成果がないように見せた日ロ首脳会談こそ警戒すべきである
フーテン老人世直し録(418)
睦月某日
22日に行われた安倍総理とプーチン大統領の日ロ首脳会談は、終了後の共同記者発表で、両首脳が平和条約交渉の本格化を確認し合ったことだけを表に出し、肝心の領土問題を巡る議論に全く触れることがなかった。
翌日の新聞各紙は、一面トップで伝えた産経新聞が、6月に大阪で開かれるG20までに領土問題を解決し平和条約締結を大筋で合意することが出来ると前向きに伝えた以外、各紙ともトップの扱いにはせず、日ロ間には歴史認識などで深い溝があり、平和条約締結には高いハードルがあると交渉の難しさを伝えた。
フーテンは共同記者発表をテレビ中継で見たが、プーチン大統領も安倍総理も7分ずつ紙を読み上げただけの簡単なもので、内容的にも経済・貿易分野での協力関係に多くの時間が割かれ、平和条約交渉については「双方の国民が受け入れ可能な解決策を見出すための共同作業を進めていく」というだけで詳細に一切触れなかった。
まして日本側が平和条約締結の前提としている北方4島返還については、4島での共同経済活動を今後も進めると言っただけで、領土問題の「り」の字もない発表だった。これを見れば誰もが「何のための首脳会談だったのか」と思うはずだ。それほど進展がないように見せた共同記者発表にフーテンは疑問を持った。
会談時間は全体で3時間、そのうちの50分は安倍総理とプーチン大統領と通訳だけの1対1の会談だったという。通訳の時間を除けば2人はおよそ25分の密談を行ったことになる。それが肝心の領土問題を話し合った時間である。そして領土問題については2人だけの秘密にする方式が採られた。
秘密であるから知りようもないが、確かなことは2人が「双方の国民が受け入れ可能な決着の仕方」を考えていることである。双方が受け入れ可能というのは、以前のブログにも書いたが、日本人には島の主権が日本に返還されたかに見え、ロシア人には島の主権を日本に渡していないと見えるやり方である。
そんなことがありうるのかと思うかもしれないが、その知恵を出すのが政治である。そのためには双方の国内世論を見ながらいくつかの方式を用意する必要がある。その作業を始めていくことを確認したのではないかとフーテンは考える。
ただし難しいのは「双方の国民」が満足するだけでは不十分で、日米安保条約を結んでいる米国が了承しなければ何も進まない。それらはすべて水面下で進行し、国民には知らされない可能性があり、それが産経新聞の言う通り6月のG20までに合意できるかどうかも分からない。
しかしフーテンはあまりにも中身のない共同記者発表を見せられると、逆に極めて機微に触れる会談が行われた可能性を考える。政治の表と裏を見てきた経験がそう思わせるのだ。例えば「潜在主権」という言葉がある。外国の統治下にある地域に潜在的に認められた主権のことをいう。
敗戦国の日本はサンフランシスコ平和条約で連合国から独立を認められ主権を回復した。主権を回復すると同時に領土も確定された。その時に日本は千島列島を放棄したのだが、千島列島の中に国後、択捉は含まれず、歯舞、色丹は北海道の一部と主張したのに対し、旧ソ連(ロシア)はすべて戦争で勝ちえた自国の領土だと主張して今日に至った。
このサンフランシスコ平和条約で沖縄と小笠原諸島は米国の信託統治領となった。その時に米国の全権ダレスは、沖縄と小笠原は米国が司法、行政、立法など統治権を持つが、最終処分権は日本にあるとして、それを「潜在主権」と呼んだ。
それ以来、小笠原は1968年まで、沖縄は72年まで米国の統治下にあった。それを参考に一方で北方4島のロシアの統治権を認め、しかし日本には「潜在主権」があることを認めさせるやり方が考えられる。
ただこれまでの交渉の経緯を見れば、安倍総理が「自分の任期中に成し遂げたい」と主張して弱みを見せているのに対し、実効支配しているロシア側に交渉を急ぐ理由はない。従って交渉はロシアが有利である。日本の潜在主権を認めるにしても多くの経済的メリットを要求して取引することが出来る。
また4島すべてに日本の潜在主権があると認める必要もない。安倍総理が既に4島を諦め2島で交渉をまとめようとしていることは誰の目にも明らかで、それならば2島の「潜在主権」を認めるだけで事足りる。しかも歯舞諸島にロシア人は住んでいないことから、色丹島の住民さえ納得させれば問題は解決する。
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