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『報道ステーション』と『NEWS23』、報道番組キャスター「同時降板」の背景は!?

碓井広義メディア文化評論家

12月24日、『報道ステーション』(テレビ朝日系)の古舘伊知郎キャスターが、来年3月末で降板することを発表した。番組はタイトルを変更せずに継続され、キャスターのみが交代する形だという。

同日夕方、新聞社からの取材を受け、以下のような内容の話をさせていただいた。

「NHK『ニュースウォッチ9』の大越健介キャスターに続き、古舘さんも降板。安倍政権は2015年のうちに面倒なことを一気に片付けることができて、“年末大掃除完了!”と喜んでいることでしょう。残るはTBS『NEWS23』の岸井成格さんくらいですか。とにかく、古舘さんのことを官邸が快く思っていないことくらいテレ朝は分かっているので、ホッとしていることは間違いありません」

そして一夜明けた25日、「残るは『NEWS23』の岸井さんくらい」と言ったばかりの岸井氏が、古舘氏と同様、来年3月末に降板との報道があった。もしこれが事実なら、安倍政権の“年末大掃除”は、いよいよシャレでは済まなくなる。

●異様な意見広告

11月の中旬、紙面全体を使った意見広告が読売新聞と産経新聞に掲載された。題して「私たちは、違法な報道を見逃しません」。

広告主は「放送法遵守を求める視聴者の会」という団体で、『NEWS23』のキャスター、岸井成格氏(毎日新聞特別編集委員)を非難する内容だった。

今年9月、参議院で安保関連法案が可決される直前、岸井氏は番組内で「メディアとしても廃案に向けて声をずっと上げるべきだと私は思います」と述べた。意見広告はこの発言を、番組編集の「政治的公平性」の観点から、放送法への「重大な違反行為」に当たると断じていた。

確かに放送法第4条には「政治的に公平であること」や、「意見が対立している問題については、できるだけ多くの角度から論点を明らかにすること」が規定されている。

しかし、それは一つの番組内における政治的公平ではなく、事業者が放送する番組全体のそれで判断されるべきものだ。その意味で、岸井発言は決して“違反行為”などではない。

2つの全国紙に、全面広告を打つ費用は決して小さくはない。個人に対する意見広告というのも異例だ。この組織にとって、是が非でも訴えたい内容だったということか。

個人に対する新聞での意見広告というのも異例だったが、それ以上にこの意見広告を目にした時の違和感は、“視聴者(市民)の意見”という形をとりながら、メディアコントロールを強める現政権の思惑や意向を見事に体現していたことだ。

『NEWS23』は、『報道ステーション』と並んで、政権に対しても“言うべきことは言う”姿勢を持った貴重な報道番組だ。その姿勢は、故・筑紫哲也氏がキャスターを務めていた頃と比べて弱まってはいるが、現在も岸井氏が孤軍奮闘で引き継いでいる大事なカラーである。

昨年の11月、同番組に出演した安倍首相は、VTRで紹介された街頭インタビューで自身にとって厳しい意見が流れると、生放送中にも関わらず「これ、ぜんぜん(国民の)声を反映していませんが。おかしいじゃないですか」と抗議した。そうした経緯も、この異様な意見広告で思い起こされた。

また、この広告が出た時期も絶妙だった。10日ほど前の11月6日に、BPO(放送倫理・番組向上機構)が、『クローズアップ現代』(NHK)のやらせ問題に関して「重大な放送倫理違反があった」とする意見書を公表。この意見書の中で、放送に介入しようとする政府・与党を、「放送の自由と自律に対する圧力そのもの」だと強く批判したのだ。意見広告は、BPOの意見書に対する政権の反感・反発を“代弁”したかのようなタイミングと内容だった。

そして、もう一つ気になっていたのは、この意見広告に対して、TBSがきちんとした反論や抗議を行ってこなかったことである。本来なら、岸井発言についてはもちろん、放送法や報道番組に対する認識を、放送事業者の見解として示すべき事態だった。

そして、いきなり今回の「岸井氏降板」報道である。

●視聴者に対して説明を

現在、政権の露骨なメディアコントロールが続いている。昨年11月の各局報道局長に対する公平中立要請。今年4月、『クローズアップ現代』に関する総務大臣からの厳重注意。自民党情報通信調査会が行った、NHKとテレビ朝日の幹部への事情聴取。また6月には自民党の勉強会で「マスコミを懲らしめるには広告収入がなくなるのが一番。経団連に働きかける」という暴言。さらにBPOの意見書も、政権中枢は真摯に受けとめてはいないことが、いくつかの発言で明らかだ。

テレビ朝日は、そして(岸井氏の件が事実であれば)TBSも、こうした背景と両キャスターの降板が無関係だと言い切れるのか。政権への”恭順”を示すための、トカゲのしっぽ切りではないのか。それは放送の自律や報道の自由を自ら放棄することに繋がらないのか。両局は、視聴者に対して明確な説明を行うべきだろう。

メディア文化評論家

1955年長野県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。千葉商科大学大学院政策研究科博士課程修了。博士(政策研究)。1981年テレビマンユニオンに参加。以後20年間、ドキュメンタリーやドラマの制作を行う。代表作に「人間ドキュメント 夏目雅子物語」など。慶大助教授などを経て、2020年まで上智大学文学部新聞学科教授(メディア文化論)。著書『脚本力』(幻冬舎)、『少しぐらいの嘘は大目に―向田邦子の言葉』(新潮社)ほか。毎日新聞、日刊ゲンダイ等で放送時評やコラム、週刊新潮で書評の連載中。文化庁「芸術祭賞」審査委員(22年度)、「芸術選奨」選考審査員(18年度~20年度)。

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