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OPCWはシリアのアサド政権による化学兵器使用を断定する新たな報告書を公開、米国とロシアの反応は?

青山弘之東京外国語大学 教授
OPCWホームページ(IIT報告書)、2020年4月9日

化学兵器禁止機関(OPCW)は4月8日、シリアでの化学兵器使用疑惑事件にかかる調査識別チーム(IIT)の第1回報告書を技術事務局の覚書(S/1867/2020)として公開した。

新たな報告書の内容

82ページからなる調査報告書は、2017年3月24、25、30日にハマー県ラターミナ町で発生した事件について、IITが行った調査をまとめたもの。

OPCWホームページ(IIT報告書)、2020年4月9日
OPCWホームページ(IIT報告書)、2020年4月9日

ラターミナ町は2012年半ばにシリア政府の支配を脱し、その後長らくシリアのアル=カーイダであるシャーム解放機構(旧シャームの民のヌスラ戦線)などからなる反体制派の支配下にあった。だが、2019年8月にシリア軍によって制圧された(「イドリブ進攻:シリア情勢2019(2)」を参照)。

ITTの調査は2019年6月から2020年3月にかけて実施され、その間、事件発生時に現場にいたとされる人物へのインタビュー、現場で採取されたとされるサンプルや残骸の分析、犠牲者と医療スタッフが証言した症状の検証、衛星画像をはじめとする画像の検証、専門家からの意見聴取が行われた。

調査はまた、OPCWの事実調査団(FFM)がこれまでに作成・発表した報告書、シリア国内で技術事務局が直接入手したサンプルや資料にも依拠した。

シリアでの化学兵器疑惑事件に関して、FFMは2019年3月に最終報告書(S/1731/2019)を発表している。

シリア軍による使用を初めて断定

報告書のなかで、IITは以下の通りの結論に達しと記している。

●2017年3月24日午前6時頃、シリア軍第22航空部隊第50大隊に所属するSu-22戦闘機1機がシャイーラート航空基地(ヒムス県)を離陸し、サリンが装填されたM4000型の航空機搭載爆弾をラターミナ町南部に投下し、少なくとも16人に被害を与えた。

●2017年3月25日午後3時頃、ハマー航空基地(ハマー県)を離陸したシリア軍のヘリコプター1機がラターミナ病院にシリンダー1本を投下した。シリンダーは屋根を貫通し、病院内で破裂し、塩素が飛散、少なくとも30人に被害を与えた。

●2017年3月30日午前6時頃、シリア軍第22航空部隊第50大隊に所属するSu-22戦闘機1機がシャイーラート航空基地を離陸し、サリンが装填されたM4000型の航空機搭載爆弾をラターミナ町南部に投下し、少なくとも60人に被害を与えた。

OPCWホームページ(IIT報告書)、2020年4月9日
OPCWホームページ(IIT報告書)、2020年4月9日

OPCWがシリアでの化学兵器使用者を公式に特定したのはこれが初めて。

IITによる調査と報告書提出は、「化学兵器禁止条約(CWC)加盟国で化学兵器が使用された場合、加害者、計画者、支援者などを特定すべき」とした2018年6月27日の加盟国会議(C-SS-4/DEC.3)での決議に基づき行われた。

だが、OPCWは化学兵器使用の有無を調査・特定することを任務としており、誰が使用したかを特定する権限は有していない。

OPCWホームページ(2018年6月27日の加盟国会議の決議)、2020年4月9日
OPCWホームページ(2018年6月27日の加盟国会議の決議)、2020年4月9日

OPCW事務局長、IITコーディネータのコメント

報告書に関して、OPCWのフェルナンド・アリアス事務局長は以下の通り強調した。

IITは個々の事件の実行犯を特定する権限を持つ法的機関でも准法的機関でもないし、化学兵器禁止条約(CWC)の違反にかかる最終的な結論を出す権限も有していない…。適切且つ必要と判断されるさらなる行動をとるかどうかは、OPCWの執行理事会、締結国会議、国連事務総長、そして国際社会にかかっている。

一方、IITのコーディネータを務めるサンティアゴ・オナテ・ラボルデ氏は次の通り述べている。

IITは、2017年3月24日と30日にラターミナ町でのサリンの化学兵器として使用、そして2017年3月25日の塩素の化学兵器の加害者がシリア空軍に所属する複数の個人であると信じるにたる合理的根拠があるとの結論に達した…。このような戦略的な正確を有する攻撃は、シリア軍司令部の上層からの命令に基づいてのみ行われ得たのだろう。権限は委任され得たものだったとしても、責任は免れない…。最終的に、IITはこれ以外の説得的な説明をすることはできなかった。

米国とロシアの反応

米国務省は声明を出し、「報告書はアサド政権が化学兵器を使用したことを示す最新の証拠」とコメントした。

一方、OPCWロシア常駐代表部は次のように批判のコメントを発表した。

2017年に発生した事件でシリアを非難する専門家は、物的な証拠を収集・管理しつつ、事件を論理的に継続調査すると規定しているOPCWの活動の基本原則にあからさまに違反していたFFMの判断に依拠している。

FFMの報告書は信頼に値せず…、新たな報告書は事件現場を報告することなく、遠隔で行われ、テロ組織やいわゆるホワイト・ヘルメットの証言に依拠している。

なお、シリアでの化学兵器使用疑惑事件は、情報戦としての性格が強いシリア内戦にあって、紛争当事者たちが互いを貶めるための格好の政争の具となっており、その真偽を判断するのは容易ではない。また、2019年4月にダマスカス郊外県東グータ地方のドゥーマー市で発生した塩素ガス使用疑惑事件に関しては、OPCW内で報告書の改ざんがなされていたことが明るみに出ている(「化学兵器騒動の末路:シリア情勢2019(4)」を参照)。

東京外国語大学 教授

1968年東京生まれ。東京外国語大学教授。東京外国語大学卒。一橋大学大学院にて博士号取得。シリアの友ネットワーク@Japan(シリとも、旧サダーカ・イニシアチブ https://sites.google.com/view/sadaqainitiative70)代表。シリアのダマスカス・フランス・アラブ研究所共同研究員、JETROアジア経済研究所研究員を経て現職。専門は現代東アラブ地域の政治、思想、歴史。著書に『混迷するシリア』、『シリア情勢』、『膠着するシリア』、『ロシアとシリア』など。ウェブサイト「シリア・アラブの春顛末記」(http://syriaarabspring.info/)を運営。

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