Yahoo!ニュース

性的暴行を受けた被害者の告発で、大学教員がクビに。スキャンダル頻発に揺れる中国の大学

宮崎紀秀ジャーナリスト
北京大学でも教官が解雇された(北京大学のキャンパス2019年4月撮影)

 今月に入り、中国の大学で、教員の性的スキャンダルが相次いで発覚し、強い非難の声が上がっている。ついには教育省の記者会見でも中国メディアがこの問題を提起し、同省の担当者が、監督の強化を表明せざるを得なかった。中国教育当局のメンツにかかわる事態になっている。

暴行を受けた被害学生の告発

 きっかけは、性的暴力を受けた学生の勇気ある告発だった。

 上海財経大学の女子学生が、キャンパス内に停めた車の中で、55歳の准教授から性的暴力を受けた事実を、ネット上に告発したのだ。その内容は詳細で、しかも、その時に録音した音声も証拠として暴露した。

 その内容や中国メディアの報道によると、告発したのは同大学の会計学院で修士課程を履修する学生。彼女は、55歳の准教授が担当する課目の最後の授業が終わった後、質問しようと順番待ちをしていた。11月6日の夜である。

 しかし、自分の順番がくる前に、消灯、施錠のために清掃員から、教室を出るよう催促されてしまった。准教授は、この学生に対し、外に停めてある車の中で話を聞くと言い、車内で2人きりになったところで、暴行に及んだ。

女子学生は車に閉じ込められ...

 准教授は、車に乗り込むと、キーを抜き、車内の灯りを消してしまった。学生が「灯りを消したら、本の文字が読めないので、質問できません」と訴えると、それも言い終わらないうちに、准教授は、突然、学生に抱きつき、彼女の髪に顔を埋め、耳を舐めたり、キスをしてきたりした。

 ドアはロックされ、しかも車のキーは抜かれている。彼女はドアを開けようとしたが、その努力は徒労に終わった。

 その監禁状態で、准教授は、さらに自らの陰部を晒し、彼女の頭を押さえつけると、そこに口付けをするよう迫った。学生が顔を背けて抵抗し続けると、今度は、彼女の下腹部をまさぐり、局部に指を入れるなどの行為に及んだ。

 中国メディアや教育当局さえも、この問題を、通常「セクハラ」と訳される中国語で記している。しかし、ここまでくれば、セクハラどころではない。立派な犯罪である。

 学生は、この状況におかれながらも、機転を利かせた。携帯のアプリをこっそり作動させ、そこから先の会話を録音した。

録音された内容は...

 学生は、すすり泣きの合間に、消え入るような細い声で、「どうして私にこんなことするの」「あなた家庭もあるでしょ」と抗議している。それに対し、准教授が「家族になればいい、僕はお兄さんだ」「僕を恋人にすればいい」などと囁く声が録音されていた。

 娘と同じ年ほどの、しかも無抵抗な学生に対し、甘い言葉を囁く、独りよがりの陶酔でかすれた声は、はっきり言って気色悪い。

 学生は、授業を受け始めてからその後の2か月に亘る、准教授とのコミュニケーションアプリ上での会話の記録も明かした。准教授は、時が経つにつれ、この学生に対し、「君が好きだ」「かわい子ちゃん」などの言葉を、頻繁に発信するようになり、執拗にデートに誘っていた。

 大学側は、この暴露から3日後には、調査結果を発表し、「教員としての職業道徳に著しく反した」として、この准教授を解雇すると同時に、准教授の資格を取り消すなどの処分を決めた。

 この准教授は、中国財政省の企業会計に関する委員会の委員や、複数の企業の独立取締役などを務めるその道の専門家だったが、これらの職も失う結果となった。

 学生のネット上での暴露が12月6日、大学の決定は9日。大学および教育当局としてはなかかなかのスピード処分だったが、事はこれではすまなかった。

名門、北京大学でも

 続く12月11日、日本なら東京大学とも例えられる中国の名門、北京大学が、1人の男性教員に対する解雇処分を発表したのだ。

 この男性教員とは、博士課程を指導する36歳の教官。大学の発表では、「教員としての道徳と風紀に著しく違反する」などとしかされていないが、この教官は、複数の女子学生と性的関係を持っていたと実名で告発されていた。

 しかも、告発者は、交際相手の1人。その女性は、大学に直接通報すると共に、ネット上でも、この人物の乱れた私生活を暴露し、「ベッドの上で、他の女性の髪の毛を見つけた」などと、生々しく明かしていた。

教育省の会見でも質問が

 その後16日に、中国教育省の記者会見があった。この場で、中国メディアの記者から、「教育者の道徳・風紀の向上を強調しているのは分かりますが、最近、北京大学や上海財経大学で、道徳・風紀に反する問題が起きています。これについてどう思いますか」と突っ込まれてしまった。

教育省の会見でも回答が求められた(2019年12月16日教育省HPより)
教育省の会見でも回答が求められた(2019年12月16日教育省HPより)

 会見に出席した教育省の幹部は、これらの事例に関しては、「学校に対し、法律に基づき厳格で速やかに調査・処分するよう指導し、同時に司法機関の捜査にも協力する」と強く問題視している立場を示した。さらに今後の対応について、「(道徳・風紀の)規則違反に対する取り締まりを強化し、違反者には重い代償を払わせる。風紀正しい教育環境を作ることに尽力する」などと約束せざるを得なかった。

 中国における高等教育機関は、日本以上に権威があるし、そこに入るための競争も日本以上に激しい。構造的に生じる教員と学生の力関係の差は、セクハラなどの問題が生じる土壌となりやすい。

断ち切れぬ性被害の現実

 ただ中国で大学における性犯罪などの被害が注目されたのは、今回が初めてではない。

 性暴力などの被害者が告発の声を上げた#Me Tooの世界的な盛り上がりの中で、2018年には、中国でも20年前の大学教授によるレイプ事件の情報公開を求める運動が起きた。その他にも複数の大学でセクハラの実態が明らかになった。その際も、国内では、中国社会の抱える問題の1つと十分に認識されたにもかかわらず、今回も同様の事態が繰り返されてしまった。

 若者たちの将来への希望や不安に乗じ、彼らの人生を弄ぶような教育者は最悪だ。

 上海財経大学の被害学生は、今もPTSD(心的外傷後ストレス障害)に苦しんでいるという。 

ジャーナリスト

日本テレビ入社後、報道局社会部、調査報道班を経て中国総局長。毒入り冷凍餃子事件、北京五輪などを取材。2010年フリーになり、その後も中国社会の問題や共産党体制の歪みなどをルポ。中国での取材歴は10年以上、映像作品をNNN系列「真相報道バンキシャ!」他で発表。寄稿は「東洋経済オンライン」「月刊Hanada」他。2023年より台湾をベースに。著書に「習近平vs.中国人」(新潮新書)他。調査報道NPO「インファクト」編集委員。

宮崎紀秀の最近の記事