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水中ウォーキング お散歩よりも効果あるの?

斎藤秀俊水難学者/工学者 長岡技術科学大学大学院教授
水中ウォーキング用ソックス。滑り止めのついている箇所で身体を支える(筆者撮影)

 木枯らし1号が吹いて、暖かいプールが恋しい季節になりました。ゆっくり自分のペースで運動したいあなたに水中ウォーキングはもってこいです。すでに、プールの中で水の抵抗に負けないように頑張って「今日もダイエットできたかな?」と満足する毎日を送っている方もおられるかと。そういう筆者もはまっています。ところで、水中ウォーキングってお散歩よりも効果あるのでしょうか?

帰還した宇宙飛行士状態

 ある大手スポーツクラブのベテランインストラクターが筆者に教えてくれました。

 「うわー、今日もいっぱい運動したわぁ、体がくたくたで重い」と水中ウォーキングが終わって上がってきたお客さんの中には、いっぱい運動した気になっただけの人がいるんですよ。無重力状態から陸に上がって体が重く感じるから、くたくたに感じるんです。私どもはこれを「地上に帰還した宇宙飛行士状態」って呼んでます。

 なるほど、かくいう筆者も昔の栄光?は微塵も感じられなくなり、最近は「泳ぐよりも歩いた方が速い」状態になりました。速足で歩けば、体力を使っている気分になり、健康に良いと勝手に思っていました。確かにプールサイドに上がると、何かよろめくものを感じます。

水深により、歩くスピードが変わる

 水中ウォーキングといっても、様々なやり方があります。歩く時の体の向き、足腰の使い方、歩く速度、水の流れなどなど。そういった中で、プールの水深について体力にどう関わってくるのか、スピードを観点にして見てみましょう。

 図1をご覧ください。プールの水深とウォーキングする人の背丈(160 cm)の関係を示しています。

 水深が浅いと、お散歩とあまり変わりはありません。

(a) 水深(16 cm)が身長の10%の場合  すべての体重が床面にかかる。足を前に出す際に水面上に出すことができるので、前進するのに水の抵抗を受けることがない。かかとから着地し、足の裏全体を床面につける。

(b) 水深(64 cm)が身長の40%の場合  6割ほどの体重が床面にかかる。足を前に出す際に水面上に出すことができないので、前進するのに脚に水の抵抗を受ける。かかとから着地し、足の裏全体を床面につける。

 ところが水深が身長の半分以上を占めることになると、水の浮力の影響が大きくなるとともに、進む時の抵抗が高くなります。

(c) 水深(112 cm)が身長の70%の場合  浮力が強くなり、床面にかかる体重は3割程度。前進するのに水の抵抗が高くなるので、体を前に傾けるようになる。最も大きな特徴は、つま先から着地し、つま先だけで体を支え、さらにつま先で後ろにけりだすようになる。

(d) 水深(144 cm)が身長の90%の場合  ほぼ水に浮いた状態。つま先立ちの状態で、歩くというよりは蹴り上げて水中を漂う状態。

図1 水深と歩く時の姿勢の例。水深が深くなるとつま先で歩くようになるのが特徴(筆者作成)
図1 水深と歩く時の姿勢の例。水深が深くなるとつま先で歩くようになるのが特徴(筆者作成)

 スピードはどうでしょうか。例えば筆者が自分で水の中に入り、歩きながら直接測定した結果をおおよその数値で示すと図2のようになります。1時間当たりで歩くことのできる距離を示します。

 水深が足首程度であれば、陸上を歩く時とスピードは変わりません。太ももくらいの水深になると脚にかかる水の抵抗の分だけスピードが落ちます。胸くらいの水深ではおなかに水の抵抗を受けるので前傾姿勢になって進もうとします。その分だけスピードが落ちます。首あたりの水深では浮力が強くて床面を蹴っても浮き上がる力に使われてしまい、スピードが極端に落ちます。

 以上のことから、ほぼ全身に水の抵抗を受け力強く前進するのは、身長の7割くらいの水深を歩く時で、これくらいの水深で頑張って前進すれば、お散歩より体力を使うことになるのではないでしょうか。

図2 プールの水中で1時間当たりに進むことのできる距離の一例。身長170 cmの筆者の場合(筆者作成)
図2 プールの水中で1時間当たりに進むことのできる距離の一例。身長170 cmの筆者の場合(筆者作成)

科学で確かめると

 「水中ウォーキング 論文」で検索すると、いろいろな論文を手に入れることができます。きちんと研究された内容によって、水中ウォーキングでどのような効果が得られるのか、確かめてみましょう。

水中歩行は陸上の歩行にまさるか 1)

 直接的なタイトルです。水中トレッドミルと呼ばれる水流装置内で、脚を動かしつつも移動することなく心拍数、最大酸素摂取量を測定しています。水深約120 cmの中を時速5000 mくらいのスピードで歩くと、酸素摂取能力が高まること、陸上で同じ運動強度を得るのであれば時速9600 mくらいのスピードで歩くことに匹敵することがわかりました。時速5000 mというと、少し頑張らないとなりません。

高齢者を対象とした12週間にわたる水中運動による心理的・身体的効果:量的・質的アプローチを用いた多面的分析 2)

 運動習慣を持たない60歳以上の高齢者40人に対して、水深90 cmから110 cmのプールで水中歩行20分を含む運動プログラムを12週にわたって実施しています。その結果、最高時酸素摂取量が向上し、膝と胸の筋力向上の効果が認められています。そして、心のネガティブな感情が軽減されていました。

週1回12週間の水中ウォーキング教室に参加した中高年女性の健脚度関連体力、感情及び冬道セルフエフィカシーの向上 3)

 中高年女性35人による水深120 cmから130 cmでの低ー中等度運動の解析結果です。1回50分の運動で快感情得点とリラックス感得点が運動後に向上、そして12週目には最大1歩幅や10 m全力歩行が改善しました。冬道セルフエフィカシー(強風下歩行、凍結路歩行における自信)が向上しました。

 様々な効果を確かめる研究でも水深は100 cm前後とされていることから、この程度の水深を選べば、水中ウォーキングの効果を実際に得られるような運動ができることになります。ただし、前述の大手スポーツクラブのベテランインストラクターに言わせると「インストラクターの指導のもとできちんとしたプログラムをこなすことが大事です」とのことでした。

防災の分野でも水中ウォーキングが研究されている

 水害時の冠水道路の避難のためにも、水中ウォーキングが研究されています。例えば、東京理科大学理工学部土木工学科の二瓶泰雄教授の論文「様々な環境条件下における水害避難時の歩行速度に関する実験的検討 4)」では、図3の結果が得られています。

 これによりますと、例えば水深1.0 m(100 cm)の時の歩行速度は毎秒約0.6 m(時速2160 m)で、筆者がプールで得た時速3600 mより遅くなります。これは、水害避難時の実験の服装として被験者が胴長を履いていて、その分だけ水の抵抗を受けるためです。

 なるほど、健康増進を目的とするのであれば抵抗が高いほうがいいのですが、避難を目的とする時にはその抵抗が避難者の体力を奪うことになるという、同じ研究でも観点によって水の抵抗の功罪が全く異なることがわかります。

図3 防災分野で研究された水深と歩行速度の関係(参考文献4から抜粋)
図3 防災分野で研究された水深と歩行速度の関係(参考文献4から抜粋)

 二瓶先生の研究室にお邪魔しました。水中ウォーキングの様々なデータを取るための装置を見学しました。図4に示すように巨大な装置で、全長20 m、幅1.0 m、高さ1.8 mの大型開水路です。水の流れの速さが調節できて、水深10 cmでは毎秒3 m以上、30 cmでも毎秒1 m以上の流れが確保できます。窓越しに人が見えると思いますが、この人のいる空間に水が流れます。最大深さはこの人の身長を超します。この装置を利用して水の流れのスピードと水深を調節し、水害時の避難者の歩き方などについて研究しています。

 現在では、ライフジャケットを装着した状態で、冠水状況から浮いて呼吸を確保しながらどのように避難するのか、調べています。図5に研究中の学生のお二人とともに大型開水路の前で二瓶先生を撮影しました。

図4 東京理科大学に設置されている大型開水路(筆者撮影)
図4 東京理科大学に設置されている大型開水路(筆者撮影)
図5 二瓶泰雄教授(中央)と学部4年生の桑木野仁美さん(右)、佐藤諒さん(左)
図5 二瓶泰雄教授(中央)と学部4年生の桑木野仁美さん(右)、佐藤諒さん(左)

さいごに

 冬の寒い時期の運動に心地よい、水中ウォーキングの効果についてお話ししました。少し頑張ればお散歩よりは体力の向上につながるばかりでなく、リラックス効果にも関係するのは嬉しいことです。

 そして防災の分野では自分の安全を守るための研究対象になっています。このあたりは、陸上をお散歩するだけでは得られない様々な気づきにあふれています。まずは水中を歩いてみて、それから興味の出た分野の論文などを眺めてみてはいかがでしょうか。

参考文献

1) 仁平律子ら「水中歩行は陸上の歩行にまさるか」デサントスポーツ科学 13巻 193.

2) 渡辺英児ら「高齢者を対象とした12週間にわたる水中運動による心理的・身体的効果:量的・質的アプローチを用いた多面的分析」体育学研究 46巻 353 (2001).

3) 桂良寛ら「週1回12週間の水中ウォーキング教室に参加した中高年女性の健脚度関連体力、感情及び冬道セルフエフィカシーの向上」体力科学 59巻 505 (2010).

4) 水野力斗、二瓶泰雄「様々な環境条件下における水害避難時の歩行速度に関する実験的検討」土木学会論文集B1 72巻4号 I1333 (2016).

水難学者/工学者 長岡技術科学大学大学院教授

ういてまて。救助技術がどんなに優れていても、要救助者が浮いて呼吸を確保できなければ水難からの生還は難しい。要救助側の命を守る考え方が「ういてまて」です。浮き輪を使おうが救命胴衣を着装してようが単純な背浮きであろうが、浮いて呼吸を確保し救助を待てた人が水難事故から生還できます。水難学者であると同時に工学者(材料工学)です。水難事故・偽装事件の解析実績多数。風呂から海まで水や雪氷にまつわる事故・事件、津波大雨災害、船舶事故、工学的要素があればなおさらのこのような話題を実験・現場第一主義に徹し提供していきます。オーサー大賞2021受賞。講演会・取材承ります。連絡先 jimu@uitemate.jp

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