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「私たちは終わっている」米IT界の著名投資家が嘆くワケ 

飯塚真紀子在米ジャーナリスト
右のマシンがインターネットでメッセージを初送信。写真:circleID.com

 10月29日、世界はインターネットの生誕から50年目を迎えた。

 インターネットによるメッセージを世界で初めて送信した場所が、UCLA(カリフォルニア大学ロサンゼルス校)のボエルター・ホール3420号室だ(上の写真)。同日、UCLAのロイスホールでは「インターネット生誕50年」を祝して、IT界の大物たちによるパネル・ディスカッションが行なわれた。

ヒーローが一堂に会した

 その顔ぶれが凄い。

 「インターネットの父」として知られるレオナルド・クラインロック博士、グーグル元CEOエリック・シュミット氏、PayPal(ペイパル)創業者であり、著書『ゼロ・トゥ・ワン―君はゼロから何を生み出せるか』がベストセラーとなった著名投資家ピーター・ティール氏、バスケットボールチーム「ダラス・マーベリックス」のオーナーであり実業家でもあるマーク・キューバン氏、イーサネットや3Comの創業者で、現在テキサス大学イノベーション&アントレプレナーシップ教授のロバート・メトカルフェ氏、アカマイCEOトム・クレイトン氏、IT系スタートアップにベンチャー投資して成功しているハリウッドスターのアストン・カッチャー氏など錚々たる面々ばかり。

 シュミット氏をして「ヒーローが一堂に会した」と言わしめた。

減少した日米の特許出願件数

 1日に渡って行われた議論の中でも、特に盛り上がったのが、ピーター・ティール氏とロバート・メトカルフェ教授が交わした討論だ。テーマは「真のイノベーションは停滞したか?」。

 ティール氏は「停滞した」と主張し、メトカルフェ教授は「停滞していない」と主張した。

 メトカルフェ教授は世界の特許出願件数が増加していることやR&Dへの投資が増えていることを根拠に、イノベーションは停滞していないと指摘。

「イノベーションは停滞していないと思います。社会のゴールは“自由と繁栄”であり、イノベーションはそれへと繋げていくものです。プラットホームを応用すれば、イノベーションは今後も広がって行くでしょう。ギガビット・インターネットというプラットホームの次のウェーブも出て来ています。また、イノベーションの測定基盤である世界の特許出願件数は、2018年は前年比5.2%増で330万件以上あり、9年連続で増え続けています。うち、中国が約150万件と半数近い特許を出願。日本とアメリカだけが特許出願件数が減少しました。連邦政府のR&Dへの投資も増えています。世界では、インターネットの登場以降、貧困が減少しているのです」

 ティール氏はそれに対してこう反論した。

「バングラデシュなどでは20〜30年前より生活は改善していますが、それはグローバリゼーションが進む中、発展途上国が先進国に追いついているからです。テクノロジーのイノベーションとグローバリゼーションは別物です。アメリカや西ヨーロッパ、日本は先進国ですが、イノベーションが見られません。私たちは終わっているのです。また、私は、R&Dにどれだけ投資したかとか、特許出願件数のようなインプットではなく、結果、つまり、アウトプットに興味があります。なぜ寿命が上がったかとか下がったかなどに。今、インプットは上がり続けていますが、アウトプットは停滞している状況です。ゲノミクスも、発明から20年経ちましたが、応用が進んでいません」

とイノベーションが停滞している現状を嘆いた。

 ちなみに、世界知的所有権機関(WIPO)によると、2018年の全世界の特許出願件数は約333万件。うち、中国が約154万件と半数近くを占めてダントツだ。それに、アメリカ(約60万件)、日本(約31万件)が続いているが、日米は前年と比べると出願件数が減少した。特にアメリカは、2009年以降では、初の減少となった。(参考:2018年の世界特許出願、中国が半数近くを占め圧倒的トップ--2位米国と3位日本は減少

「イノベーションの停滞」を懸念するピーター・ティール氏。筆者撮影。
「イノベーションの停滞」を懸念するピーター・ティール氏。筆者撮影。

マスク氏はいいロールモデルではない

 では、「イノベーションの停滞」を解決するためにはどうすればいいのか?

 ティール氏は規制緩和とアイデアを生み出す努力が必要だと強調した。

「イノベーションの停滞を解決するには、政策の上で、テクノロジー分野で規制緩和することです。バイオテクノロジーやコンピューター科学の分野でアメリカが負けたのは、厳格な規制緩和があるからです。ガンやアルツハイマーの研究でも同じことが言えます。また、今、イノベーションが停滞しているのは、すでにいいアイデアが出尽くしてしまってアイデアが枯渇してしまったことや私たちの努力不足が原因かもしれません。そこに原因があるなら、新しいことに挑戦して、未来に向かう道を見つけ出すこともできると思います」

 アイデアを生み出す努力が必要だというティール氏。しかし、革新的過ぎるアイデアは、それに続こうとする人々を気後れさせてしまうところもあるのかもしれない。ティール氏は友人であるイーロン・マスク氏について「イノベーションという点では若者たちにとってはいいロールモデルにはならない」と指摘した。マスク氏が電気自動車や再利用可能なロケットの開発などあまりにも革新的な偉業をしているため、若者たちはマスク氏を手本にする難しさを感じているという。一方、スティーブ・ジョブス氏はいいロールモデルになるという。

「イーロンは(イノベーションの停滞という議論では)いいロールモデルにはなりません。若者に『なぜイーロンのようになろうとしないの?』ときいても、基本的に返ってくるのは『それは難しすぎる。僕にはできない』という答え。若者には大学の学生寮でインターネット会社を始めるよう提案した方がいいかもしれない」

とフェイスブック創業者のマーク・ザッカーバーグ氏を思い起こさせるような発言をした。

北京の「996」主義

グーグル元CEOのエリック・シュミット氏は北京の方がシリコンバレーより切迫した状況だと言及。筆者撮影。
グーグル元CEOのエリック・シュミット氏は北京の方がシリコンバレーより切迫した状況だと言及。筆者撮影。

 また、元グーグルCEOのシュミット氏は、JPモーガン・チェース会長ジャミー・ディモン氏との議論で、北京のハイテク企業がグローバル化のために、シリコンバレーの企業以上に切迫した状況であると指摘した。

「ハイテク企業はあることが中断していてもそれに気づかず見逃していることがある。しかし、中断を見逃してしまったら、中断した時間は取り返せないのです。だから、ハイテク企業はできるだけ迅速に物事を進めています。北京のハイテク企業はシリコンバレーのハイテク企業よりもっと切迫している状況です。北京には3つの大きなハイテク企業がありますが、「996」という主義の下、朝9時から夜9時まで週6日間働いているのです。労働倫理も素晴らしく、みな慌ただしく働いている。新開発やビジネスのグローバル化を進めている時、社内はそんな風になるのです」

 

 シュミット氏は世界的才能を発掘する必要性も強く感じている。

「今、私が非常に気にかけているのは世界的才能です。アインシュタインのように非常に知性のある人々を、彼らが学び、助け合い、成長し、資金も得られるコミュニティーに招き入れたら、彼らは世界や社会を変えることができるでしょう。そういうことのために、私は多くの時間を費す必要があります。ここUCLAにも優秀な外国人学生がいます。なぜ、彼らをアメリカで教育した後、自国に送り返すのでしょうか。私たちと競争することになるだけではないでしょうか」

と言って「大学で学んでいる外国人には永住権を与えよう。彼らは未来を創造してくれる」というディモン氏の考えに同意した。「頭脳流出」を懸念している両氏はまるで、ビザの取得条件を厳格化しようとしているトランプ氏に反旗を翻しているかのようだ。

性的搾取から子供を守る

投資家でもある俳優のアシュトン・カッチャー氏は児童ポルノの規制を主張。筆者撮影。
投資家でもある俳優のアシュトン・カッチャー氏は児童ポルノの規制を主張。筆者撮影。

 ハリウッドスターのアシュトン・カッチャー氏はAirbnbやSpotify、Uberなどのスタートアップに投資した投資家としても知られているが、子供たちを性的搾取から守るサイトの共同創業者でもある。パネル・ディスカッションでは、規制の重要性を主張した。

「フェイスブックでは、児童ポルノの送受信が3億も行われて問題となった。児童ポルノにアクセスできないようにするなどの規制が重要だ。インターネットは問題解決のためのツールだと思う。学生ローン問題や健康医療問題などの分野でブレイクスルーを起こすことができるのではないか」

 50年後、インターネットは、果たしてどんな進化を遂げているのだろうか?  

在米ジャーナリスト

大分県生まれ。早稲田大学卒業。出版社にて編集記者を務めた後、渡米。ロサンゼルスを拠点に、政治、経済、社会、トレンドなどをテーマに、様々なメディアに寄稿している。ノーム・チョムスキー、ロバート・シラー、ジェームズ・ワトソン、ジャレド・ダイアモンド、エズラ・ヴォーゲル、ジム・ロジャーズなど多数の知識人にインタビュー。著書に『9・11の標的をつくった男 天才と差別ー建築家ミノル・ヤマサキの生涯』(講談社刊)、『そしてぼくは銃口を向けた」』、『銃弾の向こう側』、『ある日本人ゲイの告白』(草思社刊)、訳書に『封印された「放射能」の恐怖 フクシマ事故で何人がガンになるのか』(講談社 )がある。

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