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世界最速の詰将棋解答者・藤井聡太七段は二十数秒で瞬殺 江戸時代の名作41手詰を解いてみよう

松本博文将棋ライター
詰将棋解答でも異次元の能力を発揮する藤井七段(記事中の画像作成:筆者)

 藤井聡太七段は天才です。詰将棋の解答の速さ、正確さにかけては、他の追随を許しません。あまたの強豪が集う詰将棋解答選手権でも無類の強さを発揮し、小学6年から高校1年まで5連覇を達成しています。

【参考記事】

藤井聡太七段、詰将棋解答選手権5連覇の快挙

 藤井七段の詰将棋解答に関する伝説については、枚挙にいとまがありません。

 筆者は2017年はじめ、まだ29連勝フィーバーが本格化する以前に、雑誌『文藝春秋』に掲載される記事の取材で、藤井四段(当時)のお宅にお邪魔して、インタビューする機会がありました。その際、藤井四段には『文藝春秋』誌に連載されている、谷川浩司九段出題の13手詰を解いてもらいました。雑誌などで詰将棋が出題される際にはだいたい、何分で解けたら棋力はどれぐらい、というおおよその目安が示されています。その問題は「10分でアマ三段レベル」でした。

 藤井四段は問題をちらりと見ました。そして数秒で「はい」と一言。・・・。えっ? 何が「はい」なのかと思ったら「もう解けました」という意味でした。

「これで四段はあるでしょうか?」

 そばで見ていた藤井四段のお母さんからは、そう尋ねられました。

 ははははは。筆者は笑うしかありませんでした。人間はあまりにすごいものを見せられた時には、笑うしかないようです。野暮を承知で補足しておけば、10分で解ければアマ三段、10秒で解ければプロ四段レベル、ということでしょう。

 さて昨年の12月、名古屋市内でおこなわれた将棋イベントにおいて、藤井七段が41手の詰将棋を、二十数秒で解いたことが、また伝説となったようです。

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 藤井七段に出題されたのは、江戸時代の8世名人大橋宗桂(大橋本家九代目)が作ったものです。九代宗桂は十代将軍徳川家治の頃を生きた人です。その時代背景を知るには漫画『宗桂』(星野泰視作、渡辺明監修)がおすすめです。

 九代宗桂はそれまでの例に従って百題の詰将棋を創作し、一冊の本にまとめ、将軍に献上しています。これを「献上図式」と言います。九代宗桂の献上図式は、後世、一般的に「将棋舞玉」(ぶぎょく)と呼ばれています。

 藤井七段に出題されたのは「舞玉」の第8番。まずはその図面を見てみましょう。

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 さて、どうでしょうか。

「・・・駒が多いよ!」

 まずそう思われる方もおられるでしょう。江戸時代の献上図式はこんな感じで、ごちゃっと駒がたくさんあります。それでもこの問題は、比較的すっきりした形かもしれません。

「ああ、これ知ってる」

 という方は、詰将棋歴が長い方かもしれません。藤井七段にとっては、初めて見る問題だったそうです。

 では腕に自信のある方は、お考えください。制限時間は30秒・・・というのは早すぎますね。たとえば寒い外で人を待っていると30秒は永遠に近いほどに長く感じられますが、将棋の考慮時間、特に詰む詰まないを考える時間としての30秒は、普通の人にはあっという間です。

 さて、以下は長くなります。

「符号が多すぎて読む気がしないよ・・・」

 という方は、図面(途中図)の推移だけでもご覧ください。余談ながら、将棋の記事を面白く読むコツは、難しそうな解説手順を適当に飛ばして読み進めていくことです。

 問題図で玉方(ぎょくかた、玉を詰まされる方)の玉は2一にいます。受けの主力はその近くに置かれている1三龍(成り飛車)です。

 詰方(つめかた、玉を詰ます方)の主力は、遠く9三の地点にある飛車です。これが三段目によく利いていて、相手玉がそのラインから上に逃げるのを当面防いでいます。

 盤面中央から左下に配置されている駒が意味深ですが、これは後にはたらいてきます。

 まずは初手を考えてみましょう。▲1一金や▲3一金は△2二玉と角を取られて続きません。持ち駒に桂がある場合には、とりあえず打ってみる場合が正解となることもありますが、ここで▲3三桂は△2二玉で詰みません。

 初手はまず▲1一角成という好手から入ります。

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 これを△同玉は▲1三飛成と龍を取ることができて詰みます。また△同龍は▲2三飛成で詰みます。

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 変化図は「一間龍」(いっけんりゅう)と呼ばれる詰みの基本形です。詰将棋は残りの駒全部を玉方は合駒として使うことができますが、△2二金と合駒を打っても、▲3二金までの詰みとなります。

 つまり▲1一角成の王手に対しては△同玉とも△同龍とも取れません。また△3二玉と逃げるのは▲4四桂△4一玉(△4二玉でも同じ)▲5二金△3一玉▲9一飛成までの詰みとなります。

 ▲1一角成に対しては△3一玉と逃げるのが最善です。

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 攻方は角を馬(成り角)に昇格させることができましたが、さてここでどうしましょうか。

 注目していただきたいのは、攻方の持ち駒の桂4枚です。これが本局のポイントで、この桂を順に打っていくのが用意された趣向でした。正解は▲2三桂の王手です。

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 この桂は取らないわけにはいきません。取らなければ玉方の龍の横利きが止まります。逃げても△4一玉は▲4三龍、△4二玉は▲5四桂という筋で、いずれもすぐに詰みます。

「タダやん」

 と言いながらかどうかはわかりませんが、玉方は△同龍と取ってきます。

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 わざわざ駒を捨てた意味はなんでしょうか。ここでまた継続の好手が出ます。それが▲2一馬と寄る手です。

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 初手に▲1一角成とした局面と見比べてください。玉、龍、馬という3枚の駒が一つずつ左にずれています。

 ▲2一馬に△同龍は▲3三龍(一間龍の形)で詰みます。以下△3二龍は▲4二金△2一玉▲3二龍△1一玉▲2一飛まで。

 また△2一同玉は2三に龍を呼んだ効果で▲2三龍(相手の龍を取る)が実現し、やはり詰みます。

 というわけで、この▲2一馬の王手にも△4一玉と逃げるしかありません。そしてまた▲3三桂。以下同様に△同龍▲3一馬△5一玉▲4三桂△同龍▲4一馬△6一玉▲5三桂△同龍▲5一馬△7一玉と進みます。

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 攻方は桂を4枚打ち捨てながら、玉と龍と馬が、左の方に移動してきました。

 ここまで18手。趣向詰将棋を解き慣れている達人であれば、冗談ではなく、数秒でたどりつく局面かもしれません。

 さて、ここからどう手をつないでいくか。もう4枚の桂は打ち尽くしたので、▲6三桂とは打てません。

 ここで上部脱出の押さえとなっていた飛車を動かします。▲9一飛成と飛び込んで。

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 今度は横の「一間龍」の形です。8一に合駒を打つのは▲8二金までの詰みとなります。そこで△7二玉と逃げる一手。

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 ここもまた考えどころです。▲8二金は典型的な「王手は追う手」で、△6三玉と広いところに逃げられて捕まりません。▲6一龍は△8三玉と逃げられます。以下▲7三金は△9四玉と上に逃げられて詰みません。また▲8四金は△9二玉▲7二龍△8二香合で、玉方の5三龍がよく利いていて詰みません。

 △7二玉には▲7三金と打つのが手をつなげる手段です。

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 これは△同龍と取る一手。それから▲6一龍と迫ります。以下は△8三玉▲7三馬△同玉と進みます。

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 ここからは二枚の飛車(龍)で中段玉を追うステージに入ります。

 さて、まずは手にした飛車をどこに打つか。▲6三飛は目につきますが、これは△8四玉と逃げられて、王手は続きますが詰みません。

 正解は▲7二飛です。

 △8三玉と逃げるのは▲8一龍ですぐに詰みます。そこで△8四玉と逃げるのが最善です。それに対して▲8一龍や▲8二飛成は8三に合駒を打たれて詰みません。▲6四龍と引いて網を引き絞ります。

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 ここで△7四桂と合駒をするのは▲同龍、あるいは▲同飛成で駒が余って詰みます。そこで△9五玉と逃げます。以下▲9二飛成△8六玉と進みます。

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 ここまで32手進みました。意味深に駒が置かれていた左下に舞台が移って、最終ステージを迎えます。

 ここで目につくのは玉方6七金の存在です。これは守り駒というよりは、攻方がうまく取って手をつなげられるように置かれています。▲8七銀と出るのは△7七玉とかわされて詰みません。ここで▲9七龍が好手です。

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 △7六玉とかわすのは▲6七龍引までで詰みます。そこで△9七同玉と取る一手。対して▲6七龍と効率よく金を取ることができました。

 8七に合駒はできません(▲同龍と取られて詰む)。△9六玉と逃げるのは早く詰んでしまいます(その理由は後で述べます)。最善手は△8六玉です。

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 次に△9五玉と逃げられてしまうと、捕まらなくなります。ここで再度の妙手があります。

 それが▲9七龍です。

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 これを△同玉と取れば▲8七金までの詰みです。ここで玉が9六ならば△同玉と取るしかありません。8六ならば△7六玉と逃げる余地があります。

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 さて、いよいよフィナーレの瞬間を迎えました。しかし△6五玉と逃げられてしまうと捕まりません。

 ならばと▲6七龍は△8六玉とかわされます。以下▲9七龍△7六玉▲6七龍△8六玉・・・。これは「連続王手の千日手」の禁じ手となります。

 ここからは実は3手詰です。▲6七龍ではなく▲6六金と捨てるのが最後の好手です。

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 これは△同玉と取るしかありません。そこで▲6七龍と進んで大団円を迎えます。

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 初形ではたくさん駒がありましたが、何枚かはいつしか消えていき、最後は比較的すっきりとしました。そして盤上中央に近いところで、きれいに詰み上がっています。

 以上41手詰でした。藤井七段クラスであれば余計なまぎれ手順はほとんど思い浮かぶことなく、ここまですんなり、二十数秒でたどりつくのでしょう。

「え? 二十数秒? おれはそんなにもかからなかった」

 もしそういう方がおられたら、今年の詰将棋解答選手権に出場するしかありません。そして藤井七段の大会6連覇を阻止してください。

 41手詰を二十数秒とか、すごすぎて笑うしかないというあなた。それが普通の反応です。人間はあまりにすごいものを見せられると、笑うしかないようです。今後も天才の歩んでいく先を、笑いながら見つめていくことにしましょう。

将棋ライター

フリーの将棋ライター、中継記者。1973年生まれ。東大将棋部出身で、在学中より将棋書籍の編集に従事。東大法学部卒業後、名人戦棋譜速報の立ち上げに尽力。「青葉」の名で中継記者を務め、日本将棋連盟、日本女子プロ将棋協会(LPSA)などのネット中継に携わる。著書に『ルポ 電王戦』(NHK出版新書)、『ドキュメント コンピュータ将棋』(角川新書)、『棋士とAIはどう戦ってきたか』(洋泉社新書)、『天才 藤井聡太』(文藝春秋)、『藤井聡太 天才はいかに生まれたか』(NHK出版新書)、『藤井聡太はAIに勝てるか?』(光文社新書)、『棋承転結』(朝日新聞出版)など。

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