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バービーランドが「まるでスウェーデン」とはどういうことか?映画『バービー』

鐙麻樹北欧・国際比較文化ジャーナリスト|ノルウェー国際報道協会理事
(写真:ロイター/アフロ)

「Barbenheimer」の社会現象は筆者が住むノルウェーでも起きている。

先日、首都オスロの映画館に行くと、ピンク色の服を着た女性たちが大きな笑顔で行列に並んでいた。グレタ・ガーウィグ監督の映画『バービー』と対照的なリストファー・ノーラン監督の最新作『Oppenheimer』を両方鑑賞する「Barbenheimer」現象は、北欧でも当分続きそうだ。

ノルウェーではメディアが映画索引をサイコロで評価(6が満点、1が最低)する傾向があるが、両作品とも平均5点と高評価。

そもそもノルウェーでは、この時期はム・クルーズ主演『ミッション:インポッシブル/デッドレコニング PART ONE』が話題となるだろうと注目を浴びていた。一部の断崖絶壁のシーンはノルウェーの大自然で撮影されているからだ。

しかし「Barbenheimer」現象により、「あなたはどちらを先に見るか?」「テーマが重い『Oppenheimer』鑑賞後はほかに何も見る気がしなくなるだろうから、『バービー』が先がいいだろう」などのアドバイスがノルウェーの映画評論家からもされていた。

ノルウェーの政治家も映画『バービー』関連のフィルターを使用した投稿をSNSで楽しんでいるために、PR効果は絶大だった。

ガラガラの映画館が満席

そもそもノルウェーでは映画館は空席が多めだ。筆者はその「貸切感」が好きなのだが、『バービー』では入り口前に行列、ピンク色の服ではしゃいでいる大人の女性が多く、ほぼ満席。ノルウェーの映画館らしくない状況に、変に緊張してしまった(映画館に観客10人前後とかよくあるので)。

批判されてきたバービーやピンク

筆者はバービーで育っておらず、憧れたこともないので、バービーに対してあまり特別な感情がない。ただ、オスロ大学でメディア学やジェンダー平等学を専攻していた背景などから、「痩せすぎた体型」「金髪白人」などから問題点が欧米では特に指摘されていることは知っていた。

オスロ大学のジェンダー平等の授業では、実際に街を回り、ノルウェーのおもちゃ屋さんではいかに「女子はピンク」「男子はブルー」などのジェンダーロールを押し付けているかを学ばされた記憶もある(ちなみにジェンダー平等が進んでいるとされているノルウェーでも、女の子のおもちゃは未だに超ピンクワールドだ)。

ピンクっぽくないノルウェーでも大人気

バービーの世界観やキャラクターに詳しいわけでもなかった筆者が映画を見ると、とにかくノルウェー人の観客が何度も爆笑しているので驚いた。「自分の子ども時代にバービーがいた」という人とそうでない人は受け止める情報も異なるし、またエンパワーメント、ジェンダー平等やフェミニズムをどのように体験しているかでも解釈は幅広く異なる作品だろう。

鑑賞後にいろいろ考えてしまう作品

しかし、いい作品だというのが筆者の最終的な結論だ。なぜなら映画鑑賞後は、延々と「あれはどういう意味だったんだろう」などと考え、情報をネット検索していたからだ。気が付けば2時間。私は鑑賞後も頭から離れない作品が好きなのだ。

バービー・フィート(ハイヒールを履くようにかかとを上げた状態)現象が見られない北欧

そもそも北欧ではバービーの世界観の影響が米国などでは異なるような気もする。なぜなら、そもそも北欧の女性たちはヒールをそんなに履かない。この人たちが大好きなのは平たい靴、運動靴、スキー靴、ランニングシューズだ。

それに北欧の人たちは派手で目立つ色の服装をあまり好まない。黒色が大好きだ。特にノルウェーの黒色信仰は強い。黒色で安心する集団。冬になると黒色コートの人で溢れている。

しかも、ノルウェーの子どもたちは未だに怖い(?)とさえいえるリアルな赤ちゃん人形でも遊んでいる。映画『バービー』ではこの種の赤ちゃん人形は冒頭シーンで破壊されているが、ノルウェーでは未だに愛されている。

ノルウェーで子どもを育てる友人提供 
ノルウェーで子どもを育てる友人提供 

映画『バービー』に北欧エピソードはなさそうだが、嬉しいことに突然この言葉が映画館内で響いた。

「スウェーデン」

バービーワールドから人間世界へやってきたバービーを止めようとするのが大手玩具メーカー・マテル社の重役だ。

「女性たちが主役のバービーワールドが、いかなる世界か」を重役が仲間たちに説明する際に、こう発言する。

「まるでスウェーデンの小さな町のようだ」

大統領も、医者も、工事現場で働く労働者も、誰もが女性。全てを女性であるバービーたちが率いて、男性たち「ケン」はおまけのような、居場所がない存在。家父長制がないかのようなバービー社会をスウェーデンと例えるワンシーンは、スウェーデンや、スウェーデンと仲間意識が強い北欧の人にとっては誉め言葉だろう。実際、平等が進みすぎて、男子の落ちこぼれが増えていることは社会問題として議論もされている(それでもやはり男性のほうが給料が高い)。

米国で「スウェーデン」が話題になるのはこれが初めてではない。

ネタにされやすいスウェーデン

2017年、トランプ元大統領はフロリダ州で開いた集会で「昨夜、スウェーデンで起きたことを見るがいい」と述べて、世界的テアニュースに。何も事件が起きていなかったスウェーデンでは国民がびっくり仰天した。「スウェーデンで昨夜何が起きたんですか?」と驚くスウェーデン側の反応もまた国際ニュースになり、このエピソードは今でも語り草となっている。

トランプ元大統領の言動は、実は以前からある「理想郷のような北欧を目指すと、国が崩壊するぞ」というようなネットにある懐疑論に関係している。とにかく北欧のジェンダー平等、福祉制度やスウェーデンのような寛容な移民政策やコロナ対策をとると、「とんでもないことになるぞ」と煽る手法は以前からあるのだ。北欧諸国の象徴として、指を差される対象となるのはスウェーデンなのだ。その流れが映画『バービー』でも顔を出したので、このシーンでは映画館で笑うノルウェー人も多かった。

確かにアジアや米国に比べると、北欧諸国はジェンダー平等が進んでいるし、働く女性、女性リーダーも多い。現地の市民は「まだまだだ」と満足していないが。ただ、ヒールはめったに履いていないし、服も黒、スカートよりもジーンズなどと恰好は異なるだろう。

北欧にきたら、平たい靴を履いて、黒色の服を着て、カジュアルな恰好で働く女性、ベビーカーを押している父親など、北欧版バービーランドが観察できるともいえる。

とにかく色々と考えさせる映画なので、筆者はもう一度見に行くかもしれない。もう一度、最後に出てくるバービーのセリフも聞きたい。

北欧・国際比較文化ジャーナリスト|ノルウェー国際報道協会理事

あぶみあさき。オスロ在ノルウェー・フィンランド・デンマーク・スウェーデン・アイスランド情報発信16年目。写真家。上智大学フランス語学科卒、オスロ大学大学院メディア学修士課程修了(副専攻:ジェンダー平等学)。2022年 同大学院サマースクール「北欧のジェンダー平等」修了。多言語学習者/ポリグロット(8か国語)。ノルウェー政府の産業推進機関イノベーション・ノルウェーより活動実績表彰。北欧のAI倫理とガバナンス動向。著書『北欧の幸せな社会のつくり方: 10代からの政治と選挙』『ハイヒールを履かない女たち: 北欧・ジェンダー平等先進国の現場から』SNS、note @asakikiki

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