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乾貴士がコロナ禍で見せたもう一つの“チカラ”

矢内由美子サッカーとオリンピックを中心に取材するスポーツライター
リーガエスパニョーラで活躍する乾貴士(写真:ムツ・カワモリ/アフロ)

 新型コロナウィルスの感染防止による外出自粛が続いている中、窓から外を見渡せば、まぶしいばかりの新緑の季節が、今年も訪れていることを感じる。暦は最も気候が良い5月に入り、5日には立夏を迎える。だが、今は我慢のとき。空気の入れ換えで部屋を吹き抜けるさわやかな風に癒やされているという人も多いのではないだろうか。

 そんな中、3月に日本サッカー協会(JFA)がスタートさせた「Sports assist you~いま、スポーツにできること~」と銘打った動画コンテンツ企画の充実が目を惹く。

「Sports assist you~いま、スポーツにできること~」

 外出を自粛している人たちの健康維持と促進をサポートする目的のこの企画。中でも、抜群の存在感を見せているのが、スペインのエイバルに所属する乾貴士だ。

 何がすごいかというと、まずは突き抜けた足技テクニックだ。室内でできるリフティングを次々と披露。3月11日に第1回が投稿された「乾貴士の毎日チャレンジ」は平日にほぼ毎日続き、実に32回を数えた。ほれぼれするほどのテクニックや尽きぬアイデアは、サッカーファンなら必見だ。

 この「毎日チャレンジ」は4月27日に最終回の第32回が投稿された。すると、これで終わりなのかと寂しく感じたのも束の間、今度は「小学生の君にもできるリクエストリフティング」がスタートし、5月1日には「高難度リフティングチャレンジ」もスタートした。持っている技術のバリエーションには感心するばかりである。

乾貴士のリフティング動画はコチラ

■ロシアW杯で輝いた陰で

 

 毎日見ているうちにじわりと感じていったのは、彼の継続力だ。振り返れば乾は、07年に滋賀県の野洲高校から横浜F・マリノスに入ってプロサッカー選手生活をスタートさせたが、当初は才能をなかなか発揮することができなかった。08年のシーズン途中から加入したセレッソ大阪では、香川真司とのコンビネーションを武器に輝きを放ち、日本代表にも招集されたが、定着するには至らなかった。

 ところがプロ12年目、30歳で18年ロシアワールドカップの日本代表に選ばれ、大会後はFIFAから「驚きの活躍を見せた5人」に選ばれるのである。

 大会前の日本代表はハリルホジッチ監督から西野朗監督へと指揮官が交代し、チーム編成や戦術がどのようになるかが不透明だった。さらに乾はスペインリーグ終盤に右大腿四頭筋を負傷していたため、はっきりとした状態が分からないままオーストリアの事前合宿に向かっていた。だが、ワールドカップ開幕前最後の強化試合だったパラグアイ戦で、西野ジャパン第1号ゴールを含む2得点を決めて評価を急上昇させ、グループリーグ初戦のコロンビア戦のスタメンを勝ち取った。

 グループリーグ第2戦のセネガル戦では、長友佑都のパスから、コースを狙い澄ましたシュート。乾は試合後、こう言った。

「決定力がないと、サッカー人生でずっと言われてきているし、自分自身もそれは分かっている。でもサッカーをやっている以上、気にせずにやり続けるしかないと思ってきた。自分が打つとなった時は、自信を持てているのが最近です」

 決勝トーナメント1回戦のベルギー戦で見せたミドルシュートも圧巻だった。ベスト8まであと一歩と迫った日本代表において乾はMVP級の大活躍だった。

2018年ロシアワールドカップ前の事前合宿地であるゼーフェルトで地元日本人会の人々と交流会をした(撮影:矢内由美子)
2018年ロシアワールドカップ前の事前合宿地であるゼーフェルトで地元日本人会の人々と交流会をした(撮影:矢内由美子)

■印象に残っている言葉がある

 印象に残る話を聞いたのは、ロシアの日本代表キャンプ地であるカザンの取材エリアでのことだった。初戦のコロンビア戦の2日前だ。

「30歳になる年で初めてのワールドカップというのは遅いのかもしれないけど、自分にとってはこれが一番早かったと思っているし、実力としてこのタイミングでしか出られなかったということだと思っている。自分としては、自分の実力をすべてを分かったうえで、出られるとも思っていなかった。だから、出られることにすごく喜びを感じているし、しっかり返さないといけないと思う」

 思いの深淵を聞き出せるような時間はなかったが、乾のそのコメントは今なお記憶に刻まれている。想像するに、あこがれの舞台を踏む実力を身につけているかを毎日、毎日、測りながら、つねに自分を磨くための努力を積み重ねたからこそ、ワールドカップの舞台を踏めた。そういう思いだったのではないか。

■継続は力なり

 乾の技術に関しては、4月にオンライン取材をした浦和レッズのGK西川周作もJFAの動画を見たと言い、「乾(貴士)選手のリフティングは異次元な部分があって真似できない。だからいちファンとして、乾選手がリフティング動画を投稿してくれているのを毎日楽しみにしています」と脱帽していた。

 このように、プロをもうならせる技術が乾の武器であるのは間違いないが、この1カ月あまり、彼の真骨頂はテクニックそのものよりむしろ、向上心を継続する力なのではないだろうかと感じている。

 乾はJFAを通じて「サッカーはボールがあればどこでもできるし、ウマくなれる!」とのメッセージを出している。

 今は選手もファンも、サッカーを楽しめる日を取り戻すために、やるべきことを緩みなく継続させるべき時期。ひとりひとりの力を合わせて、サッカーをできる幸せ、見ることのできる幸せを再び手にしたい。

 ※JFAのサイトでは、欧州でプレーする選手やJリーガー、なでしこジャパンの選手たちがボールを使った動画以外にも、ステイホームや医療従事者への感謝の拍手を呼びかけるメッセージ動画や、過去の日本代表戦の映像、育成年代向けのプログラムなどがふんだんに掲載されている。

ロシア・ァザンの日本代表キャンプ地(撮影:矢内由美子)
ロシア・ァザンの日本代表キャンプ地(撮影:矢内由美子)
サッカーとオリンピックを中心に取材するスポーツライター

北海道大学卒業後、スポーツ新聞記者を経て、06年からフリーのスポーツライターとして取材活動を始める。サッカー日本代表、Jリーグのほか、体操、スピードスケートなど五輪種目を取材。AJPS(日本スポーツプレス協会)会員。スポーツグラフィックナンバー「Olympic Road」コラム連載中。

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