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八千草薫さんがすい臓がんで逝去 「たちの悪いがん」と言われる理由

山本健人消化器外科専門医
(写真:ペイレスイメージズ/アフロイメージマート)

女優の八千草薫さんが、24日に逝去されたとの報道がありました。

88歳、死因は膵臓がんでした。

膵臓がんはよく、「たちの悪いがん」と言われます。

5年生存率は6%前後とされ、発見時に手術を受けられる人は、20%程度しかいません(*)。

つまり、多くの膵臓がんは、発見された時点で手術では取り切れない段階まで進行しているということです。

さらに、手術ができても、術後の5年生存率は20ー40%程度(*)。

再発が非常に多いからです。

八千草さんも、一昨年1月に膵臓がんと診断されて手術を受け、今年1月に肝臓の転移で再発した、とされています。

なぜ、これほどに膵臓がんは「たちが悪い」のでしょうか?

ここからは、あくまで「一般論」として、膵臓がんの特徴を解説します。

症状が出にくい

消化器がんの中で、我が国で最も多い代表的な存在が、大腸がんと胃がんです。

大腸や胃は食べ物の通り道なので、がんがある程度大きくなると、それなりの症状が出ます

胃がんなら、食欲低下、吐き気、嘔吐、胸焼けなど、大腸がんなら血便、腹部膨満、便秘などといった症状です。

ところが、膵臓は食べ物の通り道ではありません

膵臓は、胃の裏側にある臓器です。

消化液である膵液を分泌する外分泌機能と、血糖値をコントロールする内分泌機能を持つ、「縁の下の力持ち」のような存在です。

ここに腫瘍ができても、かなり大きくならない限り症状は現れません。

それなりに大きくなって初めて、背中や腰の痛みが出たり、胃や十二指腸に浸潤(しんじゅん)して、吐き気や嘔吐などの症状が出たりします。

また、膵臓の中には膵液の通り道(膵管)がありますが、これががんによって詰まると膵炎が起きます。

膵炎を起こすと、発熱や腹痛などの症状が出るため、これが膵臓がん発見の契機になることもあります

昨年膵臓がんで逝去された星野仙一さんは、膵炎がきっかけでがんが発見された、とされています。

いずれにしても、初期の段階での発見がきわめて難しい、というのが膵臓がんの特徴です。

ある程度進行すると、手術での治療ができなくなります

抗がん剤治療(化学療法)が主体となりますが、これが「劇的に効く」というケースは、決して多くはありません。

さらに、手術できても再発が多い、という特徴があります。

再発が多い

膵臓がんの再発は、以下のように、様々な形式で起こります。

血行性転移:血液の流れに乗って他の臓器に再発する

リンパ行性転移:リンパの流れに乗ってリンパ節に再発する

腹膜播種:表面からこぼれ落ちたがんがお腹の中に広がる

局所再発:膵臓を切除した局所に再発する

膵臓は血流が豊富な臓器です。

がんがある程度大きくなると、がん細胞が血流に乗って他の臓器に流れていきます。

転移が多いのは肝臓です。

また、がんがリンパ管を通って遠くのリンパ節に流れ着き、そこで大きくなることもあります。

さらに、がんがお腹の中(腹腔内)にこぼれ落ち、たくさんのがんの塊を作ることを「腹膜播種(ふくまくはしゅ)」と呼びます。

「播種」とは「種を播く(まく)」という意味です。

がんが、種をまくように広がってしまう状態です。

膵臓は、胃や大腸と違って、表面が分厚い壁で覆われていません

膵臓にできたがんは、容易に表面に顔を出し、がん細胞がこぼれ落ちてしまうのです。

手術できない理由とは?

ここまで読んで、

「転移が起こればそれも手術で取ってしまえばいいのでは?」

と思った方がいるかもしれません。

確かに、肝臓に1ヶ所転移がある、というようなケースで、それを取ることは技術的には可能です。

しかし、「これを取ることが患者さんの寿命を延ばすことにつながるかどうか」というと別問題です。

がんを肉眼で認識するには、最低でも数ミリ以上なければなりません。

しかし、たった1mmのサイズのがんでも、その中にがん細胞は約100万個います。

もし、1センチ程度の転移があるなら、目に見えないサイズのがんは他に無数にある、と考えるべきです。

血流に乗って肝臓に行き着いたがん細胞が、たった1ヶ所にのみ集まり、そこで大きくなって目で見えるサイズになった、とは考えにくいからです

目に見えるがんだけを取っても、手術時すでに存在した、目に見えないサイズのがんはすぐに成長してしまいます。

がんの「再発」を、

「体の中からがんが完全になくなった後に、新たにがんが現れること」

だと誤解している方がいますが、そうではありません。

手術時に、すでに目に見えないレベルで転移(残存)していたがんが、目で見えるサイズまで大きくなったものが「再発」です

したがって、術前の段階で、

「目に見えるものを全て取れば他にがんが残る可能性は低い」

と考えられる進行度のがんにしか手術をしてはならない、ということです。

このことは、以下の記事でも詳しく解説しています。

ステージ4の胃がんや大腸がんはなぜ手術できないのか?

以上のように、膵臓がんは早期発見や治療が非常に難しい疾患です。

現在、有効な治療法に関して様々な研究がなされています。

近い将来、優れた診断・治療が登場する可能性に期待したいと思います。

(参考文献)

(*) 日本肝胆膵外科学会ホームページ「膵臓がん」

消化器外科専門医

2010年京都大学医学部卒業。医師・医学博士。外科専門医、消化器病専門医、消化器外科専門医、感染症専門医、内視鏡外科技術認定医、がん治療認定医など。「外科医けいゆう」のペンネームで医療情報サイト「外科医の視点」を運営し、1200万PV超を記録。時事メディカルなどのウェブメディアで連載。一般向け講演なども精力的に行っている。著書にシリーズ累計21万部超の「すばらしい人体」「すばらしい医学」(ダイヤモンド社)、「医者が教える正しい病院のかかり方」(幻冬舎)など多数。

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