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東京でさくらの開花 さくらの観測が靖国神社で行われている理由と600度の法則

饒村曜気象予報士
東京 靖国神社のさくら(写真:アフロ)

さくら開花のトップ争い

 3月に入ると、「沖縄・奄美以外でさくらが一番先に咲くのは」ということが話題になります。

 桜の種類によっても違いますし、同じ地方の同じ種類のさくらといっても、個々の木による個体差もあり、どこが一番というのは難しい問題です。

 気象庁では、全国の気象官署で統一した基準により、さくらの開花した日や、かえで・いちょうが紅(黄)葉した日などの植物季節観測を行っていますが、その多くは、観察する対象の木(標本木)を定めて実施しています。

 気象庁は平成になってから測候所の無人化を進めていますので、平成の初めの頃に約150の観測地点だったのが、現在では約50の観測地点に減っています。

 さくらの開花競争は、気象庁が行っている標本木と呼ばれる特定の「さくら」での競争ですので、競争している地点数は、昔に比べて減っています。

 現在も観測が行われている地点について、昭和28年(1953年)から令和4年(2022年)の70年間にトップとなった回数を調べると、高知がダントツの一位となっています(表1)。

表1 さくら開花のトップ回数(沖縄・奄美を除く、複数の地点数があるので合計は70回より多い)
表1 さくら開花のトップ回数(沖縄・奄美を除く、複数の地点数があるので合計は70回より多い)

 平成に入ると、鹿児島や高知など温暖な地方が減り、都市化の影響も考えられる東京が増えています。

 これは、鹿児島のように温暖な地方では、強い寒気にさらされることがないので、休眠打破と呼ばれる寒さのあとに起きる開花の加速がおきないためと考えられます。

 地球温暖化が進むと、現在のさくらの開花が早い地方では強い寒気にさらされることがなくなり、開花の加速がなくなって、東京がトップ争いの常連になるかもしれません。

令和5年(2023年)のさくらの開花

 令和5年(2023年)は、3月に入ると季節外れの暖かさが続き、各地でさくらの花芽が膨らんできました。

 特に、東京では最高気温が3月10日に22.9度、11日に20.8度と4月から5月の暖かさとなり、靖国神社にある標本木の花芽が急速に膨らんでいます(図1)。

図1 東京の気温変化(3月10日~15日)
図1 東京の気温変化(3月10日~15日)

 3月12日は日中の最高気温こそ20度を切りましたが、日本海北部にある低気圧に向かって暖気が入ったため、夜になっても気温があまり下がりませんでした。

 3月13日14時頃には各局の取材クルーが靖国神社の標本木の前に集まり、気象庁の観測員が観測し、「東京でさくらの開花」を発表するのを待っています。

 しかし、「さくらの開花は4輪」という発表で、さくらの開花を発表する基準には1輪足りなかったため、東京での観測史上最速となる3月13日のさくら開花宣言はありませんでした。

 寒冷前線の通過によって午後から気温が下がり、咲いたさくらが4輪でストップしたためです(図2)。

図2 地上天気図(3月13日12時)
図2 地上天気図(3月13日12時)

 さくらの開花は、観測員が常時さくらを観測しているわけではなく、おおむね平日は10時頃と14時頃、土日や休日は14時頃に観測を行っていますので、14時をすぎてから開花しても、翌日の観測となります。

 ただ、標本木には開きかけの花が一輪と、開花の数には入れてない胴咲き(枝ではなく幹や根から咲く)による開花もありましたので、3月14日には開花(観測史上1位タイ)になりそうです。

 なお、気象庁の「生物季節観測指針」が令和3年(2021年)1月に改正となり、さくらの開花観測の定義が少し変わっています。

新しい基準:「標本木に5~6輪の花が咲いた日を開花日とする。なお、胴咲き(枝ではなく幹や根から咲く)による開花は、通常の開花とは異なるプロセスによると考えられることから、5~6輪に含めない。」

古い基準:「標本木に5~6輪の花が咲いた日を開花日とする。」

さくらの開花予想

 気象庁による「さくらの開花予想」の発表は、昭和26年(1951年)に関東地方を、昭和30年(1955年)からは全国(沖縄・奄美地方を除く)を対象に始まり、平成21年(2009年)まで半世紀以上続きました。

 国全体の行政事務の見直しのなかで、さくらの開花や満開などについての気候に関連する観測は、地球温暖化対策など国の業務と関連することから気象庁が継続して行うこととなっていますが、さくらの開花予想は防災業務を分担している気象庁の業務にはなじまないなどの理由からの廃止となっています。

 しかし、国民からの需要がなくなったわけではありません。国民からの需要に対しては、日本気象協会、ウェザーニューズ社、ウェザーマップ社などの民間気象会社等がさくらの開花予報を行っています。

 民間気象会社等によって、対象とするさくらの木が違ったり、予報を発表する時期が違ったりするので、簡単には比較できないのですが、ウェザーマップの予報では図3のようになっています。

図3 さくらの開花前線(ウェザーマップによる)
図3 さくらの開花前線(ウェザーマップによる)

 これによると、東京で3月14日に開花した後、今週は各地で平年より早くさくらが開花しそうです(表2)。

表2 全国のさくら(ソメイヨシノ)の開花予想
表2 全国のさくら(ソメイヨシノ)の開花予想

 平年との差でいうと、西日本より東日本の方が特に早く咲くという予報です。

 寒い、寒いと言っているうちに花見の季節がすぐそこまでやってきました。

【追記(3月14日14時40分)】

 気象庁は、3月14日14時過ぎに、東京(靖国神社)のさくらの標本木が5輪以上(11輪)の花を観測したことから、「東京でさくらが開花した」と発表しました。

東京のさくらの観測が靖国神社の理由

 東京のさくらの観測がなぜ靖国神社で行われているのかについては、よくわかっていません。

 観測が始まった頃のいきさつが残されていないからです。

 ただ、昭和から平成に変わるころ、TBSテレビの「テレポート6」で気象キャスターの森田正光さんが異常に早く咲いたさくらを紹介したところ、気象庁でさくらの開花予報を開拓した市川寿一さんから連絡があり、以後、森田さんは市川寿一さんに教えを乞うています。

 森田正光さんは、ソメイヨシノは利口な花であること、暖かければ単純に咲くというものではなく、適度の寒さを経験しなければ咲かないこと、狂い咲きが少ないことから季節の指標としては最も優れた植物であることを教わり、貴重な手書きの本までいただいています。

 この本の題名は、「雑兵公務員の繰言・技術職員としての30年とその後の所感」で、一級の資料本であるということから、現在は森田正光さんから気象庁図書館に寄贈されています。

 森田正光さんは、市川寿一さんから聞いた話をもとに、次のような文を書いています。

 なぜ東京のサクラが靖国神社なのかというと、昭和20年代後半に調査した時、各公園や名所のサクラの開花日を平均したら、靖国神社のサクラが平均日に一番近かったからである。決して、そこにたまたまサクラがあったから、というわけではないのである。

引用:森田正光(平成6年(1994年))、市川寿一さんのこと、ニッポンお天気物語、SINRA森羅万象、新潮社。

 森田正光さんには、片山由紀子気象予報士とともに、平成16年(2004年)頃に、TBSラジオ「スタンバイ」のために考案した「さくら開花の600度の法則」があります。

 現在は、もっと複雑な関係式を用いて予報していますが、さくらの開花を予測する目安として、一番簡単な方法です。

 1月1日から日々の平均気温(または2月1日から日々の最高気温)を足していって600度になった日を開花日とするのが「600度の法則」です。

 暖かい地方では600度よりも大きな値になったりしますが、東京に関して言えば、簡単に目安がわかる方法です。

 簡単に予測できる方法ですので、身近なところにあるさくらの開花日を調べて、積算温度が何度になれば咲くかという数字が求められれば、その数値と週間天気予報の気温を使って予測してみるのも、楽しいと思います。

図1、表1、表2の出典:気象庁ホームページとウェザーマップ提供資料をもとに筆者作成。

図2の出典:気象庁ホームページ。

図3の出典:ウェザーマップ提供。

気象予報士

1951年新潟県生まれ。新潟大学理学部卒業後に気象庁に入り、予報官などを経て、1995年阪神大震災のときは神戸海洋気象台予報課長。その後、福井・和歌山・静岡・東京航空地方気象台長など、防災対策先進県で勤務しました。自然災害に対しては、ちょっとした知恵があれば軽減できるのではないかと感じ、台風進路予報の予報円表示など防災情報の発表やその改善のかたわら、わかりやすい著作などを積み重ねてきました。2015年6月新刊『特別警報と自然災害がわかる本』(オーム社)という本を出版しました。

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