的立場を利用した組織トップによる未成年者への性行為を知っていて報じてこなかった日本のマスメディアが報道せざるを得ない状況に追い込むこと。一方、組織リスクマネジメントの観点からすると、トップの性的行動とそれがもたらすリスクをどうコントロールしていくのか、考える題材となります。「死去した人の告発を今更なぜ?売名行為ではないか」といった声もありますが、過去だからこそ冷静に検証し、業界や企業、マスメディアの役割について教訓とする必要があるのではないでしょうか。
綿密に練り上げた広報戦略
カウアンさんが冒頭語った内容は簡潔にまとめられていました。カウアンさんが中学3年生だった2012年2月にジャニーズ事務所に入り、2016年に辞めるまでの間、100回以上ジャニー喜多川氏のマンションに泊まり、15から20回ほど性被害を受けたこと、被害は彼だけではなく、彼が所属していた4年間だけで100~200人がマンションで寝泊まりし、同じ行為をされていたと証言。冒頭の後半に目的と自分の気持ち。
事務所に入ったきっかけと経緯、時期(数字)、具体的な行為、会見目的、現在の気持ちに加え、マンション画像(ビジュアル素材)まであり、綿密に練った構成です。文章は約2,000文字でまとめられ、聞かれそうなことを全て盛り込んであります。顔出しで記者会見をすれば、「会見をした事実」を報じざるを得ないはず、といった強い意志が見られました。文書の読み上げ方は冷静で悪くはないのですが、やや感情を抑えすぎていたように思います。戸惑い、複雑な思い、メディアへの強い怒りといった感情をストレートに出した方が共感を得られたでしょう。
クライシスコミュニケーションには、表現、手法、タイミングの3側面での綿密な戦略が必要になります。数字を組み合わせた客観的事実を盛り込んだ表現、記者会見というインパクトのある手法を選択し、BBCでのリーク報道後の会見設定という組み合わせ方にはプロの介入を感じさせます。
それだけではありません。3月14日には性犯罪の実態に合わせた刑法改正案が閣議決定されています。改正により、「強制性交罪」が「不同意性交罪」に、「強制わいせつ罪」は「不同意わいせつ罪」に変更され、被害者が「同意しない意思」を表すことが難しい場合を具体的に8つ示しました。暴力や脅迫、心身の障害、アルコール、睡眠や意識不明瞭、不意打ち、恐怖驚愕、虐待、経済的・社会的地位の利用。「不同意」という表現や具体的記述でわかりやすくなった刑法改正の時期に合わせて世論形成を図った可能性があります。
1点気が回らなかった点としては、カウアンさんに蝶ネクタイで会見場に出させてしまったこと。告発会見でなぜ夜会パーティー用の蝶ネクタイなのでしょうか。違和感を持たせてしまう服装だったのは残念。
マスメディアの1か月間の報道結果
この告発会見、ネットでは盛んに報じられていますが、マスメディアでの報道がどこまで広がったのか、Gサーチで検索したところ、「カウアン」「1か月」の結果(5月8日時点)は、
産経新聞が5件、共同通信・毎日新聞・北海道新聞・西日本新聞が各3件、朝日新聞・東京新聞・中日新聞・中国新聞が各2件、時事、NHK、読売新聞・神戸新聞・河北新報が各1件、なお、テレビ番組放送データ9件のうち、TBS2件、毎日放送2件、政見放送3件、NHK2件。通信社・全国紙・全国ニュース網で合計39件。地方紙を含めると69件。
一定量の露出は確保していますが、テレビの露出は見劣りします。思った以上に広がりに欠けています。未成年者を性犯罪から守る観点から、マスメディアが果たす役割を業界全体で検証する声が上がってくるのでしょうか。
■動画解説(日本リスクマネジャー&コンサルタント協会)
会社HPは重要なメディア
一方、企業側のジャニーズ事務所はどのような公式見解を出しているのでしょうか。会社の公式HPは、3月31日の「システムメンテナンスのお知らせ」で更新が止まっています。とはいえ、共同通信には、4月12日にコメントを出しています。
透明性の高い組織、というのであれば、全文を会社HPに掲載する選択をするべきでした。他メディアにはコメントせず、共同通信に対してのみコメント文を提供している点も透明性は感じられません。この文書であれば、曖昧過ぎて何について語っているのかよくわからないので、むしろHPに掲載した方がよいくらい。1社だけ特別対応するよりもよほど印象はよくなります。
そして、4月21日に報道されたのは、ジャニーズ事務所が取引先に送付した文書。株式会社ジャニーズ事務所 代表取締役社長 藤島ジュリーK.名で出され、「問題がなかったなどと考えているわけではございません」「このようなメディアでの報道、告発等については真摯に受け止めております」とし、「タレントの育成現場や活動の場においても、専門家や中立性のある窓口への相談が可能な体制・制度を現在準備しております。後日詳しくご報告させていただきます」。前向きに対処していくとのことであれば、こちらも取引先だけではなくHPに掲載した方が、より明確に信頼回復への第一歩を示せたといえます。
トップの性的行動は改善できる、諦めない
ジャニー喜多川氏ほどではないにしても、報道リスクの高いトップの困った性的行動がある場合、組織としてはどうコントロールをすればよいのでしょうか。決して対岸の火事ではないのです。前述したように、刑法改正でアルコールや睡眠、経済的地位の利用といった具体例も示されるようになりますので、告発リスクはより一層高まるといえます。日頃、筆者はトップの表現癖の改善訓練をしているので、性的行動も改善ができるのではないかといった予測した結果、予防プログラムを発見しました。
性犯罪は再犯率が一般的には高いイメージですが、性犯罪の再犯率について詳細に調査した結果をまとめている犯罪白書(平成27年)を調べると、性犯罪再犯率は13.9%。初犯で収束する人の方が多いということになります。窃盗、麻薬、詐欺の再犯と比べて決して再犯率が高いとはいえないことを考えると、適切な更生プログラムで予防ができるということになります。
日本刑事政策研究会の調査によると、性犯罪者は、社会生活には適応できており、性に関する部分のみが逸脱しているとのこと。保護観察所では平成18年から「性犯罪者処遇プログラム」が実施されていました。5つのセッションがあり、1)性犯罪はコントロール可能だとする意識を高める、2)性犯罪を是認する誤った考え方を自覚させ認知を変える練習をする、3)自分の衝動をコントロールする、4)被害者の立場に立って考えさせる、5)性犯罪を起こさせないための具体的な行動計画を作成する(タイムアウト法、刺激コントロール法、自己教示法)となっています。
「コントロールが可能だとする意識を高める」。最も大事な第一歩。リスクはゼロにはできませんが、数を減らしたり、ダメージを最小限にしたり、といったコントロールはできるのです。筆者も2001年にリスクマネジメントに出会ってから、コントロールの言葉を胸に刻みました。性的行動も同じ。癖だから治らないと諦めない、思い込まないことが被害を減らし、予防につながるのだと改めて確信しました。
■性犯罪・性暴力被害者のための相談窓口(内閣府)
・ワンストップセンター 全国共通短縮番号#8891
https://www.gender.go.jp/policy/no_violence/seibouryoku/consult.html
<参考サイト>
カウアン・オカモトさん記者会見(共同通信)
https://www.youtube.com/watch?v=97646Oi0YFw
カウアン・オカモトさん記者会見全文(Newsweek)
https://www.newsweekjapan.jp/stories/culture/2023/04/jr-7.php
ジャニーズ事務所が取引先に送付した文書全文(東京新聞 2023年4月21日)
https://www.tokyo-np.co.jp/article/245473
犯罪白書(平成27年)再犯
https://hakusyo1.moj.go.jp/jp/62/nfm/n62_2_6_4_4_2.html
犯歴等から見た日本における再犯者の実態とその対策の在り方(日本刑事政策研究会)