「温泉出てから、何食べる?」 入浴後、無性に身体が欲する“アレ”とは?
これまで25年近く、温泉に浸かってきた。
湯めぐり中、身体が欲するものがある。
それは「汁もの」だ――。
喉越しよいうどんから、滋養溢れる蕎麦、はてはこってりラーメンまで、その時々の気分によるが、入浴中に汗を流すために、その後は「水分」と「塩分」を補給したくたくなる。
そこで入浴後に食べたい「珠玉の麺3選」をご紹介しよう。
湯上りには喉越し良い「稲庭うどん」
「つるっ」と、喉を通り抜ける。
すべりやすくするために麺をコーティングしているのだろうかと思えるほど、稲庭うどんは喉越しがいい。特に暑い夏の日は、麺が涼を運んでくれる。
秋田県湯沢市稲庭町には20軒ほどのうどん店がある。江戸時代よりうどんを作りはじめた老舗の「佐藤養助 総本店」で稲庭うどんを注文した。
「二味せいろ」を注文するとゴマダレと醤油ダレの2種類と、つやつやと光るうどんが出てきた。空腹もあって、箸でわしっとつかもうとしたが、麺がすべってつかめない。3~4本ずつの細い束にして、タレに入れて一口。つるつると口に入る。噛みしめるとしっかりとしたこしがあるが、ごくんと飲み込むと、するっと涼が通り抜けた。
秋田県での湯めぐりの最中は冷たいうどんが火照った身体を落ち着かせるが、稲庭うどんは温かくして食べても、喉越しの良さは存分に発揮される。
昭和の名宰相が愛した「自然薯蕎麦」
箱根湯本駅から徒歩6~7分の蕎麦店「はつ花」には、数々の昭和の名宰相が好んで食した「自然薯蕎麦」がある。いまは箱根外輪山で採れた自然薯ではないものの、多くのお客さんに親しまれている。
すりおろした自然薯が蕎麦が見えないほどたっぷりかかり、その上に生卵の黄身と刻み海苔がのっている。混ぜ合わせると、メインは蕎麦か、自然薯かわからなくなるのが面白い。自然薯を絡めながら蕎麦をいただくと、喉ごしがいい。コクと旨みと優しい風味が印象的だ。
自然薯の効果は滋養であり回復力。食べた晩は、深夜になっても目が覚めていたのは、そのせいか。
私が食した自然薯よりも、もっと濃厚な味を求めてやまなかった昭和の宰相たち。底知れぬ旺盛な食欲こそが、政治家として大成した原動力なのだろうか。
もちろん名宰相たちも、箱根の温泉を愛した。
鹿児島県のソウルフード「ざぼんラーメン」
向田邦子のエッセイ集『眠る盆』に、「鹿児島サンロイヤルホテル」の展望風呂から眺めた桜島の描写がある。追体験したくて「鹿児島サンロイヤルホテル」に泊まった。
ホテルのすぐ裏に、赤い蛍光色で「ざぼんラーメン」と書かれた看板があった。店に入ると豚骨の香りが漂う。店内の中央に調理場、囲むようにカウンター席、その周りに4人がけのテーブル席が並んでいる。
席に着くなり、愛想のない店員さんがニンニク入りのポットと大根の浅漬けと小皿を持ってきた。周囲を見ると皆、大根の浅漬けを食べながら、ラーメンが出てくるのを待っている。さっぱりとした大根は口の中を爽やかにし、濃いラーメンへの準備運動となった。
「ざぼんラーメン」が出てきた。丼いっぱいに、白いスープが注がれ、キャベツともやしと焦がしネギがこんもりと盛り付けられている。箸で底を探ると、醤油色をした濃い汁が浮かび上がってきた。
丼の底から麺をすくい上げ、レンゲに入れると、白いスープが醤油色に染まり、いい塩梅に。ぶわ~んと豚骨の匂いが鼻孔をくすぐる。口に入れると見た目以上にパンチがきいたスープだった。麺と野菜と焦がしネギがハーモニーを奏で、スープを調和しつつ、豚の脂が口の中を漂う。大根の浅漬けも食しながら、見事に完食!
現地で食べるソウルフードというのは、忘れられない味の記憶となり、その味を求めて出かけるほどの吸引力がある。まさに「ざぼんラーメン」がそうだった。
※この記事は2023年4月に発売された『温泉ごはん 旅はおいしい!』(河出文庫)から抜粋し転載しています。