今週末、どこ行く? 都内で日帰り【ひとり温泉】 ”黒湯で美人になる”
いちごポッキー持参で、都心の化石海水と「黒湯」を愉しもう
年をまたぐ東京の街角には、静けさがある。帰省する人たちや、旅に出かける人たちでもぬけの殻になるからだ。そんな新春の東京が好きで、私もこの年末年始は東京にいようかと、あれこれ考えている。
さて、何しよう。やっぱり湯めぐりかなぁ。
あまり知られていないかもしれないが、東京は大温泉地帯だ。
後楽園にある「スパ ラクーア」は、お風呂からも遊園地の夜景が眺められ、温浴施設以外にアトラクションやショッピングモールを楽しめる、都心ならではの温泉テーマパークだ。お台場の「大江戸温泉物語」(2022年閉館)や豊島園の「庭の湯」もレジャーの要素が強く、都心のデートスポットとしてすっかり定着した。
桜の名所にも湯が湧く。豊島区駒込の「東京染井温泉Sakura」。その名の通り、染井地区はソメイヨシノの名所。桜吹雪を浴びながら温泉へと向かう道は、これまた風流。
これらは掘削技術が発達し、地下2000メートルまで深く掘れるようになったために湧き出した温泉だ。2014年に大手町で温泉を掘り当てたことがニュースになったが、これもその高度な技術の賜物。これらの温泉は塩分濃度の高いのが特徴だ。地球が隆起した時に地中に閉じ込められた海水で、通称「化石海水」と呼ばれる。
私の日常には温泉がある。なかなか旅に出かけられずにいると、こうした都心の温泉を愉しむことにしている。ふらりと、2~3時間のプチ旅行に出かけるわけだが、その時にいつもポケットに入っているのがいちごポッキーだ。入浴前の空腹時にも、湯上りに小腹が減った時などにもちょうどいい。いちごの爽やかな酸味と甘みは湯上りのまったりとした身体に効く。サクサクという軽快な音を響かせながら食べていると、スキップでもしたくなるように心が軽くなる。
湯めぐりの合間の食事として好んで食べるのがざる蕎麦一枚。満腹過ぎても、空腹過ぎても湯あたりの元になるために、エネルギー補給と水分には気を配る。ミネラルウォーターもよく飲むし、ビタミンCを摂取すると疲れにくいので、冬場はみかんを持参する。
東京の温泉でもうひとつ代表的なのは「黒湯」。主に大田区に湧き、特に蒲田駅周辺には立ち寄り入浴施設が多数ある。私は「改正湯」という銭湯が好きだが、やはりお湯は真っ黒。墨までとはいかないが、コーラほどの色あいで、手を5センチ浸けただけで見えなくなるほどの黒さ。けれど、湯から出ている胸元が真っ白く映るのは……、気のせいだろうか。
内風呂だから蒸気が立ち込め、もわ~んとする。土のような、植物のような、独特な匂いがする。重曹を含んでいるため、肌の角質や皮脂を洗い流してくれる。
「黒湯」をもうひとつ。東京スカイツリーのお膝元にある銭湯「御谷湯」は、ビルの4階と5階が浴場で、週変わりで男女の湯が入れ替わる。半露天風呂からスカイツリーが見える。福祉型家族風呂というバリアフリータイプの貸切風呂も「御谷湯」のウリで、湯船には移乗台や回転椅子が付いており、湯船の中は腰をかける板をセットでき、湯船の深さを調整できる。
ところで、「黒湯」の正体はなんだろう?
温泉業界で神と崇められる甘露寺泰雄先生に聞いた。甘露寺先生は御年89歳。理学博士・技術士であり、温泉水を調べ、分析表を記す第一人者。この道一筋60年の温泉博士で、かつては脱衣所などに掲げられている分析表を作成する大元締めの中央温泉研究所の所長をされていた。
「黒湯はフミン酸(腐植物質)だよ。植物が微生物によって分解されて作られたもの。フミン酸はアルカリ成分で重曹タイプが多いから、入ると肌がつるつるすると評判になっていった」
ユーモアのある甘露寺先生は付け加えて、
「でも、黒くてどろどろした湯でしょ。気持ち悪がられていたものだけど、黒湯は人の肌を白く見せるからね。女性が美人に見えるって噂が広がったんだよ」
そういうことなのか。
よし、年初めは美人に見せる黒湯でいこう。
※この記事は2023年4月6日に発売された自著『温泉ごはん 旅はおいしい!』(河出文庫)から抜粋し転載しています。