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病院経営は悪化?改善?診療報酬改定をにらんだ実態調査の読み方

土居丈朗慶應義塾大学経済学部教授・東京財団政策研究所研究主幹(客員)
厚生労働省が11月8日に公表した「医療経済実態調査」

来年の診療報酬改定を控え、病院経営の評価が割れている。11月8日に公表された「医療経済実態調査」の数字をめぐり、厚生労働省は悪化と、財務省は改善と評価した。実態調査の数字はどう読めばよいか。

そもそも、「医療経済実態調査」(以下、「実調」と略す)は、病院や診療所、薬局などの医業経営の実態を調査して、診療報酬を決める際の資料の1つに用いることを目的にしている。この調査結果次第では、診療報酬総額を大きくマイナス改定にするか、小幅なマイナスにする(薬価等を大きく下げて、診療報酬本体をプラスにする)か、どちらになるかの潮の変わり目になったりする。

つまり、「実調」で、医療機関の経営状態がそれなりによいという結果が出れば、診療報酬総額は大きくマイナスにしてよいという流れができ、医療機関の経営状態が悪いという結果が出れば、診療報酬総額、特に薬価等を除く診療報酬本体(医師や看護師など医療従事者の人件費や医療機関の経費)をマイナスにはできないという流れになる。ちなみに、診療報酬総額と診療報酬本体の関係は、拙稿「給付抑制が『医療崩壊』に繋がるわけではない 給付と負担のバランスをどう取るべきか」を参照されたい。

8日に調査結果を公表した厚生労働省は、集計して出た数字をそのまま論評した。調査結果で注目されるのは、医療機関の収入から費用を差し引いた損益差額を、収入で割った損益差額率である。これが大きくマイナスだと、医療機関の経営状態は悪いと評価される。2016年度の一般病院の損益差額率は、医療法人で+1.8%、国立で-1.9%、公立で-13.7%、個人+3.1%、その他-1.2%などとなっており、全体ではー4.2%となった。ただ、国立病院や公立病院は、不採算医療やへき地医療を担っており、一定の赤字は税財源などにより補填されることを想定している。そこで、国公立を除く一般病院でみると、損益差額率は+0.1%であった。

国公立を除く一般病院でみると、損益差額率は、2015年度の+0.4%から2016年度に+0.1%へ低下しており、厚生労働省は病院の経営状況は総じて悪くなっていると評し、診療報酬本体のプラス改定を求めてゆくとみられる。これに、診療報酬本体のプラス改定を要望する日本医師会なども同調した。

他方、集計しただけの数字を鵜呑みにしては誤りだと指摘したのは、財務省である。同11月8日に開催された財政制度等審議会財政制度分科会に提出された補足説明資料によると、「実調」は、サンプル調査で、回収率の差異なども考慮せず、実際の医療機関の分布状況と異なるのに、そのまま回収できたサンプルの結果だけを単純に集計したのでは、実態を表したことにならない、とした。

具体的にいうと、国公立を除く一般病院で、開設者が医療法人である病院(損益差額率+1.8%)は、実際には78.5%を占めるのに「実調」では69.1%しかなく、次いで多いその他の病院(損益差額率-1.2%)は、実際には12.2%を占めるが「実調」では16.1%、個人が開設者の病院(損益差額率+3.1%)は、実際には3.9%を占めるのに「実調」では2.7%と、乖離がある。端的にいえば、損益差額率がプラスだった開設者の構成比が実際より「実調」では低く、損益差額率がマイナスだった開設者の構成比が実際より「実調」では高い状態だった。構成比を無視してそのまま集計すれば、より悪い数字になることは自明である。

補足説明資料によると、実際の構成比に直して、損益差額率を加重平均し直すと、2016年度の国公立を除く一般病院の損益差額率は+0.6%であった。構成比修正後の国公立を除く一般病院でみると、損益差額率は、前回の診療報酬改定直前の調査である2014年度の+0.4%から2016年度に+0.6%へ上昇しており、国公立を除く一般病院の経営状態は改善している。財務省はそう評した。

これに対し、日本医師会は11月9日に緊急記者会見を開き、2014年の「実調」で調査対象となった病院は、2016年の「実調」での調査対象と異なっているから、2014年と2016年の結果を直接比較することはできない、と批判した。

最近では、「実調」の公表は、診療報酬改定を行う前の一大儀式と化している。この結果を受けて、それぞれが自らの主張を補強しようと競い合う舞台とでもいえようか。別の言い方をすると、「実調」が医療機関の真の姿を調査した結果とは、残念ながら言えない状況になっている。

少なくとも、日本医師会と財務省の主張には、「実調」の2つの問題点が現れている。

1つは、前回の診療報酬改定前の状況と、今回の改定前の状況を比較しようにも、「実調」での調査対象が異なっているから、直接比較できない調査方法となっている点である。確かに、厚生労働省は、層化無作為抽出法を採用して科学的な調査に心がけようとしている。しかし、有効回答数で1000あまりの病院の回答で、上記の結果を出している。病院については、医療機関数は限られているのに抽出率は1/3と、前回と今回の「実調」でともに調査対象となる病院が多く出ないような低い抽出率である。前回と今回でともに調査対象となる医療機関をもっと増やさなければ、こうした批判は免れられない。

もう1つは、有効な回答をした医療機関だけの結果を単純に集計してしまうと、医療機関の実際の構成比とずれてしまい、実態をうまく表せない点である。しかも、有効回答率も上昇したとはいえ60%未満である。サンプル調査にせざるを得ないのなら、より実態を表せるようにする工夫が必要である。

すべての医療機関を対象とした全数調査ならば、これらの問題は起こらない。全数調査に変えるのが最善だが、「実調」をサンプル調査で続けるなら、全数調査と遜色ない結果を示せるような工夫(専門用語では比推定など)が必要である。

「実調」は、それぞれの立場を乗り越えて、客観的な事実(エビデンス)に基づいた議論に資するものにすべきである。

慶應義塾大学経済学部教授・東京財団政策研究所研究主幹(客員)

1970年生。大阪大学経済学部卒業、東京大学大学院経済学研究科博士課程修了。博士(経済学)。慶應義塾大学准教授等を経て2009年4月から現職。主著に『地方債改革の経済学』日本経済新聞出版社(日経・経済図書文化賞とサントリー学芸賞受賞)、『平成の経済政策はどう決められたか』中央公論新社、『入門財政学(第2版)』日本評論社、『入門公共経済学(第2版)』日本評論社。行政改革推進会議議員、全世代型社会保障構築会議構成員、政府税制調査会委員、国税審議会委員(会長代理)、財政制度等審議会委員(部会長代理)、産業構造審議会臨時委員、経済財政諮問会議経済・財政一体改革推進会議WG委員なども兼務。

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