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きしめんブーム到来なるか!‽ 新オープン「星が丘製麺所」の大いなる野望

大竹敏之名古屋ネタライター
つやつやで美味なきしめん。この麺が実は…!驚きの事実に野望の秘密が

つるつるもちもちの絶品きしめん。実は何と…!

5月12日、名古屋に新しい麺専門店「星が丘製麺所」がオープンしました。ちょっと古風な店名とは裏腹に、陽光が射し込む店内はカフェのようなおしゃれな雰囲気。ショッピングモール「星が丘テラス」の入口に位置し大通りに面したロケーションも、あか抜けたムードづくりにひと役買っています。

ショッピングモール「星が丘テラス」(名古屋市千種区)の1階。大通りに面して外からでも目立つ
ショッピングモール「星が丘テラス」(名古屋市千種区)の1階。大通りに面して外からでも目立つ

麺メニューのメインはきしめん。行く行くはうどん、中華そば、味噌煮込みうどんなどもメニュー化していく予定とのことですが、まずはきしめんを味わってもらうのが最優先。実は名古屋には、きしめんを目玉にすえる店は駅の立ち食いスタンド以外ほとんどなく、このきしめん推しの姿勢から店の並々ならぬ心意気が伝わってきます。

うどん店らしからぬおしゃれな雰囲気
うどん店らしからぬおしゃれな雰囲気

つゆは赤(たまり醤油ベース)、白(白醤油ベース)、味噌から選べ、ころ(冷たいつゆを指す名古屋特有の呼び方。ここでは赤つゆころ、白つゆころとは異なるやや甘めのつゆ)、ざるもあり。具もきつね、たぬき、すだち、パクチー、天ぷらなどバラエティ豊か。麺の量、つゆなどを選び、トッピングを加えて自分好みにカスタムしていくのです。

麺の量、つゆなどを選び、トッピングを加えて自分好みにカスタムしていく
麺の量、つゆなどを選び、トッピングを加えて自分好みにカスタムしていく

きしめんは、一般的なきしめんよりかなり幅広の約2・5cm。冷たいつゆだとつるつるすべすべの滑らかさ、温かいつゆなら適度につゆを吸ったもちもち感、味噌つゆでは平たいからこそのつゆののりのよさ、ざるは麺がしまってピンとした弾力。つゆや食べ方によってきしめんの文字通り“幅広い”魅力を体感できます。うどんでもそばでも麺料理の最大の醍醐味は食感。この変幻自在の舌ざわりやのどごしこそが、きしめんでしか味わえない魅力なのだと気づかされます。

店名に「製麺所」とうたっている通り、このきしめんは店内で打っていて、ガラス張りの製麺室をカウンターごしに見ることもできます。さすが打ち立ては違う…! 多くの人がそう思うところですが、実は提供されているのは何と冷凍麺! 食べておいしさに驚いた人は、冷凍麺と聞いてさらに驚くこと必至。このつるつるもちもちの食感が冷凍麺だと気づく人はまずいないでしょう。

何と冷たい味噌つゆにパクチーの組み合わせ! きしめんは600円台~
何と冷たい味噌つゆにパクチーの組み合わせ! きしめんは600円台~

麺の達人2人がタッグ。背景には“きしめん離れ”が

「星が丘製麺所」の仕掛け人は衣笠太門さんと堀江高広さん。衣笠さんは“予約が取れない大人気店”「うどんや太門」(名古屋市千種区)店主、堀江さんは名古屋屈指の麺打ち名人で「高砂」(同・港区)の2代目。名古屋を代表する麺職人の両雄がタッグを組んでいるのです。

そんな腕利き2人の店がなぜ“冷凍きしめん”なのか? 実はここに星が丘製麺所の“野望”の秘密が隠されています。

衣笠太門さん(左)と堀江高広さん(右)。大人気新鋭店&老舗の2代目の異色コンビ
衣笠太門さん(左)と堀江高広さん(右)。大人気新鋭店&老舗の2代目の異色コンビ

名古屋名物として全国に知られるきしめんですが、長らく需要は減少の一途をたどっていました。理由のひとつは店にとって手間がかかること。薄くてしなやか、でもコシのあるきしめんを打つには熟練の技が必要。きしめんはうどん店にとっては独立したメニューというよりうどんやそばと並ぶ麺の選択肢のため、最も手間がかかるきしめんは割が合わないものとなります。また、もともと名古屋は観光都市ではないため、近所の常連がお客の大半である町のうどん店には、きしめん目当ての観光客が来ることもほとんどありませんでした。そのため店も積極的にきしめんをアピールしなくなり、地元の人ほどきしめんを食べない、食べないから真の魅力も知らない、という悪循環が続いていたのです

新規参入にも老舗の継承にも。冷凍きしめんで広がる可能性

そんな状況を打破し“きしめん復権”を目指すこの店で、冷凍きしめんをメインにすえるのはこんな理由があります。 

「きしめんをもう一度名古屋のソウルフードにするには、おいしいきしめんをもっと気軽に食べられる機会を増やすことが不可欠。そのために、誰でも簡単に調理できる麺をつくって、フランチャイズなどで出店しやすくする必要がある。もちろんおいしいことが大前提ですから、様々な方法を模索していたのですが、そんな時に凍らして戻してもおいしさが変わらない冷凍技術に出会ったんです」(衣笠さん)。

この冷凍きしめんを使えば、きしめんスタンドなど小規模の店舗でも出店しやすくなり、おいしさをともなうファーストフード化ができる、というわけ。「星が丘製麺所」は単なる一飲食店ではなく、この冷凍きしめんの生産拠点かつおいしさを広めるためのアンテナショップなのです。だからあえてつくりたての麺をいったん冷凍し、もどしてから提供するという方法をとっているわけです。

冷凍きしめんのおいしさを普及させることが目的のため、店内でのイートインだけでなく、購入して自宅で調理して食べることもできます。店の一角にはショウケースがあり、ここで麺とつゆの販売もしています。

物販スペースで冷凍きしめんやつゆも販売。きしめん、つゆは各250円
物販スペースで冷凍きしめんやつゆも販売。きしめん、つゆは各250円

この冷凍技術はきしめんのファーストフードチェーン化にとどまらず、既存のうどん店の生き残り戦略、またイベントなど販路の拡大にも活用できるといいます。

「町のうどん店は店主の高齢化が進んでいて、体力がいる麺づくりができなくなって店をたたんでしまうケースもある。例えばその店のレシピを元に我々が製麺して冷凍麺にすれば、店の負担を軽減でき、後継者にバトンタッチしやすくなるかもしれない。また、ネット通販はもちろん、フードイベントなどでも提供しやすくなり、いろんな場所できしめんを食べてもらう機会を増やせるんです」(堀江さん)

連日盛況で広まるきしめん体験。ブーム到来なるか!‽

衣笠さん・堀江さんの野望はあくまで「きしめんを名古屋のソウルフードにすること」。決して冷凍きしめんを、既存のきしめんに取って代わるものにすることが目的ではありません。

「ここで“きしめんっておいしいんだ!”と感じた若い人が、“今度は近所のうどん屋できしめんを食べてみよう”と足を運んでくれるきっかけにしてほしい。既存のうどん店にも、もっときしめんをつくって売ってやろう!と思ってほしい。食べる人、つくる店、両者できしめんの価値が高まる動きが活発になれば、やがて社会現象にもなると考えています」(堀江さん)。

多くの人でにぎわう「星が丘製麺所」。老若男女に親しまれるきしめんをメインにした麺専門店は、幅広い世代が利用できるネオ大衆食堂にもなり得る
多くの人でにぎわう「星が丘製麺所」。老若男女に親しまれるきしめんをメインにした麺専門店は、幅広い世代が利用できるネオ大衆食堂にもなり得る

「星が丘製麺所」はオープン以来連日盛況で、「麺の生産が追いつかない!」とスタッフがうれしい悲鳴を上げるほど。きしめんのブーム到来&ソウルフード化の第一歩となる、地元っ子のきしめん体験は着々と積み重ねられているようです。

名古屋のあちこちできしめんスタンドがにぎわい、町のうどん店では職人が腕をふるう手打ちきしめんに常連も観光客も舌鼓を打つ。そんなきしめん新時代が到来している近未来の名古屋を夢見ながら、まずはそのきっかけとなり得る「星が丘製麵所」のきしめんを味わってみてはいかがでしょうか。

(写真撮影/すべて筆者)

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名古屋ネタライター

名古屋在住のフリーライター。名古屋メシと中日ドラゴンズをこよなく愛する。最新刊は『間違いだらけの名古屋めし』。2017年発行の『なごやじまん』は、当サイトに寄稿した「なぜ週刊ポスト『名古屋ぎらい』特集は組まれたのか?」をきっかけに書籍化したもの。著書は他に『サンデージャーナルのデータで解析!名古屋・愛知』『名古屋の酒場』『名古屋の喫茶店 完全版』『名古屋めし』『名古屋メン』『名古屋の商店街』『東海の和菓子名店』等がある。コンクリート造型師、浅野祥雲の研究をライフワークとし、“日本唯一の浅野祥雲研究家”を自称。作品の修復活動も主宰する。『コンクリート魂 浅野祥雲大全』はその研究の集大成的1冊。

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