正社員でなくても退職金がもらえる?驚きの判決に注目集まる
正社員ではないが退職金をもらう権利がある、という判決が出た
先日、「正社員でなくても退職金をもらう権利がある」という判決が高裁で出たことが話題となっています。
時事通信によると
ということです。
毎日新聞も詳しめに報道しており、これによれば、
報道が指摘しているとおり、この種類の訴訟で非正規雇用であっても退職金についても支払うべきとした判決は私も過去、聞いたことがなく、労働法関係者、退職金・企業年金関係者はみな驚いていると思います。
しかし一方で、私はこれは大きな改善の一歩かもしれないとも感じました。というのは、退職金の有無はセカンドライフの金勘定を本質的に左右する要素であり、これを非正規だからという理由で一律に適用除外するべきではないと考えているからです。
今回は少しこの話題を考えてみます。
一般に、正社員以外に退職金は支払わない
まず、基本的な退職金にかかる取り扱いを確認してみます。
一般に、退職金制度は正社員のみを対象としてきました。就業規則で正社員の定義を行い、かつ賃金規程で金銭的待遇を具体化し、退職金規程でさらに退職時の支給ルールを明確化するのが一般的です。
退職金制度についてどこまでカバーするのかは会社ごとのルールに委ねられているところが大きいのが実態です。というか、日本では法律上、退職金の設置義務がないためです。平成30年就労条件総合調査(厚生労働省)では約20%の企業には退職金制度がないとしているほどです。
そのため、契約社員、派遣社員、アルバイト、パートなどは退職金の対象外となることがほとんどです。業務内容が異なるため、賃金も賞与も退職金も差がつくという考え方です。派遣社員は派遣元が厚生年金保険料を払ったり給与を支払いますが、おおむね退職金は支払われないようです。
また同じ会社に正社員で勤めていた人が定年退職を迎えて再雇用される場合も退職金の対象外とすることが多いのが実態です。60歳以降も退職金の対象とする場合、そのまま65歳まで正社員で働けるよう定年延長をするケースがみられます(逆に退職金の加算は60歳で止めて、65歳までは正社員雇用するような選択肢もある)。
こうした日本の労働慣行からすると、元契約社員にも退職金を受け取る権利があるという今回の判決の意外性が分かると思います。
退職金がないセカンドライフのマネープランはかなり厳しい
しかし、退職金の有無は老後資産形成を考えると大きな差になります。中小企業であれば500~1000万円くらい、大企業であれば1500~2500万円くらいの退職金が給料とは別に確保されていて定年時にもらえるのと、まったくもらえないのとでは老後のやりくりはまったく変わってきます。
(ちなみに東京都産業労働局「中小企業の賃金・退職金事情(平成30年度)」によれば従業員数100~299名の規模で退職金制度のある会社は71%、大卒新人から勤めた定年退職者のモデル退職金が1203万円でした。大企業はどうかというと経団連「退職金・年金に関する実態調査結果(2016年9月度)」によれば、大卒総合職のモデル退職金は2374万円です。ただし統計データは少し多めかなという印象があります。)
「老後の貯金をする余裕がなかった」という人がいても、大企業の正社員ならたぶんセカンドライフはなんとかなります。しかし退職金がもらえない働き方であれば、年金のみでやりくりするかずっと働き続けなければなりません。
もともと、正社員と非正規雇用の働き方には年収格差があります。年収が違えば貯蓄余力が違ってきます。また年収が違えば厚生年金の受取額も違ってきます(厚生年金額は年収に比例して納めた保険料に応じて決まるため)。これに加えて退職金額でも違いがあるわけですから、これはとても大きな違いになります。
老後資産形成についてアドバイスするのが私のFPとしての執筆や講演のメインテーマですが、退職金のある正社員についてアドバイスするのと、非正規社員にアドバイスするのとでは内容はまったく変わってくるほどです。
同一労働同一賃金のトレンドは、これから退職金にも及ぶ可能性
実は今回の判決が「初めて」となった理由のひとつとして、同一労働同一賃金の流れがあります。
簡単にいえば「同じ仕事をしているのに、正社員かどうかで待遇が大違い」というのは許されないということです。
たとえば弁護士ドットコムの下記記事では、2月15日に非正規職員にもボーナスが支給されうるという判決があったことを紹介しています。
弁護士ドットコム 「バイトにもボーナス支給を」判決が画期的 不合理な格差ダメ、原告代理人にきく
同一労働同一賃金の考え方は労働契約法第20条に定められていますが、正社員と非正規社員のあいだでどこまで労働条件の差がつくことが合理的として許容されるかはナーバスな問題となっています。
厚生労働省「同一労働同一賃金ガイドライン」は、基本給、賞与、諸手当についての差は、「非正規(有期)」か「正規(無期)」かによるではなく、仕事の内容、職務内容や配置転換の範囲、その他の事情を判断することとしています。
つまり、「同じ仕事をしているのに、正社員だから、非正規だから」という違いはおかしく「違う仕事や責任を負っているのだから待遇が違う」としなければならないわけです。
上記の賞与について支払うべきとした判決は、実態として能力を有し業務も担っている非正規社員は賞与を受ける資格があるとしたことになります(この会社では契約社員にはボーナスが出る実態もあったらしい)。
ところで、退職金について厚生労働省「同一労働同一賃金ガイドライン」は原則を示していないものの検討の必要性があることを指摘してます。
今回の判決は、退職金について長期勤続の実態があったことを踏まえ、正社員の25%相当は支給されてもいい、と判断したことになります。
ただし、本判決では長期勤続の実態があったことを指摘してますから、誰でももらえるというわけではなく、一定の勤続期間(たとえば正社員が退職金をもらえる勤続年数など)は問われることになりそうです。
今後の判決が注目
企業や役所の現場では、正規雇用と非正規雇用とのあいだで仕事の内容はほぼ変わらないことがしばしばあります。むしろ非正規雇用のほうがハードワークを余儀なくされていることすらあります。しかし給与もボーナスも退職金も大きな違いがあります。
22歳のときに就活をくぐり抜けて正規雇用されたかそうでないかだけで、人生を通じて決定的な経済格差が固定するのはおかしな話です。もしかすると今後の判決をきっかけに、非正規社員にも退職金の支給を促す方向となっていくかもしれません。
その場合、「勤続年数」「業務内容」などを踏まえて正社員と比較しどれくらいを支給するべきかモデルが作られていくことになり、非正規でもある程度の退職金をもらえることが標準になるといいなと思います。
今回の判決はまだ高裁の段階であり、最高裁に行くのかここで和解に至るのかは分かりません。おそらく類似の裁判が進行しているのではないかと思われますし、今回の裁判が最高裁まで進めば判例として残る可能性もあります。今後の判決に注目したいところです。
(ところで、今回の判決で示された「正社員の少なくとも4分の1」という判断と「退職金は長期勤続に対する功労報償」という価値観には違和感があります。しかし現状では判決文が手に入らないのでこれ以上の評価は控えます)