吉田大八監督、村上リ子監督が韓国プチョン映画祭で異例の栄誉 アニメだけではない日本映画が示した存在感
韓国で開催中のアジア最大規模のジャンル映画祭となる『第28回プチョン国際ファンタスティック映画祭』で7月9日、映画マーケット『BIFAN+』の各賞表彰式が開催された。
そのなかの国際共同製作や資金調達を目的とする企画ピッチングプログラム「NAFF It Project」で、東映の髙橋直也プロデューサーと吉田大八監督による「BAIT」がTAICCAアワード、藤田可南子プロデューサーと村上リ子監督による「Push-button Syndrome」がアジアン・ディスカバリー・アワードを受賞。日本勢が主要賞に食い込む躍進となった。
東映、国際共同製作への新たな挑戦で実績
「NAFF It Project」は、世界から招待された出資者、映画祭プログラマー、プラットフォーマー、配給会社、プロデューサーなどに向けた国際共同製作および資金調達のための企画ピッチングプログラム。
今年は韓国、日本、香港、台湾、シンガポール、タイ、インドネシア、フィリピン、マレーシア、ベトナム、ネパール、バングラデシュなどアジア各国をはじめアメリカやカナダ、オランダ、ベルギー、イタリアから合作含む17カ国23組のピッチングが行われ、日本からは3組が参加した。
本プログラムは、ほとんどが脚本完成前の企画やプロット段階でのピッチングになり、大手映画会社の東映がこの段階から参加するのは異例。今年から本格的に国際共同製作に向けて動き出した東映にとって初めての挑戦となり、ピッチング3日間のうちの2日間は、東映のプロジェクトに参画する吉田大八監督も出席。髙橋プロデューサーとともにプレゼンに登壇し、スピーチを行った。
そんな東映の企画「BAIT」が受賞したのは、台湾のコンテンツ産業のグローバル展開を促進する独立行政法人TAICCAが提供する賞。1万ドルの賞金のほか、この先の国際共同製作に向けて今後、話を進めていく。
表彰式後に髙橋プロデューサーは「まだ脚本の前の企画の段階ですが、いろいろな国とどのくらいの金額を出せるかなど具体的な道筋をつけられたのは大きな収穫。これから企画開発をより進めていけます」と手応えをにじませる。
東映として初めて企画マーケットに参加したことには「これまで国際合作に主体的に取り組んだ経験がないなか、こういった賞をいただけたことは大きな自信になりました。いろいろな国、立場の映画関係者とのネットワークを築けたことは大きい。会社としても、これから世界に出ていくうえでいいスタートになったと思います」(髙橋プロデューサー)と語る。
日本の若手プロデューサー&監督ユニットが主要賞受賞
もう1組の日本からの受賞者は、独立系の藤田可南子プロデューサーと村上リ子監督によるユニットの企画「Push-button Syndrome」。映画祭の主要賞のひとつであり、アジアの最優秀新人企画に送られるアジアン・ディスカバリー・アワードを受賞。先鋭的な企画内容とともに小道具まで用意したトリッキーなピッチングで参加者を引き付けていた。
藤田プロデューサーと村上監督は「ミーティングを重ねるに連れて、企画そのものやストーリーへの突っ込まれるポイントがわかり、2人で企画をより深く掘り下げ、ブラッシュアップすることができました」と3日間のピッチングと個別ミーティングを振り返る。
ビジネスミーティングに関して、藤田プロデューサーは「韓国や台湾、東南アジアのいろいろな国のポスプロ会社やパブリックファンドから興味を持ってもらえました。この企画ならこの国のこの会社にアプローチするといいなどのアドバイスもいただきましたので、これからどんどん話をしていきたい」と意気込み、村上監督は「たくさんアイデアもいただけて、日本にいたらできないようなつながりも生まれました。とてもいい経験をさせていただきました」と手応え十分。
日本の若い世代のプロデューサーや監督が、世界を舞台にした企画ピッチングで評価を受けるのは、日本映画界として大きな意義がある。これからの国内外における活躍に期待がかかる。
なお、日本からは、カルチュア・エンタテインメントの小室直子プロデューサーも参加。ピッチングした「Anthurium in the Dark Night」は、ハイコンセプトで実験的な企画ながら、広く関心を集めていた。
従来の日本の映画製作の枠組みにとらわれない挑戦
一方、英ロンドン在住の藤田プロデューサーは、日本は映画業界がブラックボックス化していて、女性プロデューサーが育ちにくい環境にあると指摘する。
そうしたなか2人は、従来の日本の映画製作の枠組みにとらわれない挑戦をし、新たな実績を作った。日本の若い世代の映画人の先駆者として、これから世界で存在感を示していくことだろう。
また、同映画祭による3ヵ月間の現地滞在プロデューサー養成プログラム「NAFF Fantastic Film School」にも、日本から古山知美プロデューサーが参加。韓国人のメンターのもと台湾、インドネシアとのインターナショナルチームで研鑽を積んだ。現在、古山プロデューサーは企画を3本進めている最中であり、今回の企画ピッチングに参加したインドネシアのチームとの新しいプロットにも取り組んでいるという。
映像産業振興機構(VIPO)のグローバル展開事業部長・森下美香さんは、同映画祭の企画マーケットに日本からの企画がひとつも選ばれないこともあるなか、今回の日本からの3組のうち2組の受賞を異例とする。「既存の映画会社の作り方とは違うやり方で映画を作ろうと考えている、まったく新しい世代が出てきていることを感じます」(森下さん)。日本映画界が新たな時代へ向かう若い世代の台頭を喜ぶ。
日本は意識を変えるべき
今回が企画ピッチングへの初めての参加という吉田大八監督は、初日に「僕も経験はなかったんですけど、自分たちの企画が海外にどう評価されるのか、具体的にどういう可能性があるのか、ということをこの目で確かめるチャンスだと思って参加しました」と話してくれた。
そして日本映画界が世界へ出る意義をこう語る。
「国内だけで十分な資金を調達できる時代は終わりそう。だったら、手持ちの予算にあわせて企画をスケールダウンするのではなく、やりたいことをアピールして、国内だけではなく、海外から資金を調達すればいい。いままで日本はそこにトライしてこなかった。
僕は映画そのものを日本国内に留めるのではなくて海外に向けて売りたいし、一緒に作りたいという世界の人に対して、視線を外に向けているという意思をひとりの作り手としてはっきりと示したい。
日本は意識を変えるべき。日本の実写映画が生き残る可能性を探り始めるには遅すぎたくらい。これから焦ってみんなが取り組まなければいけない。そういう雰囲気をどんどん作っていけたらと思っています」(吉田大八監督)
今回のプチョン映画祭の企画ピッチングで、大手映画会社の東映と、独立系プロデューサー&監督の若手ユニットの2組が受賞したのは、いまの日本映画界の動きとして興味深い。
アジアの合作が増えていく時代へ
同映画祭の映画産業フォーラムにてセミナー講師として参加していた映画製作者の李鳳宇さんは、アジアのなかの日本映画界について聞くと「昨年くらいから日本の映画業界も海外戦略を意識し始めている。東映は昨年も来ていたし、アグレッシブですね」と話す。
これまでにも黒沢清監督をはじめ日本映画の国際合作は少なくはない。ただ、大手映画会社の動きとしては鈍かった。それが変わりつつある。
「アジア人同士の合作がもっと増えたほうがいい。お互いの得意分野を理解していて、文化的にも距離的にも近いからコストはそんなに変わらない。日本にとってマーケットを広げる意味で韓国の存在は大きいが、これからアジアの国々の間での合作は増えていくと思います」(李鳳宇さん)
アニメばかりが世界から注目されるなか、大手もインディペンデントも実写としての国際共同製作へ本格的に乗り出した日本映画界の本気度が示された。その姿勢は、これから世界の注目を集めるようになっていくかもしれない。
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